2007年11月23日

他人には絶対に言えないこと

「他人には絶対に言えないことを、あなたはどれだけかかえていますか」
早稲田大学で一番面白い授業に選ばれた高橋敏夫教授の「ホラー論」は、こうして始まります。毎年顔を見せる学生や、他学部・他大学からの聴講者が訪れる人気講義。今は宮崎県知事となったあの人も、高橋教授の講義を聞いていたそうです。

他人には絶対に言えないことには、憎悪や嫉妬や欲望などのネガティブな感情の数々が挙げられるでしょう。また、過剰な理想追求や美への渇望といった並外れてポジティブなものも含まれます。それらがかかえきれないほどある人は(大学では)文学部に入るしかないのだと。
高橋教授は、文学を含む芸術は自分自身が見たくない・考えたくない、他人には絶対に言えないことを、ありのままに肯定することだといいます。



ホラー小説でめぐる「現代文学論」

日本でホラー小説の活況がみられるのは、1990年代なかばです。角川書店が日本ホラー小説大賞を創設。瀬名秀明氏の『パラサイト・イヴ』、岩井志麻子氏の『ぼっけえ、きょうてえ』などのベストセラー・話題作が生まれました。
高橋教授は、阪神淡路大震災・オウム真理教事件などが起こった1995年を、バブル崩壊のあと日本人にわずかに残っていた余裕を最終的に奪い去った、時代の切断線としています。それまでの常識が無効になり、世のなかが「なんだかわからないもの」へと壊れてゆく「解決不可能性」の時代の到来です。
ミステリが「解決可能性」にもとづく物語ならば、ホラーは「解決不可能性」にもとづく物語です。1980年代後半からの本格ミステリ・ムーブメントに代わって、エンターテイメントの主役はホラーへと移りました。
ホラー小説の隆盛と時代背景の考察は、第一次世界大戦における無差別大量殺人の衝撃が個人の死の尊厳の回復をめざす探偵小説を生んだとする、笠井潔氏のミステリ論を思い出させます。

本書の後半は、小説論というよりは戦争論です。
9.11」から始まったテロとの戦い。世界を正義の側と悪の側に単純に二分し、現実の残虐さを見えなくするこの「新しい戦争」を、高橋教授は「隠蔽の総力戦」と呼んでいます。そして「隠蔽の総力戦」に抗えるのは、ホラーの想像力による「暴露のゲリラ戦」であると。
9.11テロで倒壊した、アメリカの世界覇権の象徴ともいえる世界貿易センタービル。テロへの怒りや犠牲者への哀悼の念がつのる一方で、決して口に出しては言えないけれど「アメリカ、ざまあみろ」と思った人もいたことでしょう。
他人には言えない「おぞましさ」を直視することを掲げながら、そこには触れずに「帝国はその内部から崩れ落ちよ!」と叫ぶのでは、なんだか良い子ぶった反戦論に終わっているように感じました。
あるいは高橋教授は「9.11」をアメリカの覇権主義が招いた「自業自得」ではなく、アメリカが戦争をしたいがために行った「自作自演」だと考えているのでしょうか。
(本書では田中宇氏の「9.11自作自演説」を紹介していますが、高橋教授自身は9.11が自作自演か否かはわからないとしています)

(11月23日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:38| Comment(28) | TrackBack(1) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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