2007年05月14日

1971

東浩紀北田暁大、ともに1971年生まれの批評家と社会学者です。
同じ年に生まれ、同じように東京郊外で育ち、同じ大学に通った二人。『東京から考える』は、東京(および隣接する県)の都市の住んだ記憶や歩いた印象を挙げながら、格差について郊外について果てはナショナリズムに至るまで語る対談集です。



東京から考える

「郊外」にはふたつのタイプがあるようです。
ひとつは国道16号線的な郊外です。大型ショッピングセンターやファミリーレストラン、24時間営業のファストフード店・レンタルビデオ店等が立ち並ぶ、クルマなしでは生活できないような都市。本書ではたびたびジャスコ的・TSUTAYA的郊外と表現されます。
もうひとつは東氏が育った横浜市青葉台のような新興住宅地です。「○○台」とか「××が丘」とネーミングされることの多いこれらのニュータウンは、街路はこぎれいに整備され、盛り場のような雑踏や暗がりは徹底的に排除されています。下校する小学生が防犯用のICタグを持たされていたり、世田谷区の成城のように住宅に監視カメラが設置されている場合もあります。こちらは富裕層の理想の生活を体現した、テーマパークのような郊外です。日本版ゲイテッド・コミュニティともいえます。

ジャスコ的な日本全国の都市の画一化(三浦展氏のいうファスト風土化)が進むなか、それぞれの都市に個性を持たせようという声は根強くあります。
一方で人は都市に快適さと安全を求め、バリアフリーとセキュリティーを追求した人間工学的に正しい都市空間が、私たちの生活圏を覆いつくそうとしています。
東氏は、人間工学的に正しい都市を許容する立場です。一方の北田氏は、下北沢が再開発によって迷路のような街並みが失われようとしていることに触れ、ノスタルジーの権利を擁護します。
また格差について語る章では、ホリエモンに代表される億単位の資産を持つIT長者と、下流と呼ばれる若者のライフスタイルがなんら変わらない(どちらもジャスコ的・コンビニ的な消費スタイルと親和性が高い)との指摘が面白いですね。

地方在住者にとっては東京の地名をいろいろ挙げられても、その街の特色を思い浮かべることができないのですが、自分の住んでいる地域に重ね合わせて読んでみるのも一興です。

(5月13日読了)


管理人のひとりごと


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 02:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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