2007年10月29日

パイプラインの国際政治学

とどまるところを知らない原油価格の高騰。1バレル=100ドルになる日も近いのでは…と懸念されています。
また、世界的な地球温暖化対策にともない原子力発電が見直され、ウラン価格も上昇を続けています。
(地球温暖化の主犯が二酸化炭素なのかどうかとか、原子力発電所の建設・運転にだって化石燃料を消費しているじゃないか…という議論は、ここでは措くとします)

石油にウランにレアメタル…あらゆる鉱物資源を輸入に頼る日本にとって、資源価格の高騰は死活問題です。国際資源争奪戦の行方には目を離せません。



世界新資源戦争

宮崎正弘氏は、中華人民共和国の全33省を踏破した中国ウォッチャーとして知られています。本書の中心となるのも、中国そしてロシアの資源戦略です。

プーチン大統領率いるロシアは、いまや資源商社と化しました。外貨獲得のみならず外交の道具として豊富な資源を活用しています。
ロシアの支配から抜け出そうとする旧ソ連諸国に対し、石油やガスの供給を止めたり、パイプラインのルートを変えたりと妨害工作。ヨーロッパ諸国もまた、ロシアからの資源供給に依存しています。これはEUの団結を揺るがすものです。
ヨーロッパには「パイプラインの国際政治学」と呼ぶべき、資源獲得をめぐる複雑な利害関係が現出しているのです。

著しい経済成長を続け、資源輸入国大国に転落した中国。世界中から資源を買い漁り、アフリカ・中南米諸国に次々と進出しています。
中国を「資源爆食怪獣」と呼ぶ宮崎氏は、アジアの資源戦争において中国以外に問題はないとまで言います。
世界各国に資源供給先を確保したかに見える中国の死角、それは深刻な水不足です。石油がなくてもヒトは生きていけますが、水なしでは生きていけません。

資源貧国・日本の救いは、世界一の省エネルギー・環境技術。日本を100とした場合の各国のエネルギー効率はEU170、アメリカ200、中国は870、ロシアに至っては1800なんだそうです。

資源争奪をめぐって熾烈に繰り広げられる、グレートゲーム。日本人のあまりの無関心さを痛感させられる一冊です。本書は資源戦略のみならず、世界の紛争を俯瞰するうえでも役立ちます。

宮崎正弘のホームペイジ

(10月28日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
よ〜く考えよう、石油は大事だよ♪
レアメタル・パニック


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2007年10月22日

ピンク石の秘密

史跡公園として発掘・整備が進められている、大阪府高槻市の今城塚古墳。第26代継体天皇の、真の陵墓だと考えられています。6世紀前半では全国最大級の古墳ですが、大地震によって墳丘は大きく崩れ、石室も失われています。
しかし石室の破片が数多く発見されており、それはピンク色の石片でした。この石は、今城塚古墳近辺の産出ではありません。なんと九州・阿蘇山のものです。

讀賣新聞西部支社は2005年、ピンク石の産地・熊本県宇土市から大阪の今城塚古墳まで、石棺を船で運ぶという壮大な実験を行いました(航海は1006km、34日間)。
九州産の石棺がなぜ畿内に、しかも限られた古墳にだけ用いられているのでしょうか。



大王家の柩

ピンク色の石の正体は、阿蘇凝灰岩。約9万年前の阿蘇山の大噴火で生成されました。凝灰岩がピンク色になるのは非常にまれで、その成因もハッキリしないそうです。貴重な石であるといえます。
このピンク石が石棺に用いられた古墳は、全国でわずかに13基。1基を除いては(後述)、いずれも5世紀後半から6世紀前半のものです。

