2006年08月27日

日本のメディアは“杉林”

NHK番組改変問題、フジテレビ買収騒動、ファイル交換ソフトウィニーによる相次ぐ情報流出…テレビとインターネットをめぐる数々の事件の裏側には、一体なにが潜んでいるのでしょうか…?
ビデオ・ニュース・ドットコム宮台真司神保哲生が、ネット時代の目利きである東浩紀水越伸西垣通池田信夫をゲストに迎えて、討論を繰り広げます。



ネット社会の未来像

インターネットの普及は、膨大な情報のなかから欲しい情報を誰もが簡単に入手でき、また誰でも自由に情報を発信できる、革命的な事態をもたらしました。
そうした利便性の一方、情報技術の革新は監視社会化を推し進めるとの声もあります。

日本のマスメディアは杉林…そう表現するのは水越伸です。
NHK、5大紙とそれに対応する民放5局(朝日+テレ朝、毎日+TBS、読売+日テレ、産経+フジ、日経+テレビ東京)、さらに広告代理店(電通、博報堂)というメディアの生態系は、国策で作られた人工の杉林のようだといいます。杉林には下草も生えず(新規参入メディアが育たない)、時には花粉症のような害ももたらす、と。

池田信夫は、ファイル交換ソフトウィニーの仕組みを判りやすく解説しています。要はサーバーを介さずに、映像や音楽などが欲しい人のパソコンと持っている人のパソコンを、直結しちゃうんですね(初めて知りました)。
ウィニー騒動では、違法に映画やゲームを頒布した者ばかりでなく、ウィニー開発者が著作権幇助で逮捕されました。また、事件を捜査していた京都府警のパソコンから、ウィニーによって捜査情報が流出するという皮肉な事態も起きました。
ネット時代の著作権はどうあるべきか、技術そのものが罪に問われることは妥当なのか、考えさせられる事件です。

ネット社会の大きな課題(だと思う)のは、ふたつ。
ひとつは、ネット時代のビジネスモデル。テレビは広告代理店と結びつき、CM枠を売ることで高収入を得るというビジネスモデルで成り立っています。それではインターネットでオンデマンド放送となった場合、従来の番組の合い間にCMを流すというビジネスモデルは、果たして成立するのでしょうか。
もうひとつは、ネット時代の権力の在り方です。個人的な快不快のみを行動規範とする動物化した者たちは、アーキテクチュラルな権力(建築的な=東浩紀のいう環境管理型権力)で管理されます。そして、決して裕福ではないが社会に対して具体的な不満を抱いていない「低IQ・非不満層」が、政治家に潜在的な不安を煽られる「不安のポピュリズム」で動員される危険性を指摘しています。
宮台真司はエリート主義者(?)ですから、民草を見下した発言が多いです(笑)。

ネット社会は自由な開かれた社会で、誰もが表現者、誰もが起業家になれるという明るい未来よりは、より監視がすすみ、より均質化されるといった負の側面が露呈されました。しかし西垣通の言うように、IT・インターネットは多大な可能性をもった21世紀の鍵です。
皆さんのブログから(このブログからも?)、21世紀の新しいコミュニティやビジネスモデルが生まれるかもしれません。

(8月25日読了)

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2011年、テレビをまだ見てますか


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 15:29| Comment(12) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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