2006年12月30日

ムシの眼から見る世界

地球上で最も種類の多い生物、昆虫。数十万種と百万種以上とも言われ、未発見の種は既知の種よりも多いと推測されます。日本では約3万種が報告されていますが、実際には10万種以上いるだろうとのことです。


タイトルがイイですね〜
灯りに集まる夜の虫のように、引き寄せられてしまいます。
夜の風景のなかでもとりわけ明るいコンビニエンスストアの照明には、多くの昆虫たちが集まってきます(昆虫は紫外線付近の波長に誘引される)。そして珍しい虫を求めて昆虫採集マニアも集まってきます。昆虫にとってコンビニとは、そんな場所なんですね。
しかし、コンビニの電撃殺虫器が周辺の虫たちを絶滅させることはないですし、昆虫マニアに捕獲される虫よりも、走っている車に衝突して命を落とす虫の方が多いでしょう。都市開発による環境変化は、さらに多くの昆虫たちの棲み処を奪います。

この本は上記のコンビニをはじめ「昆虫にとって○○とは何か?」と28のテーマを採り上げて、昆虫(生物)と人間(文明)の関係を考察するものです。
他にも「昆虫にとってビールとは何か?」では、カやアブなどの吸血性昆虫は人体が発する二酸化炭素や汗に誘引されており、アルコールは二酸化炭素の排出や発汗を促進するために、酒飲みはカに刺されやすいとの事例を紹介しています。

文明の発達は、昆虫の生存に大きな変化をもたらしています。単なる自然破壊の問題だけではありません。自動車・船・飛行機などの輸送機関が、本来生息していなかった地へ昆虫たちを運んでいます。家屋や農地が、昆虫たちに新たな生息地をもたらす場合もあります。
自然保護というのも難しい問題です。著者は自然保護には大きく2つのタイプがあると言います。
ひとつは「このままではやばい」という、人間の危機感です。酸素を生み出し災害を防ぐ森林、飲み水となる河川、化石燃料などの天然資源…人間が生存する上で必要な自然環境を保護しようというものです。
もうひとつは、ノスタルジー感情にもとづく自然保護です。ゲンジボタルやオオムラサキの飛ぶ風景を守りたい、取り戻したい。しかし感情にもとづく自然保護は、見た目の美しい種類に偏る傾向があります。守るべき豊かな自然というのも、決して原生林に戻すことではなく、のどかな田園風景のように、人間の手の入った二次的な風景だったりします。

文明的な生活を維持しつつ豊かな自然を守るならば、人間は都市の高層住宅に住んだほうが良いでしょう。
農薬を使わずに見栄えの良い野菜や果物を作るならば、害虫が入ってこない栽培工場で育てるしかありません(ちなみに著者の専門は害虫防除です)。
人間と自然はどう関わるべきか、多くのことを考えさせてくれる一冊です。
文章は易しく各章は短く、非常に読みやすい!

(12月29日読了)
管理人のひとりごと


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 16:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 自然科学交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月29日

古代史最大のトリック?

6世紀の日本。大和朝廷は、百済から渡来した仏教を受け入れるかどうかで、国論が二分しました。崇仏派の蘇我氏と対立し、敗れて衰退したのが物部氏です。
物部氏はヤマト朝廷の祭祀を司り、さらに軍事部門も担った一大豪族でした。

物部氏の正体



関 裕二著



古代史好きの方なら、物部氏が天皇家よりも先にヤマトを支配していたとされることをご存知でしょう。
天の神の子孫・神武天皇は、九州の日向からヤマトを目指しますが、ヤマトは同じく天孫の饒速日命ニギハヤヒ)が既に支配していました。物部氏の祖先はニギハヤヒなのです。
神武の東征は、ニギハヤヒに仕えるヤマト土着の豪族・長髄彦ナガスネヒコ)の抵抗に遭い、大苦戦します。しかしニギハヤヒは、長髄彦を見捨てて殺してしまい、劣勢だった神武に恭順してしまうのです。神話とはいえ、なんとも不可解なストーリーではありませんか。

