2007年04月22日

偽史倭人伝

サッカー・ワールドカップの日韓共催を目前にした、2001年12月。
天皇陛下が、桓武天皇の生母・高野新笠が百済の武寧王の子孫であると史書に記されていることに触れ、韓国とのゆかりを感じていると述べられました。
日韓の友好ムードを高めるものとして、両国ともおおむね好意的に受け止められた陛下のお言葉ですが、韓国では「皇室のルーツが百済にあると、天皇自らが認めた」とエスカレートした報じられ方もしました。陛下は「ゆかりを感じられた」だけで、皇室の起源が百済にあるとは一言もおっしゃっていないのですが…

(本書は『ひねくれ&トンデモ通信』の管理人・おおくぼ様からのご紹介です)

高野新笠が本当に武寧王の末裔なのか、実は確証はないようです。それでも百済人(渡来人)の子孫であった可能性はあるでしょう。
「古代日本へ渡った韓半島の移住者が、日本の古代国家形成に大きな役割を果たしたのは事実である。しかし彼らが重要な地位、甚だしくは天皇の地位にまで上り詰めたとしても、日本社会に同化した以後の状況である。これをもって古代日本が韓半島の分国であったり植民地であったと主張するのは困る」…このように述べる韓国の歴史学者の意見は、もっともだと思います。
日本の皇室が百済王家の「分家」であるとの言説は、韓国人の民族意識を高揚させるのでしょう。しかしながら「天皇家のルーツ=百済」説は、もともと韓国にあったものではなく、日本の朝鮮半島植民地支配を正当化するロジック(日鮮同祖論)として生まれました。それがリサイクルされて、今日では韓国の日本に対する優越感に転用されるという、屈折したプロセスをたどっているのです。

歴史の偽造や勘違いは、民間に流布する言葉のルーツや英雄伝説などにも見られます。
熊本県の藤崎八幡宮の例大祭は「ボシタ祭り」と呼ばれていました。その語源には諸説あるようですが、戦時中には戦意高揚のために「ボシタとは、朝鮮を滅ぼしたの意味だ」と喧伝されました。それゆえ戦後は一転して「ボシタ」は民族差別用語だと糾弾され、お祭りの掛け声として使えなくなってしまったのです。
余談ですが、言葉とは本来、あるものを他のものから区別する目的で生まれたのでしょうから、いわゆる「言葉狩り」をする人は、あらゆる単語を禁止せねばならないと思いますが…
なお、民俗社会で口承される荒唐無稽な歴史が、偽史だというわけではありません。偽史とは、国威高揚であったり地域おこしだったりと、ある目的をもって自分の嗜好に合う事象だけを選んで作られた歴史です。

韓国には、日本のみならず中国・東南アジアまでもが百済の植民地だったとするトンデモ史観「大百済帝国」説まであるそうです。だからと言って「韓国の歴史こそ捏造・歪曲のカタマリ!」と一方的に憤ってはいけません。自国の歴史を古く大きく見せたがるのは日本にも韓国にも、いや世界のすべての国と民族に共通の、人類の悲しい性なのでしょう。
(…でも、偽史の想像力ってオモシロイ!)

(4月22日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:14| Comment(21) | TrackBack(1) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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