2007年11月15日

リトビネンコ氏は、なぜ殺された?

昨年(2006年)11月23日、元ロシア保安庁(FSB)職員でイギリスに亡命中のアレクサンドル・リトヴィネンコ氏が死亡しました。彼の体内から検出されたのは、猛毒の放射性物質ポロニウム210

先日交遊した『世界新資源戦争』では、豊富な資源を武器に強引な外交戦略を展開する、現在のロシアの姿が描かれていました。
ウラジーミル・プーチン大統領は元FSB長官であり、ツァーリ(皇帝)と呼ばれるほどに独裁色を強めています。
ロシアではプーチン政権に批判的な人物が次々と謎の死を遂げ、政府が暗殺に関与しているのではないかとの疑惑が絶えません。最も衝撃的だったのが、放射性物質が凶器に使われたリトヴィネンコ氏暗殺事件です。

※FSBの前身は、ソ連国家保安委員会(KGB



暗殺国家ロシア

1998年11月、リトヴィネンコ氏は同僚とともに記者会見し、ボリス・ベレゾフスキー氏の暗殺命令を受けていたことを告発しました。
FSBを批判したリトヴィネンコ氏は、権限踰越の容疑で逮捕。のちに釈放され出国禁止命令を受けた彼は、2000年11月、トルコ経由でイギリスに亡命します。正式な英国市民権を得たのは、死の一ヶ月前でした。

ベレゾフスキー氏は、ソ連崩壊を機に誕生したオリガルヒ(新興財閥)の代表格です。エリツィン政権下では閣僚にもなり、政界に隠然たる影響力を及ぼしました。
しかしプーチン大統領は、政権に批判的なマスメディアを経営するオリガルヒを弾圧。そして基幹産業の再国有化を推し進めます。日本の商社が出資する石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」も、承認が取り消されました。
政界を追われたベレゾフスキー氏は、現在イギリスに亡命中。「プーチンを倒すためなら何でもする」と公言してはばかりません。リトヴィネンコ氏のロンドンの住まいは、隣人でチェチェン亡命政府のアフメド・ザカーエフ氏の住居とともに、ベレゾフスキー氏が提供したものです。

プーチン政権の秘密警察政治やチェチェン紛争への対応を批判し続けたリトヴィネンコ氏。彼はプーチン政権を批判するジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ氏の射殺事件の真相を追っていました。
2006年11月1日。リトヴィネンコ氏は射殺事件の調査に関して、イタリア人の自称学者マリオ・スカラメラ氏と寿司レストランで会食後、体調に異変が生じます。
同じ日には、元FSBの同僚であったアンドレイ・ルゴヴォイドミトリー・コヴツン両氏とも面会しています。また、この会合には第三の人物が同席したともいいます。

リトヴィネンコ氏に毒を盛ったのは、一体誰なのか?

(11月11日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
パイプラインの国際政治学


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:52| Comment(15) | TrackBack(0) | 政治・経済交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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