神武天皇は神話上の存在で、実質的な初代天皇は第10代崇神天皇だとする説は一般的ですが、関氏は神武・崇神・応神(第15代天皇)の三天皇が同一人物であると主張しています。ヤマト建国というひとつの歴史的事象を、日本書紀は三天皇に分けて記述しているとの説です。
太古の日本列島の先進地域は、大陸との交易に有利な北部九州でした。北部九州は農具としても武器としても優秀な鉄を独占します。しかし次第に独占は崩れ、鉄はヤマトへもたらされます。
ヤマトは出雲や吉備と連合して勢力を拡大し、九州にあった卑弥呼の邪馬台国を倒しました。卑弥呼に代わって女王となった台与を、関は神功皇后だとします。
北部九州を制圧した神功皇后を、ヤマトの物部は危険視して裏切りました。神功皇后は南部九州の日向に一旦退却し、その子である応神天皇がヤマト帰還を目指します。報復(祟り?)を恐れた物部はヤマトを明け渡しました。関氏は応神のヤマト入りを、神武東征神話のモデルであるとしています。
日本書紀の語る(騙る?)歴史は複雑怪奇ですが、それを解こうとする関氏の推理もまた複雑ですね…

関氏が明かす物部氏の出自は、吉備地方です。
吉備といえば全国第4位の巨大古墳(造山古墳)があり、桃太郎のモデルとなった吉備津彦の名が知られていますが、具体的な支配氏族は明らかではありません。
瀬戸内海の要衝・吉備を支配下に置くことで、物部氏は大陸とヤマトとの交易ルートを押さえることができます。
関氏の推理の当否はともかく、鉄器の伝播に地政学的条件を絡めて日本建国のプロセスを明かそうとする姿勢は、評価すべきだと思います。

(12月28日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 03:07| Comment(6) | TrackBack(1) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

なんだったんだ?ゲンダイシソウ

現代思想という言葉は「いま学界や論壇で主流となっている哲学や主義・主張」という意味に解釈できます。
そんな辞書的な解釈とは別に、カギカッコ付きの「現代思想」というもの(ジャンル)が存在しました。
1980年代に一世を風靡した「現代思想」(あるいはニュー・アカデミズム)という名のムーヴメント。日本で現代思想と言えば、むしろこちらの方が一般的かもしれません。



あの「現代思想」(と呼ばれた一種のお祭り)って、一体なんだったのか?
講義してくださるのは、仲正昌樹さんです。
従来の哲学や思想は、人間や社会のありかたを真面目に考えて答えを出そうとしていましたが、近代社会とか人間の理性とかいうものを疑ってかかる「現代思想」には、確信犯的に解答を放棄しているような不真面目さ(?)があるといいます。
また、マスメディアへの頻繁な露出やサブカルチャーへの言及(こうした知の実践スタイルをニュー・アカデミズム、略してニューアカと呼ぶ)も、「現代思想」の学者たちの特徴です。

「現代思想」がブレイクする以前、思想界にはマルクス主義という巨大な勢力がありました。
産業革命以降の近代社会は、資本家が労働者を搾取して資本を増殖させているが、そのうちに搾取できる労働力は次第に減少します(貧困増大の法則)。資本主義は早晩行き詰まり、労働者による革命が起こるのは歴史の必然であると。
しかしながら、労働者が自ら生産した商品を消費することで、資本主義は行き詰まるどころか増殖し続け、マルクス主義では説明できない未曾有の大衆消費社会が到来したのです。

近代的な人間観に最初に揺さぶりをかけたのは、栗本慎一郎でした。栗本は、前近代社会の祝祭における破壊的な消費(ポトラッチ)のように、人間には過剰なモノを蕩尽する欲望があるとし、「生産的に労働する人間」像を否定します。
そして浅田彰は、近代的・資本主義的価値観を維持しようとするパラノ人間に対し、彼らと闘争するのではなく逃走するスキゾ・キッズを礼賛しました。浅田のスキゾ・キッズは、消費社会の発展とともに台頭したフリーのカタカナ職業人(コピーライターや○○コーディネーターなど)の生き方とも一致します。
また、文学においては田中康夫の『なんとなく、クリスタル』が、よりも記号が消費される新しい消費社会を描いています。

