2005年07月24日

希望があるなら、まだいい・・・

希望格差社会
山田 昌弘

“ひきこもり”の斎藤環を読んだら“パラサイト・シングル”の山田昌弘を読まないわけにはいかないでしょう…?!
大学を卒業しても企業に就職できず、大学院を出たのに研究者にはなれない。日本経済を支えていた進学⇒就職のパイプラインは、入口よりも出口が狭くなり、機能不全に陥っています。
いつかは学歴相応の仕事に就けると思い、あるいは自分を一生養ってくれそうな配偶者との出会いを願い、それまでフリーターで食いつないでいこうとする、しかし叶わない。希望と現実の格差が広がる時代の到来です。
しかし“希望格差社会”なら、希望のレベルを下げればいいんです。
本書の冒頭には、5年後の生活の見通しが立たないのに老後の心配なんてできないと言う、年金未納のフリーター青年が登場します。たとえ私たちが今後も定職に就けて、たとえ年金が無事に受給できたとしても、希望を失った元・若者による自暴自棄型犯罪の巻き添えを食わないという保障はありません。
本当に恐ろしいのは“希望皆無社会”です。
(7月23日読了)
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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お帰りなさい!


『もてない男』のヒットから、6年。結婚と離婚を経験をして、あの小谷野敦が帰ってきました。
フェミニズムはもてない男のみならず、もてない女を救っていないという指摘は相変わらず有効です。近頃話題の“負け犬女”や“だめんず女”はあくまでもてる女であり、もてない女論ではありません。
本書の読みどころは何と言っても、根っからの書斎派だと思っていた著者が、出会い系サイトに潜入したり、結婚情報サービスに体当たり取材するところでしょう。それらの世界では、登録者の学歴がほとんど考慮されていないという、面白い発見もあります。
しかし、東大卒で、好き放題書いた本をメジャー出版社から出す機会と才能がある小谷野さんは、十分に恵まれた境遇の人に見えますが・・・。
(7月24日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 09:45| Comment(3) | TrackBack(1) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月18日

どうして豊かになれないの・・・


世界第二位の経済大国なのに、豊かさが実感できない我が国。
“産廃Gメン”として不法投棄と闘ってきた著者が、大量廃棄社会ニッポンの豊かさの欺瞞に挑みます。

そのトリックは、スクラップ&ビルドの繰り返しで、フローであるGDPの数字だけが大きいこと。資産価値の無い耐用年数の短い住宅を建て替え続け、残るは住宅ローンだけ。要するに自転車操業ってことですね。だから将来の人口減少社会に怯えるのです。
少子高齢社会を迎えるには、高回転の使い捨て経済で見せかけの数字を稼ぐのではなく、豊かなストックが蓄積される経済へのシフトが求められます。ストックとは永く住める住宅であり、歴史や自然であり、人とコミュニティであります(将来は極東の神秘的な元・経済大国として観光立国で生き残れってことかな?)。

この本に敢えて難クセをつけるなら、著者(千葉県庁勤務)が地方分権を過大に評価していないか…ということですかね。地縁血縁の強い地方こそ、中央政界以上に汚職や談合の巣窟かもしれないのに。

(7月18日読了)

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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:18| Comment(5) | TrackBack(1) | 政治・経済交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

『勝ち組』の語源、ご存知ですか?

「負けた」教の信者たち
斎藤 環 / 斎藤 環著

勝ち組・負け組(あるいは負け犬)をめぐる言説がかまびすしい昨今ですが、勝ち組の語源は、第二次大戦直後に日系ブラジル人の間で「日本は戦争に勝った」と主張した人たちの呼称だそうです。
要するに『勝ち組』とは『勘違い組』の別名でもあるわけですね。
確かに我々は『勝ち組』と称する経営者やセレブ女性らの金満ぶりを、羨望の眼差しと言うより、世間とズレた変わった人たちとして、冷ややかな視線で見ているような気がします。
一方『負けた』教の信者たちとは、自分は負けたのだと勝手に思い込んでいる人たちのことです。この『確固たる自信の無さ』を、若者たちが現代社会を『正気』で生きるためのナルシシズムの産物であると、著者は分析しています。なるほど。

(7月17日読了)
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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 21:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月10日

反=原理主義の書

他人と深く関わらずに生きるには
池田 清彦 / 池田 清彦著


原理主義とは、他人に自分の考えを押し付けて恥じない態度であるとして、批判する著者。自分も自由に生きる代わりに、他人の自由を最大限尊重する。それが他人と深く関わらない生き方です。
病院へは行かない、ボランティアはしない、遺産相続は認めない…なんなんだそれ?という主張から、自由で公正な社会へのヒントが導かれます。
笠井潔の『国家民営化論』とも相通ずる一冊です。
他人と全く関わらない生き方を求める方には、自給自足の狩猟採集生活という選択肢も、著者は用意しています。それで野垂れ死ぬのも上品な生き方だそうです。

(7月9日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マスコミに登場しない大物

食肉の帝王
溝口 敦

 

BSE問題に絡む牛肉偽装事件で一躍渦中の人となった、浅田満ハンナングループ元会長。一代で巨大食肉コンツェルンを築き上げ、いち早く牛肉輸入自由化の流れを読み取った、天性の商才の持ち主であります。
政界はもとよりスポーツ・芸能界にまで幅広い人脈を保持する彼ですが、これまでマスコミにはほとんど採り上げられてきませんでした。(以前、テレビ朝日系の『サンデープロジェクト』が浅田元会長を特集しましたが、私の居住地ではいつも番組が途中で打ち切られてしまうので、内容は良く判りませんでした)
彼の“サクセスストーリー”を通して、日本の農水行政をはじめとする世の中の裏側が、ほんの少し見えてきます。
(7月9日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月03日

今も昔も・・・タイトルに惹かれてU

グロテスクな教養
高田 里恵子

ちくま新書はタイトルを付けるのが巧いですね。グロテスクな教養って、いったいどんな教養なんでしょう?(もしやオカルトとかアングラ社会についての知識…?)
否、本書は“教養主義”についての、ちょっと(かなり?)意地悪な考察です。
昔も今も偏差値エリート達は、自分たちが受験勉強だけが取柄のガリ勉ではないことを、強調してきました。戦前の教養論があまりにも(笑ってしまうくらい)現代と同じで、出典の出版年を何度も確認してしまいました。
本書を読み終えて、学歴・教養と階級の相関関係はやはりあると感じました。今や東大生の家庭のほうが、私大生の家庭よりも裕福であると聞いたことがありますし…
(7月3日読了)
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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 20:43| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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