2008年03月30日

恐竜研究最前線(後編)

3月23日に福井県立恐竜博物館で開催された、国際恐竜シンポジウム2008
後半のパネルディスカッションでは、一般聴衆からの質問にも答えました。

Q.恐竜は何種類見つかっているのか?

A.現在1,200種が記載されているが、そのうち確実なのは900種くらいだろう。哺乳類は現存するものだけで4,000種類以上もいる。当時の地球環境は、現在くらいは豊かだっただろう。恐竜の時代は1億年以上も続いたから、トータルでは何千種類もいたはずだ。
フィリップ・カリーさん)

Q.最大の恐竜はどれくらいか?

A.化石から体重を推定するのは難しいが、アルゼンチンで発見された最大の恐竜は約100t。体重を支えることができる足の強度を考えると、陸上生物の体重の限界は150t。まだまだ大きな恐竜の化石が発見される可能性はある。
(国立科学博物館・冨田幸光さん)

Q.恐竜が鳥に進化したのはどのような環境に適応してか?

A.これは非常に難しい。恐竜以前にも、飛べはしなかったが滑走する爬虫類はいた。将来は人間も空を飛べるように進化するかも(笑)?
(フィリップ・カリーさん)

討論の中心となったのは、モンゴル科学アカデミーのリンチェン・バルスボルトさんと董枝明さんでした。
特にバルスボルトさんは冗舌で、恐竜の大きさについて解説する冨田さんに「あの人は小さい生き物が専門だよ」と英語でツッコミを入れていました。
かつて巨大恐竜がカバのように水に浸かって生活している想像図をよく見かけましたが、董さんによるとディプロドクスの尾は水面を叩くような形状にはなっていない(=水棲ではない?)そうです。

パネルディスカッションは、司会進行がスムーズでなかったのが残念。
司会者が「恐竜博物館は、化石産地をどう展示に生かすべきか」と先生方ひとりひとりに尋ねましたが、どう考えても一般ウケする質問ではないし、先生方のノリもイマイチ。博物館の職員としては重要な質問なんでしょうけどね(笑)
一般聴衆との質疑応答は楽しめました。
自分以外の人がどんな疑問を持っているか非常に興味がありましたが、恐竜はなぜ絶滅したのかとの質問は、あまりにも定番すぎるせいか出ませんでした。


     


ラベル:恐竜
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2008年03月23日

恐竜研究最前線(前編)

一億年以上にわたって地球を支配した、恐竜。その進化や絶滅は多くの謎に包まれ、人々の好奇心を刺激します。
現在、日本でも次々と恐竜の化石が発掘されています。中国では羽毛をもった恐竜の化石が発見され、恐竜から鳥類への進化プロセスが注目されています。
大きく進みつつある東アジアの恐竜研究。3月23日、国際恐竜シンポジウム2008に行ってまいりました。会場は福井県立恐竜博物館。日本最大の恐竜化石の産地、福井県勝山市にあります。
国内外から著名な研究者が集まりました。同時通訳のシンポジウムに参加するのは今回が初めてです。

恐竜博物館の写真は、不純文學交遊界をご覧ください。

中国科学院の董枝明(ドン・チミン)教授。
中国の恐竜研究の第一人者で、テレビで何度かお見かけしたことがあります。中国語で話すのかと思ったら、流暢な英語でした。
マメンチサウルスなどの中国で発掘された竜脚類(大型草食恐竜)の化石をスライドで紹介。
近年、タイや韓国でも恐竜化石の発掘が盛んなんだそうです。後半はアジア各国で化石産地に建設されている、恐竜公園についてお話しされました。

カナダ・アルバータ大学のフィリップ・カリー教授。
ティラノサウルス・レックスに代表される獣脚類(肉食恐竜)研究の世界的権威です。
恐竜の体は一生大きくなり続けたというイメージがありますが、ティラノサウルスは10歳代に急成長し、寿命は長くて28歳くらいだったそうです。意外と短い?
恐竜の年齢や成長ペースは、骨の断面(木の年輪のようになっている)でわかります。