この時代、ヤマト朝廷は大きく揺らいでいました。
第21代雄略天皇は、皇位継承のライバルとなる皇子たちを次々と倒して権力を掌握した強大な大王です。そのため彼のあとは有力な皇子がいなくなり、皇位継承が不安定になったと考えられます。
本書では第22代清寧、23代賢宗、そして暴君として名高い25代武烈の三天皇の実在を疑問視し、日本書紀にいう「まさにいま絶えて継嗣なし」となったのだとします。そこに現われたのがオホド王=継体天皇です。
そして阿蘇ピンク石の石棺は、継体天皇とその支持勢力のものであると。

継体天皇は、晩年もまた謎に包まれています。
先代までの天皇との血縁が薄い(ない?)継体天皇は、第24代仁賢天皇の娘である手白香皇女を皇后としました。いわば婿入りです。一方で地方豪族出身の、即位前からの妃もいました。地方豪族出身の妃から生まれた第27代安閑、第28代宣化天皇と、手白香皇女から生まれた第29代欽明天皇とのあいだで皇位継承争いが起こったのではないかと考えられています。
皇統は欽明天皇に受け継がれ、ピンク石の石棺は途絶えました。そして継体天皇を擁立した豪族・大伴氏も失脚し、代わって蘇我氏が台頭します。

継体天皇の時代から半世紀ほど経て、一度だけピンク石の石棺が復活しました。それが奈良県橿原市の植山古墳で、推古天皇と息子・竹田皇子の合葬墓と推定されています(推古天皇はのちに改葬)。竹田皇子のものとされる石棺にピンク石が使われた理由は、全くわかりません。
そして推古天皇の摂政・聖徳太子ゆかりの四天王寺にも、なぜかピンク石があります…

ピンク石の石棺を最初に用いたのは誰なのか。
今城塚古墳より前の時代に造られた、大阪府羽曳野市の峯ノ塚古墳。ピンク石の石棺と豪華な副葬品が発掘されています。この被葬者が、継体王朝誕生前夜の秘密を握っているのかもしれません。

(10月22日読了)

参考サイト;讀賣新聞「大王のひつぎ」実験航海
(↑『古代ペンタクロス文化』管理人ペンタクロス様、ご紹介ありがとうございます)

【不純文學交遊録・過去記事】
古代史の謎・継体天皇U
古代史の謎・継体天皇
天皇陵、発掘。


管理人のひとりごと…
ラベル:古墳
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2007年10月21日

裁判員になりたいですか?

平成21年5月までには始まることになっている裁判員制度
国民の健全な社会常識を裁判に生かす…一見もっともな主張ですが、私は裁判員制度に疑問と不安がいくつかあります。

まずは疑問。裁判官が不足していたり業務に支障が出ているわけでもないのに、なぜ素人の裁判員を参加させるのでしょうか。
裁判員は国民から抽選で無作為に選ばれるのですが、大抵の国民はなんらかの職業をもっています。裁判員になると数日から数週間は業務に従事できません。これは経済活動の自由を保証した憲法に違反していませんか?
そして不安。裁判員は被告人と顔を合わせます。個人情報は十分に保護されるといっても、かつて自分が有罪にした被告人から仕返しを受ける恐れはないのでしょうか。

ここに裁判員制度に対して強く疑問を呈する一冊があります。著者・西野喜一氏は、元判事の司法研究者です。



裁判員制度の正体

裁判員審理の対象となるのは、その犯罪に対する刑の最高が死刑、無期懲役、無期禁錮にあたる重大な刑事事件です。具体的には殺人、放火、強盗傷害、傷害致死などが挙げられます。比較的軽い刑事事件は対象となりません。また民事事件、行政事件、少年事件、家事事件は対象となりません。
重大な刑事事件は慎重な審理が要求されるうえ、資料が膨大で裁判員が拘束される日数が多くなります。先に述べたように、裁判員になる人の多くは他に仕事や家事を抱えているわけです。裁判員への負担軽減のために、慎重であるべき審議の時間が短縮され、粗雑化する恐れがあります。

