2006年03月13日

イケナイコトカイ?

麻薬密売人とシャブ中、彼らはお互いに納得のうえで自発的な取引をしているのだから、非難すべきではない…こんな主張をどう思いますか?



この本には、上記の麻薬密売人とシャブ中の他、売春婦、ポン引き、ダフ屋など世間から忌み嫌われる職業や嗜好の人々が登場し、ブロック教授は彼らを擁護します。なぜなら、彼らが「原初の暴力」を行使していないからです。他人の生命や財産をおびやかしたり、取引の強要をしない限り経済活動は自由である・・・それがリバタリアニズムの原則です。

ラディカル(過激かつ根源的)な議論からは、経済の思わぬ真相も見えてきます。
著者は、ニセ札づくりを擁護します。ニセ札づくりが作るのは、ニセ札のニセ札にすぎません。なぜなら紙幣そのものが、国家が金や銀の代わりに偽造したニセ札だからです。
(借金大国・日本の通貨に今後も信頼はあるのでしょうか・・・)

原著はウォルター・ブロックによって1976年に書かれたもので、現在とは状況が変わっている部分も多く、現在の日本人にわかりやすいよう「超訳」がなされています。例えば「2ちゃんねらー」「ホリエモン」なんて項目もあります。でも、著者の主張はそのままです。

リバタリアニズムについては、訳者の橘玲が巻頭でわかりやすく解説しています。
社会を営むにあたって、国家の役割を最小限にし、市場原理に委ねるのがリバタリアニズムです。だからといってリバタリアニズムは、弱肉強食を肯定するものではありません。奴隷制度廃止を真っ先に唱え、婦人参政権や公民権運動を支持してきたのもリバタリアンです。右翼的と呼ばれる事の多いリバタリアンですが、その主張はリベラル派と多く重なります。

リバタリアニズムの本質は、「自由な個人」という近代の虚構(というかウソ)を徹底する過激さにある。その無謀な試みの先に、国家なき世界という無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)のユートピアが蜃気楼のように浮かぶとき、人はそれを「希望」と呼ぶのかもしれない。
(「はじめてのリバタリアニズム」橘玲)


(3月12日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 00:54| Comment(23) | TrackBack(0) | 政治・経済交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。