福井県立恐竜博物館の東洋一副館長。
勝山市で恐竜化石の発掘を続けてきました。
数多くの発見をもたらした手取層郡(福井県・石川県・富山県・岐阜県にまたがる白亜紀前期の地層)は岩盤が非常に固く、重機で岩を砕いての作業となります。岩石から化石を取り出すクリーニングも大変。
岩盤が比較的軟らかいモンゴルや北米の研究者がうらやましいのだとか。

地元の新聞やテレビは「大盛況だった」と報道するのでしょうが、日曜日の午後で入場無料・予約不要の割には空席が目立ちました(笑)
博物館そのものは、駐車場に県外ナンバー車が多く見られ、結構賑わっています。

【不純文學交遊録・過去記事】
スーパーサウルスは存在し得ない?!…U
スーパーサウルスは存在し得ない?!
図鑑の誘惑

福井県立恐竜博物館
ラベル:恐竜
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2008年03月20日

飛鳥美人よ永遠に

飛鳥美人の名で知られる国宝・高松塚古墳壁画。近年壁画の劣化が問題となり、石室ごと解体修理されることになりました。
精巧な天文図が話題となったキトラ古墳。こちらは壁画を石室から剥ぎ取って保存することになりました。
両古墳の壁画の劣化・損傷を公表しなかった文化庁の責任が問われる事態となり、今後の遺跡保存のありかたに大きな課題を投げ掛けています。



高松塚とキトラ

1972年3月21日に発見された高松塚古墳の鮮やかな人物群像は、日本中に考古学ブームを巻き起こしました。当時中学生だった本書の著者・来村多加史氏は、高松塚古墳の発掘を手がけた故網干善教氏のお弟子さんです。

ともに奈良県明日香村にある高松塚古墳とキトラ古墳。古墳の立地や石室の構造、壁画の画法など両古墳には多くの共通点が見られます。
どちらも石室の天井には天文図、四方の壁には方位を司る神獣である玄武(北)・朱雀(南)・青龍(東)・白虎(西)の四神が描かれています。壁画の東西は一見すると逆ですが、あくまで床に横たわる被葬者から見た東西南北なので、これで良いのです。
そして高松塚古墳には男女16人の人物群像が、キトラ古墳には獣面人身の十二支像(確認されているのは6体)が描かれています。

来村氏は壁画を描いた画家は同一人物であり、壁画はキトラ古墳が先に、高松塚古墳が後に描かれたと考えています。
四神図はキトラ古墳の方が精巧です。高松塚古墳で再び同じ注文を受けた画家が、四神図を手抜きしたか弟子に任せたのではないかと推理しています。そのぶん画家は、人物群像で技量の高さと独創性を遺憾なく発揮しているのだと。
芸術作品を他人の名で語ることは作家に対する最大の侮辱であるとの理由から、来村氏は作者の個人名を断じてはいません。ただ、当時の最も有能な画家として高句麗系氏族の黄文連本実(きぶみのむらじほんじつ)の名を挙げています。

本書は壁画から古代人の世界観を読み解くことと、壁画を描いた画家の内面に思いを馳せることを主旨としています。古墳の被葬者を推理することに来村氏の関心はなく、壁画の保存技法についての記述も全くございません。
東洋美術史や風水思想に関心を持つ方にはたいへん興味深い一冊ですが、そうでない方にはあまり楽しめない内容かもしれません。

古墳の被葬者像については、序章で簡単に触れられています。
高松塚古墳に描かれた従者が持つ蓋(きぬがさ)は、親王もしくは太政大臣クラスでなければ差せないもので、在地豪族や亡命百済人ではありえないことを示しています。また、当時の政府高官であった阿倍御主人石上麻呂は、遺骨から推定される被葬者の死亡年齢よりもかなり高齢です。
両古墳とも規模は天皇・皇太子クラスよりは小さく、被葬者は天智天皇もしくは天武天皇の皇子であろうとしています。

(3月20日読了)

【関連サイト】
国営飛鳥歴史公園
ラベル:古墳
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2008年03月16日