西野氏は、そもそも裁判員制度が憲法違反ではないのかと主張します。
被告人は公平な裁判を受ける権利を有し、裁判は「良心に従って独立して職権を行う、憲法と法律のみに拘束される」裁判官によってなされます。公平かどうかわからない素人の裁判員に、被告人は人生を委ねることになるかもしれません。
プロの裁判官と素人の裁判員とでは、任務に対するモチベーションが違います。あなたは日当一万円で自分の仕事をそっちのけにして、他人の人生を大きく左右する判決を下す任務に堪えられますか。
死刑判決を下すことは、プロの裁判官であっても非常な重圧と思われます。西野氏が指摘するように、裁判員の参加には、死刑判決に対する裁判官の心理的負担を軽減する働きがあるのかもしれません。

本書には、あなたがもし抽選で裁判員候補者に選ばれた場合に、逃れる方法がいくつも提示してあります。
ただ、裁判員制度は現代の「赤紙」であり徴兵制への入口だとの主張には行き過ぎの感もあり、本書で指摘される問題点のいくつかは杞憂かもしれません

私は現行の裁判員制度に反対ですが、裁判に国民が参加することの意義自体は否定しません。
裁判に「国民の健全な社会常識」を反映させることが狙いであるなら、むしろ日常生活で起こりがちな軽度の刑事事件や少年犯罪にこそ裁判員制度を導入すべきではないでしょうか。

(10月15日読了)


管理人のひとりごと・・・
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 00:43| Comment(2) | TrackBack(1) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

アマテラスの正体

謎が多い日本の古代史。
時代が古くなればなるほど残された史料が少なく謎が多いのは当たり前ですが、比較的史料が豊富で教科書でもおなじみの乙巳の変(大化の改新)以降の歴史だって、わからないことだらけです。

乙巳の変は、天皇をしのぐほどの強大な権力を手にし政治を私物化していた豪族・蘇我入鹿を、中大兄皇子天智天皇)・中臣鎌足らが宮中で暗殺した事件です。独裁者・入鹿を倒したのち、豪族たちによる土地の私有を改め、律令制度を整えて天皇中心の中央集権国家を築いた一大改革が、大化の改新と呼ばれます。
ところが実際の蘇我氏は、むしろ律令制度導入を推進した開明派であったとの再評価がされつつあります。

乙巳の変には、いくつもの不可解な点があります。
最大の功労者である中大兄皇子は、すぐに即位できませんでした。まず孝徳天皇が即位し、その後は乙巳の変当時の天皇であった中大兄皇子の母・皇極天皇が、重祚して斉明天皇となっています。天皇の子である中大兄皇子が、宮中の儀式に参列しないで暗殺の実行犯になったのも不思議です。
そして中大兄皇子の弟・大海人皇子天武天皇)は、乙巳の変に参加していません(当時はまだ幼かった?)。
のちに天武天皇と天智の子・大友皇子は、皇位をめぐって対立します(壬申の乱)。天武には皇后・持統天皇をはじめ天智の娘が何人も嫁いでいますが、これは明らかに政略結婚です。兄弟の間に一体なにがあったのでしょうか。

天武天皇は初めて天皇の称号を使用し、万葉集に神とまで歌われた強大な王です。そして王朝の正統性の証である歴史書・日本書紀の編纂を命じます。
ところが日本書紀の完成は720年。天武天皇の死後何十年も経っており、時代は天武天皇が倒した近江朝の忠臣であった中臣鎌足の子孫・藤原氏の天下です。
また乙巳の変によって、聖徳太子と蘇我氏が編纂した歴史書「天皇記」「国記」が消失しています。

奈良時代に入ると、大仏建立で有名な聖武天皇は、娘の孝謙天皇に「王を奴婢にするのも、奴婢を王にするのも、汝の自由だ」と語ったとされ、孝謙天皇は僧・道鏡を皇位に就けようとする事件を起こしました。孝謙天皇(重祚して称徳天皇)で天武の皇統は絶え、皇位はふたたび天智系に移って平安時代を迎えます。
乙巳の変から奈良時代に至る日本の歴史は、なんとも複雑怪奇なのです。



