2008年03月20日

飛鳥美人よ永遠に

飛鳥美人の名で知られる国宝・高松塚古墳壁画。近年壁画の劣化が問題となり、石室ごと解体修理されることになりました。
精巧な天文図が話題となったキトラ古墳。こちらは壁画を石室から剥ぎ取って保存することになりました。
両古墳の壁画の劣化・損傷を公表しなかった文化庁の責任が問われる事態となり、今後の遺跡保存のありかたに大きな課題を投げ掛けています。



高松塚とキトラ

1972年3月21日に発見された高松塚古墳の鮮やかな人物群像は、日本中に考古学ブームを巻き起こしました。当時中学生だった本書の著者・来村多加史氏は、高松塚古墳の発掘を手がけた故網干善教氏のお弟子さんです。

ともに奈良県明日香村にある高松塚古墳とキトラ古墳。古墳の立地や石室の構造、壁画の画法など両古墳には多くの共通点が見られます。
どちらも石室の天井には天文図、四方の壁には方位を司る神獣である玄武(北)・朱雀(南)・青龍(東)・白虎(西)の四神が描かれています。壁画の東西は一見すると逆ですが、あくまで床に横たわる被葬者から見た東西南北なので、これで良いのです。
そして高松塚古墳には男女16人の人物群像が、キトラ古墳には獣面人身の十二支像(確認されているのは6体)が描かれています。

来村氏は壁画を描いた画家は同一人物であり、壁画はキトラ古墳が先に、高松塚古墳が後に描かれたと考えています。
四神図はキトラ古墳の方が精巧です。高松塚古墳で再び同じ注文を受けた画家が、四神図を手抜きしたか弟子に任せたのではないかと推理しています。そのぶん画家は、人物群像で技量の高さと独創性を遺憾なく発揮しているのだと。
芸術作品を他人の名で語ることは作家に対する最大の侮辱であるとの理由から、来村氏は作者の個人名を断じてはいません。ただ、当時の最も有能な画家として高句麗系氏族の黄文連本実(きぶみのむらじほんじつ)の名を挙げています。

本書は壁画から古代人の世界観を読み解くことと、壁画を描いた画家の内面に思いを馳せることを主旨としています。古墳の被葬者を推理することに来村氏の関心はなく、壁画の保存技法についての記述も全くございません。
東洋美術史や風水思想に関心を持つ方にはたいへん興味深い一冊ですが、そうでない方にはあまり楽しめない内容かもしれません。

古墳の被葬者像については、序章で簡単に触れられています。
高松塚古墳に描かれた従者が持つ蓋(きぬがさ)は、親王もしくは太政大臣クラスでなければ差せないもので、在地豪族や亡命百済人ではありえないことを示しています。また、当時の政府高官であった阿倍御主人石上麻呂は、遺骨から推定される被葬者の死亡年齢よりもかなり高齢です。
両古墳とも規模は天皇・皇太子クラスよりは小さく、被葬者は天智天皇もしくは天武天皇の皇子であろうとしています。

(3月20日読了)

【関連サイト】
国営飛鳥歴史公園


ラベル:古墳
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 19:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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