2008年01月30日

マイナス6%の覚悟

今年(2008年)から京都議定書の第一拘束期間が始まります。
日本のCO2(二酸化炭素)排出削減義務は、1990年比マイナス6%です

地球温暖化をめぐっては、大きく4つの立場があります。
@ CO2による地球温暖化を主張し、このままでは危険だとする
A 温暖化そのものが実際に起こっているのか疑問である
B 温暖化は事実であっても、CO2ではなく他の要因による
C 温暖化が生じても地球全体から見ればプラスの部分も多い

現在、地球の平均気温は上昇傾向にありますが、気温上昇における人為的要因がどの程度なのかは定かではありません。
産業革命以降、人類によるCO2排出量は増加を続けていますが、大気中のCO2濃度と地球の平均気温は相関していません。
地球の気候は非常に複雑であり、未来予測は不確実なのです。
それなのに日本では、@のみが既定の事実のように報じられています。

私は地球温暖化を否定するわけでも、人類の文明活動によるCO2増加を否定するわけでもありません。
地球の資源には限りがあります。CO2(化石燃料消費)削減、大いに賛成です。
ただ、先に述べたように地球温暖化のメカニズムには不確かな部分が残されています。地球温暖化をめぐる論議は全て正しいのか、環境問題への取り組みは今のままで良いのか、懐疑論者の声を踏まえて検証してみましょう。



暴走する「地球温暖化」論

石油ショックや高度成長下の公害問題に直面した日本は、世界に先駆けて省エネルギーに取り組んできました。化石燃料の消費を抑制しながら経済成長を続けてきたのです。
1986年以降、日本のGDPの伸びと化石燃料の消費量は、ほぼ比例するようになります。GDPが増えた分だけCO2の排出量も増えているのです。
クールビズがもたらした経済効果は、CO2の排出を増やしただけだったのかもしれません。

アメリカは批准せず(オーストラリアは政権交代により昨年12月批准)、途上国は削減義務を負わない歪んだ京都議定書。
狡猾なEUは、京都議定書が1997年の締結であるにも関わらず、自分たちがまだ省エネルギーに取り組んでいない1990年をCO2排出削減の目標値に定めてきました。EUのCO2排出削減への取り組みは、アメリカとは違う世界観を提示するための戦略でもあります。
環境問題はなぜウソがまかり通るのか』、『同2』がベストセラーとなった武田邦彦氏はこう言います。日本は省エネルギー技術の輸出に「排出権」を与えるよう主張すべきだったと。アメリカとヨーロッパが日本の技術を導入し、日本並みのエネルギー効率になれば、世界のCO2排出量は一気に3分の1も削減されるのです。
武田氏は、アル・ゴア氏の映画『不都合な真実』は地球温暖化をアメリカ・ヨーロッパの責任だとしており、実は日本にとって好都合な内容なのだと評しています。

私は「日本の省エネルギー努力は既に限界に達しており、省エネ先進国・日本はCO2削減義務を負う必要はない」などと言うつもりはありません。
近い将来、画期的な省エネルギー技術が開発される可能性はあります。
また、日本人は十分に豊かな生活をしていますから、今後多少の我慢はすべきなのかもしれません。
しかし、日本が1990年比でのCO2排出削減を実行するには、GDPの減少(=景気の後退)を覚悟せねばならないでしょう。そして、6%の削減目標を達成できなければ、他国から排出権を買わされることになります。
日本政府に覚悟は出来ているのか?
このままでは日本の国益が大きく損なわれます。
なお「国益」とは、私たちが身を切って支払った税金に他ならないことをお忘れなく。

(1月7日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
地球の現代史・不確かな真実V
不確かな真実U
不確かな真実
悲観も楽観も、いけません。

私には政府主導で出来るCO2削減アイデアがあります。

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ラベル:地球温暖化
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:42| Comment(19) | TrackBack(0) | 自然科学交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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