では隆盛を極めた「現代思想」が、なぜウケなくなったのでしょうか?
ひとつは、かつて礼賛された組織に縛られないスキゾな生き方が、バブル崩壊後の長期不況によって非常に困難になってきたこと。
もうひとつは、ソ連・東欧諸国の崩壊によるアメリカ一極支配の到来で、新自由主義的な資本主義に対する、マルクス主義的な「ベタな」資本主義批判が復活してきたことです(仲正は「ポストモダンの左旋回」と呼んでいます)。

この本、あとがきも面白いです。
生徒のボランティアを義務化しようとする連中に対し「日本の保守が毛沢東時代の中国を見習ってどうする!?」と突っ込んだり、「安倍総理の“美しい国”は危ない!」と叫ぶサヨクの元気さを気味悪がったりと、左右双方のオメデタイ人々を皮肉っています。

(12月23日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 21:56| Comment(13) | TrackBack(1) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

ときめきを再び

11月20日、12代目となるスカイラインが発表されました。 来年(2007年)で50周年を迎える日本車を代表する老舗ブランドであり、モデルチェンジのたびに賛否両論を巻き起こす、話題には事欠かないクルマであります。

ニューモデルが発表されると複数の出版社から解説ムックが出ますが、私のお気に入りはモーターファン別冊『〜のすべて』シリーズです。
メカニズム解説とデザイナーインタビューがきわめて詳細で、歴代スカイライン(R32〜)やプリウス(NHW10、20)など、メカ的な興味をそそられる車種のものを購入しています。



さて今回のV36についても、ネット界のいたるところで既に激論が交わされていることでしょう。
私はV36の、世界市場をターゲットにした高級スポーツセダンというのは正しい方向だと思っています。
デザインも、プレーンで知的ではあるが平面的だったV35と違って、抑揚のある豊かな面構成に眼光鋭いV36には、魅力を感じます。FRらしさを表現したというリヤフェンダーのプレスラインも、かつてのサーフィンラインを思い起こさせるものです。
ただ、ちょっと大きいですね。全長4.7mは切って欲しかったです。できれば車重1.5tも…
あの酷評されたV35の全長は4675o(R34よりも短い!)、車重は1490kg(300GT)でした。
V36最大の商品的弱点は5速ATでしょう。性能では互角だといっても、競合他車(レクサスISBMW3)が軒並み6速では見劣りします。日産には究極のAT、8速マニュアルモード付トロイダルCVTがありますが、これを載せると車両価格が100万円アップだとか。
6速MT仕様はインフィニティG35にはあるので、いずれ出るでしょうが…

本書にはミスター・スカイラインこと櫻井眞一郎氏のインタビューも掲載されています。
歴代スカイラインで最も売れたのは、60万台以上が世に送り出された4代目C110(ケンとメリーのスカイライン、通称ケンメリ)ですが、櫻井氏は「自分が最も嫌いな自動車である」と告白しています。ケンメリは売ることを意識して作った「商品」だったからです。
しかしエンジニアリングの理想を追求した「作品」は、売れない。スカイラインは、そんな歴史の繰り返しでした。

業績好調な自動車メーカー。日産も過去最高の利益を上げていますが、それはカルロス・ゴーン流のコストカットのおかげ。新型車の投入効果ではありません。
日産の他社を大きく引き離す高額な役員報酬は、新型車の開発資金に回すべきではないですか、ゴーンさん?

(12月10日読了)

管理人のひとりごと
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 12:07| Comment(3) | TrackBack(4) | 科学技術交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

氷の世界

地球温暖化という言葉を聞かない日はない、昨今。
地球の平均気温は、産業革命以降の人類の文明活動が排出した二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスによって、上昇しているといわれています。

地球の歴史は、温暖化と寒冷化を繰り返してきました。地球温暖化説が定着する前は、現代は氷河期と氷河期のあいだの間氷期であり、地球は寒冷化に向かっているというのが、むしろ定説でした。
これからするお話は、氷河期なんて生やさしいものではありません。かつて地球全体が(赤道直下も含めて!)氷の世界だった、というものです。

私のお気に入りスポットに、恐竜博物館があります。ここの売り物はもちろん、数々の恐竜の全身骨格標本ですが、地球や生命の歴史についての展示も充実しています。
今年の特別展示は、エディアカラ生物群でした。先カンブリア時代の、軟らかな体をもった生命体が岩石に残した、かすかな痕跡の化石です。
化石とともに、原初の地球の歴史を解説したパネルも展示されていました。そのなかにあったのが、太古の地球を襲った大異変・全地球凍結スノーボールアース説です。

