2007年10月21日

裁判員になりたいですか?

平成21年5月までには始まることになっている裁判員制度
国民の健全な社会常識を裁判に生かす…一見もっともな主張ですが、私は裁判員制度に疑問と不安がいくつかあります。

まずは疑問。裁判官が不足していたり業務に支障が出ているわけでもないのに、なぜ素人の裁判員を参加させるのでしょうか。
裁判員は国民から抽選で無作為に選ばれるのですが、大抵の国民はなんらかの職業をもっています。裁判員になると数日から数週間は業務に従事できません。これは経済活動の自由を保証した憲法に違反していませんか?
そして不安。裁判員は被告人と顔を合わせます。個人情報は十分に保護されるといっても、かつて自分が有罪にした被告人から仕返しを受ける恐れはないのでしょうか。

ここに裁判員制度に対して強く疑問を呈する一冊があります。著者・西野喜一氏は、元判事の司法研究者です。



裁判員制度の正体

裁判員審理の対象となるのは、その犯罪に対する刑の最高が死刑、無期懲役、無期禁錮にあたる重大な刑事事件です。具体的には殺人、放火、強盗傷害、傷害致死などが挙げられます。比較的軽い刑事事件は対象となりません。また民事事件、行政事件、少年事件、家事事件は対象となりません。
重大な刑事事件は慎重な審理が要求されるうえ、資料が膨大で裁判員が拘束される日数が多くなります。先に述べたように、裁判員になる人の多くは他に仕事や家事を抱えているわけです。裁判員への負担軽減のために、慎重であるべき審議の時間が短縮され、粗雑化する恐れがあります。

西野氏は、そもそも裁判員制度が憲法違反ではないのかと主張します。
被告人は公平な裁判を受ける権利を有し、裁判は「良心に従って独立して職権を行う、憲法と法律のみに拘束される」裁判官によってなされます。公平かどうかわからない素人の裁判員に、被告人は人生を委ねることになるかもしれません。
プロの裁判官と素人の裁判員とでは、任務に対するモチベーションが違います。あなたは日当一万円で自分の仕事をそっちのけにして、他人の人生を大きく左右する判決を下す任務に堪えられますか。
死刑判決を下すことは、プロの裁判官であっても非常な重圧と思われます。西野氏が指摘するように、裁判員の参加には、死刑判決に対する裁判官の心理的負担を軽減する働きがあるのかもしれません。

本書には、あなたがもし抽選で裁判員候補者に選ばれた場合に、逃れる方法がいくつも提示してあります。
ただ、裁判員制度は現代の「赤紙」であり徴兵制への入口だとの主張には行き過ぎの感もあり、本書で指摘される問題点のいくつかは杞憂かもしれません

私は現行の裁判員制度に反対ですが、裁判に国民が参加することの意義自体は否定しません。
裁判に「国民の健全な社会常識」を反映させることが狙いであるなら、むしろ日常生活で起こりがちな軽度の刑事事件や少年犯罪にこそ裁判員制度を導入すべきではないでしょうか。

(10月15日読了)


管理人のひとりごと・・・


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 00:43| Comment(2) | TrackBack(1) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。