現代の予言者

パソコンに携帯電話に薄型テレビ…次々と新製品が発表されるデジタル家電は、いつが買い時なのか多くの人が迷います。

より小型化・高性能化するデジタル機器。現在のIT産業の急激な発展を、半世紀前に予言した人物がいます。
1956年、ゴードン・ムーアは半導体の集積度は毎年2倍の比率で増加し、この傾向は今後も続くと述べました。この経験則がのちに修正され「半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる」というムーアの法則が生まれたのです。
自動車のコストダウンをいくら進めても、原材料の鉄の価格以下にはなりません。しかし半導体の材料となるシリコンは地球上に豊富に存在し、資源の希少性がボトルネックとならなかったのです。



過剰と破壊の経済学

あまり多くのサイトに目を通していない私ですが、池田信夫blogは愛読しています。本書で池田氏は、ムーアの法則がもたらしたインパクトを踏まえて、今後の日本のIT社会が進むべき道を指南しています。

半導体の集積度だけでなく、ハードディスクの容量や光ファイバーの通信速度も劇的に増加しています。インターネットでの動画視聴もスムーズになりました。
テレビ番組がデジタル化されれば、放送専用の設備は必要なくなり、インターネットで番組を流すことが出来ます。地上デジタル放送なんて必要ありません。電波の空きが増えれば、携帯電話がさらに有効に使えます。
しかし、放送と通信の融合に猛反対しているのがテレビ局です。いまや日本のIT産業発展のボトルネックとなっているのは、電波の希少性でも光ファイバーの通信速度でもなく、既得権益者であるテレビ局なのです。

IT産業のように変化が急激で予測困難な分野で、政府が閣僚や財界トップによる戦略会議なんかを開くのは、全くもって有害無益。選択肢を狭めて産業をミスリードするだけです。iPod、iMacなどのヒット作を生み出したスティーブ・ジョブスのビジネスだって、その多くは失敗でした。しかしIT産業では一発大きく当てればいいのです。
それでも1億人以上の人口を有する日本では、ある程度の市場が確保できるため、国際競争力のないメーカーが何社も共存できてしまいます。これがパラダイス鎖国と呼ばれる状態です。典型的なのが携帯電話端末で、世界市場での主要業者は5社しかないのに、世界シェア9%の日本市場には11社(外資と合弁のソニーエリクソンは除く)がひしめき合っています。

今後のボトルネックは著作権プライバシー権だと池田氏は言います。
IT社会のみならず、日本経済の未来を展望するうえで刺激的な提言にあふれた一冊です。

(3月10日読了)

【関連サイト】
池田信夫blog
【不純文學交遊録・過去記事】
発覚!あるある大利権
日本のメディアは杉林
2011年、テレビをまだ見てますか


管理人のひとりごと
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2008年03月10日

人魚の歌は死の調べ

燃え盛る炎のなかでヴァイオリンを奏でる17、8歳の少年。傍らに佇む二人の人魚。幼い記憶は夢か現実か…



人魚と提琴

人魚、提琴(ヴァイオリン)、そして玩具館。なにやら古風で幻想的なタイトルに惹かれて手に取った講談社ノベルスの一冊。
著者は石神茉莉氏。見慣れない名前なのでメフィスト賞を受賞した新人かと思いきや、1999年に雑誌『幻想文学』でデビューした作家です。ただ、長編作品は本書が初めてとなります。カバー裏面の推薦文は、現代怪談集『新耳袋』シリーズで知られる木原浩勝氏が書いています。

冒頭のヴァイオリンを奏でる少年と人魚の光景は、22歳の北原涼子の幼い記憶です。
5歳のころまで山奥の村で暮らしていた涼子は、そこで人魚を見たといいます。海ではなく、山村の土蔵のなかで。村では春と秋に人魚のお祭りがあり、そこで人魚は吉凶を占う予言をしていたのだそうです。しかし17年前の秋祭りで山火事が発生して、集落は全滅。人魚のお祭りはそれが最後となりました。
火傷を負った涼子は、福井県小浜市の病院で保護されました。小浜市といえばアメリカ大統領選挙の民主党候補者バラク・オバマ氏…いや、人魚の肉を食べて永遠の生命を得たという八百比丘尼の伝説で知られています。
実は涼子は2歳のとき、母親がちょっと目を離した隙に神隠しに遭ったように行方不明となっていたのです。そして5歳で両親と再会するまで、小浜の山奥で暮らしていたのでした。