スノーボール・アース



ガブリエル・ウォーカー著 / 川上 紳一監修 / 渡会 圭子訳



地球に最初の生命が誕生したのが、約30数億年前。以来、今日に至るまでその営みは連綿と受け継がれてきています。
しかし長い地球の歴史は、生命を一掃しかねない大絶滅を何度も経験しました。最近では、6500万年前に恐竜やアンモナイトが姿を消した、白亜紀末の大絶滅があります。

全地球凍結は、約7億年前に起こったとされています。
これまで地球は、灼熱の火の玉が徐々に冷えて現在の安定した気候になったと考えられていました。途中、一度でも地球が氷に閉ざされたとは想像だにできませんでした。
しかし、赤道直下を含む世界各地で見つかる氷河堆積物は、地球全体が氷に覆われていたことを示すものでした。
スノーボールアースの引き金は、二酸化炭素の減少だと考えられています。氷床は極地から次第に拡がり、氷床は太陽光線を反射することで、さらに寒冷化を進めます。当時、地球の大陸がひとつに集まっていたことも、氷床の拡大を助けました。
多くの生命は絶滅しましたが、海底火山の熱や氷の隙間から僅かに日光が届く場所で、生き永らえたものもいました。
やがて火山ガスにより、氷の世界は崩壊します。今度は短期間に大気は40度まで上昇したと考えられています。
この急激な環境変化が、生命の多様な進化のスイッチとなり、エディアカラの不思議な生き物たちを生み出したのかもしれません。
なお、地球全凍結はこのとき一度きりではなく、約20億年前にもあったといわれています。

スノーボールアースというアイデアを最初に思いついたのは、天才的なひらめきの持ち主であるが飽きっぽい、ジョー・カーシュヴィンク。そしてこの新説を世に知らしめたのは、マラソンランナーでもある激情家のポール・ホフマンです。
本書は科学解説書というよりは、スノーボールアースをめぐる地質学者たちの、小説のようなスリリングな物語です。科学書は苦手だという方にも、おすすめできます

(12月10日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 00:37| Comment(20) | TrackBack(2) | 自然科学交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

デフレ敗戦…

11月22日、2002年2月から始まった現在の景気拡大は、戦後最長だったいざなぎ景気(58ヶ月)を超えたと発表されました。
不況から脱したとされる、日本経済。しかしながら、この間の経済成長率は「いざなぎ」とは比較にならないほど低く、実感の全く伴わない景気回復となっています。また、大企業は高収益を上げているものの、その効果は家計にまで及んでいません。

平和に暮らす、戦争しない経済学




アメリカが2001年以降「テロとの戦い」に投じた戦費は4320億ドル
今でもイラクにかかる戦費は月に70億ドル
トマホークミサイルは一発3億円(←ここだけ円)

…など「経済学的に平和を守る」というサブ・タイトル通り、戦争にいかにコストが掛かるかが明かされます(ただし、短期的には戦争が利益を生むことも事実として併記されています)。
しかし本書の内容は、単に戦争のムダを指摘するにとどまらず、5年間続いた小泉政権への強烈な批判となっています。

長く続いたデフレ不況。その原因を森永卓郎は、小泉政権下で行われた不良債権処理が、アメリカのハゲタカ・ファンドを儲けさせるために行われたせいだと指摘します。
日本経済の回復には早急な不良債権処理が不可欠だと、アメリカに迫られた小泉政権。株式や不動産は外資ファンドに二束三文で買い叩かれ、利益が出るとあっさりと売り払われました。
こうして得られた利益が、アメリカの「テロとの戦い」の戦費に充てられたのかもしれません。
日本は、アメリカとの経済戦争に敗れたのです。

森永は日本経済復活へのファイナルアンサー で、現在は参議院議員の国際政治学者・舛添要一とともにインフレターゲット論を主張していました。
日銀が市場への資金の供給量を増やしていれば、デフレ不況はこんなに長引かなかったと、森永は言います。
日本をハゲタカ・ファンドに売った売国政治家に、愛国心を語る資格はあるのでしょうか。

(12月3日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】純ちゃんの不純な素顔
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 01:23| Comment(12) | TrackBack(0) | 政治・経済交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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