「天皇家」誕生の謎

近年、古代史の謎に関する著作を次々と送り出している、歴史作家の関裕二氏。アカデミズムの研究者ではないので、彼の唱える説がどう評価されているのかはわかりませんが、彼の著作は日本の古代史における数々の疑問点に気付かせてくれます。

皇室の祖先神である天照大神は、太陽の女神です。
ところが世界的には太陽神は男性神であることが多く、日本の太陽神・アマテラスも元は男性神だったのではないかと関氏は推理しています。大嘗祭で天皇が天の羽衣をまとう行為も、天皇が女性の服装(天の羽衣)をして巫女を演じているのであり、皇祖神が男性神である証だとします。そういえば、天岩戸に隠れた天照大神を誘い出したのは、肌もあらわに踊る女神・天宇受賣命(アメノウズメ)でしたね。
では、なぜ皇祖神アマテラスが女性神とされたのか。それは女帝・持統天皇の神格化であるといいます。持統天皇は天武天皇の皇后である一方、天智天皇の娘でもありました。持統天皇の即位は天智皇統の復活であり、彼女は新王朝の創始者だったのです(持統という諡号も意味深ですね…)。

本書には、古代天皇家成立をめぐる謎に対する、彼なりの解答がまとめられています。
壬申の乱で大海人皇子は、吉野から東国へ逃れて兵力を集めました。北陸から擁立された継体天皇は、東海地方の豪族・尾張氏から妃を迎えています。辺境の地とされた東国と古代天皇家との関わりは、興味深く読めました。

(10月9日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
天武天皇については…消えた(消された?)神様
持統天皇については…女帝・かぐや姫
乙巳の変については…黒幕は誰だ?
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 01:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月10日

ニッポンのルーツを求めて

古来より、ユーラシア大陸の東西を結ぶ交易ルートとして栄えたシルクロード
奈良・東大寺正倉院には、異国情緒にあふれた聖武天皇の御物が納められ、シルクロードの終着駅とも呼ばれます。

ペルシアから天山南路を経て長安へと向かういわゆるシルクロードは、険しい岩場の続く難所です。一方、遊牧民族が駆け抜けた北のシルクロードは、なだらかな草原がひろがっています。
北のシルクロード=草原の道こそがシルクロードのメインストリートであり、日本文化の源流は北ユーラシアにあるとするのが、経済人類学者・栗本慎一郎氏です。



シルクロードの経済人類学

古代の遺跡や神社の配置には、なんらかの法則性が見出せます。例えば、大和三山の位置関係が三角形を描いていたり、平安京が風水に基く四神相応に設計されていたり。
栗本氏は前著『シリウスの都 飛鳥 』で、古代日本に真北から20度西に傾いた方位を神聖視する法則が存在することを指摘しました。これは冬至の深夜、真南から20度東の位置に輝くシリウスを遥拝して真後ろの方角であり、栗本氏は聖方位と呼んでいます。
聖方位はペルシアの王都ペルセポリスに典型的に見られ、中央アジアの遺跡にも多く残っています。日本では大和三山、応神天皇陵を代表格とする大型前方後円墳、法隆寺(原法隆寺である若草伽藍)と斑鳩宮、石舞台古墳、茨城県の鹿島神宮などに見出せます。

聖方位は、草原の道を通って北日本にもたらされました。これは古代日本の国家の基盤が中国・朝鮮半島経由でもたらされたという通説に、大きな見直しを迫るものです。中華思想に染まった歴史観では、北ユーラシアの遊牧民帝国のダイナミックな歴史は見えてきません。
中国の歴史書は、遊牧民族の名称に「匈奴」のような侮蔑的な当て字を用いてきました。原音に忠実であるなら匈奴はキォンヌ、突厥はチュルクと表記すべきなのです。本書の大部分は遊牧民族の興亡の歴史に充てられていますが、栗本氏は中国中心史観を正すべく民族名の多くを見慣れないカタカナで表記しているため、素人には難解です。

