2005年01月23日

世界を掌に

いまどきの新書
永江朗著

新書が好きです。
ハードカバーでは大きいが、文庫だと手にした時の充足感が乏しい。新書のサイズは絶妙です(小説なら断然ノベルス派)。
いまや新書は百花繚乱。数多くの出版社がレーベルを持ち、書店の棚を賑わせています。先人の英知である哲学や歴史。現在の政治経済事情。最先端の科学技術。医療、健康、さまざまなジャンルの趣味。
新書を読めば世界が読める。まさに世界を掌にとることができます。
(1月23日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 17:05| Comment(1) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極悪人の汚名は削げるか

蘇我氏の正体
関裕二著

古代史最大のクライマックス、大化の改新。
中大兄皇子(のちの天智天皇)中臣鎌足(のちの藤原鎌足)らが専横を振るっていた極悪人・蘇我入鹿を暗殺し、律令国家建設を目指した一大政治改革である…と我々は認識しています。
しかしながら蘇我氏は聖徳太子と共に、天皇中心の国家作りを進めた改革者であったとの見方もあります。むしろ改新後に強引な遷都や白村江遠征を推し進めた中大兄・鎌足こそが独裁者だったのではないかと。
蘇我氏の出自をめぐる神話の検証(武内宿禰=天日槍=脱解王=猿田彦=浦島太郎)については、…。関氏の著作は何冊か読みましたが、興味深い反面、トンデモ説ではないかとの疑念も。歴史に詳しい方のご教示をお待ちしています。
(1月22日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

“マジメな人”の文章読本

評論家入門(平凡社新書 247)
小谷野敦著


評論とは、なんでしょう?
著者によれば、学者が一般向けに書いた書物は大抵が学術書ではなく評論で、なかには評論とも呼べない感想文も多いんだとか。

評論は学術論文ではないが学問的整合性も八割必要で、残り二割には学術論文では盛り込めない飛躍的な発想・閃きが求められます。
評論家稼業では、時折論争に巻き込まれることもあります。小谷野氏は論争を吹っかけるにも反論するにも、極めて徹底的でマジメです。
評論の定義といい、論争に対する姿勢といい、小谷野氏の徹底したマジメさが彼の魅力であり、また敵を作る原因なのでしょうね。

(1月22日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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