涼子が訪れた玩具館「三隣亡」は、かつて商店街だった廃墟のなかにあります。
玩具館とはいうものの、懐かしのおもちゃ屋さんや駄菓子屋さんといった風情ではなく、古今東西の呪物や屍体写真集が所狭しと並ぶ、一種のホラーショップです。異世界への入り口のような店を経営するのは、10代の少女のように見える年齢不詳の美珠と、白衣を羽織った無口で無愛想な兄の
玩具館で涼子の目に留まった、無気味でリアルな人魚の絵。憑かれたように涼子は、幼い頃の不思議な記憶を語りはじめます。
そして、人魚を伴ってヴァイオリンを奏でていた少年「ミナモリさん」の正体とは…

この先、ネタバレはございません。
(ただし管理人の個人的な読後感が記してあります)

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2008年03月02日

日続き知らす可き王無し

万世一系とされる天皇家。しかし日本の歴史には皇位継承の危機が幾度もありました。第25代武烈天皇なきあとを『古事記』はこう記します。
「日続き知らす可き王無し(ひつぎしらすべきみこなし)」
皇位継承者がいなくなってしまったのです。そこで近江に生まれ越前で育った応神天皇五世の孫・男大迹王が継体天皇として擁立されます。507年のことです。

昨年(2007年)は第26代継体天皇の即位から1500年、ゆかりの地である福井・滋賀両県では数々の催しが行われました。滋賀県立安土考古博物館の大橋信弥氏も、一連の催しに招かれた一人です。
私はいくつかの講演・シンポジウムに出向きましたが、残念ながら大橋氏の意見をうかがう機会には恵まれず、このたび著書を手にとってみました。



継体天皇と即位の謎

『古事記』には応神天皇五世の孫と記すのみ、『日本書紀』も父母の名を記すだけで、その出自が明らかではない継体天皇。
ただ、後世の『日本書紀』の注釈書である『釈日本紀』が引用する『上宮記』には、空白となっている応神から継体までの系譜が記されています。『上宮記』には記紀成立以前の用字法が見られる(後世の作為性が低い)そうです。
とはいえ記紀の記述が全て史実だとは言えないと、大橋氏の態度は慎重です。

継体天皇に限らず、この時代は皇位継承が不安定でした。第21代雄略天皇はライバルとなる皇子を次々と粛清したために、有力な皇位継承者が絶えてしまったのです。
雄略天皇の子である清寧天皇には後嗣がなく、雄略天皇の粛清を逃れて播磨国に身を隠していた弘計王・億計王の兄弟が発見され、それぞれ顕宗天皇仁顕天皇として即位します。
また、清寧天皇崩御後の空位期間は飯豊皇女が執政し、飯豊皇女を事実上の日本最初の女帝だとする説もあります。

継体天皇を地方豪族だとする説のなかでは、出自を近江の息長氏に求める説が有力です。
オキナガと言えば、息長帯比売命こと神功皇后を思い出します。神功皇后は、継体天皇の祖先である応神天皇の生母。魅力的な説に思えますが、大橋氏は継体天皇=息長氏説を真っ向否定。息長氏が中央政界で力を持つようになったのは、もっと後の時代だとします。
また、継体天皇出生地の近江国高島は父・彦主人王の「別業」であって、彦主人王は畿内近郊に本拠地を持っており、継体天皇はいきなり中央政界に現れたわけではないといいます。そして宮内庁指定の継体陵である大田茶臼山古墳を、大橋氏は彦主人王の陵墓だと考えているようです。

ここ10年ほどの間に発表された文章をまとめた為に、各章に重複した記述が多く見られますが、繰り返しのおかげで大橋氏の主張が明確になっています。

(2月25日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
ピンク石の秘密
天皇陵、発掘。
【不純文學交遊界】
古代史の謎・継体天皇


管理人のひとりごと
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