栗本氏は、北日本の中心地は鹿島神宮であり、北日本勢力の代表が蘇我氏であるとします(そしてライバルの物部氏を九州勢力の代表としています)。
北ユーラシアにルーツを持つ蘇我氏と聖徳太子は、聖方位にもとづく都を建設し、律令制の基礎を築き、天皇の呼称としてスメラミコトの語を用いました。そして「天皇記」「国記」の編纂も行います。
なお、一部に聖徳太子を西突厥の王だとする説(小林恵子氏)があるようですが、それについて栗本氏は一切言及しておりません。
急激な変革には、必ず抵抗勢力が現れます。蘇我入鹿乙巳の変(大化の改新)で、中大兄皇子中臣鎌足らによって暗殺されました。蘇我宗家を滅ぼした中臣鎌足には鹿島出身説がありますが、蘇我氏の拠点も鹿島にあったのなら、その関係が気になります。

日本史上最大級の極悪人とされ続けてきた蘇我入鹿。その評価は徐々に変わりつつあります。
もしかすると蘇我氏こそ、日本の基礎をつくった王だったのでしょうか?

(10月1日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
はるかなる飛鳥


管理人のひとりごと
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 01:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

未知への挑戦、50年。

1957年10月4日、人類初の人工衛星スプートニク1号がソビエト連邦によって打ち上げられました。
人類による宇宙開発がスタートして、まもなく50年になります。

私の記憶にある最も古い読書体験のひとつは、あかね書房から発行された「少年少女20世紀の記録」シリーズの第1巻『地球は青かった』です。言うまでもなく人類最初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンの物語であります(同書には、初期の宇宙ロケット開発物語も併録されていました)。
小学生の頃は、ヴォイジャー1・2号による木星と土星の探査成果のテレビ中継に、連夜夢中になりました。木星にも輪があったり、新しい衛星が次々と見つかったりと、驚きの連続でした。
松井孝典氏が進行役を務めた『パノラマ太陽系』は再放送まで繰り返し見たお気に入り番組でしたし、故カール・セーガン氏が出演した『コスモス』も見た記憶があります。
そして1981年には、宇宙と地球を何度も往復できるスペースシャトルが初飛行に成功。鉛筆みたいなロケットの先端に飛行士が押し込められていたのが、飛行機のように滑空して地球に戻って来れるようになったのです。翼を持ったオービターの姿は、未来の象徴のように思えました。
またあの頃には、原子力炉を搭載した旧ソ連の衛星コスモス954号、アメリカの宇宙実験室スカイラブが地球に落下する騒動もありました。



宇宙開発の50年

人類の宇宙への挑戦を一冊にまとめたこの本には、歴史に残る人工衛星や探査機が100余り登場。華々しい成果を挙げたものもあれば、無残な失敗作も少なからずあります。
宇宙旅行の時代を身近に感じさせてくれたスペースシャトルについても「使い捨てロケットの有用性は今日でも失われておらず、コストもリスクも高すぎる」として、本書の評価は冷ややかです。

小学生の頃には、20世紀中に人類が火星に到達する未来予測もありましたが、実現するのは随分先のことになりそうですね。
人類が月面の地を踏んだのは、1972年のアポロ17号が最後となっています。
今年9月14日、日本の月探査衛星かぐや(SELENE)が打ち上げられました。12月には観測が始まります。かぐやがもたらす新発見に大いに期待しましょう!

(9月30日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
やっぱり宇宙は面白い
スーパースターBest20
2005年は宇宙の年

posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 19:52| Comment(4) | TrackBack(1) | 科学技術交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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