2008年05月03日

もんどりうって…

下級官僚として一生を終えることを潔しとせず、詩人として後世に名を遺そうと決意した青年・李徴。しかし文名は一向に高まらず、己の才能に絶望した李徴は闇の中へ駆け出し、行方知れずとなります。
彼は人喰い虎となってしまったのです。

国語の教科書でおなじみ、中島敦の『山月記』。
この物語が現代の日本を舞台にリニューアルされると…



〈新釈〉走れメロス

京都にて一部関係者のみに勇名を馳せる孤高の学生、斎藤秀太郎。
彼は社会の歯車となることをよしとせず、俗世に色目を使うことなく、大長編小説の完成を目指して一心不乱に文章を書き続けていました。
留年と休学を巧みに使いこなし、大学に入学してから11年あまりの歳月が流れた、7月の祇園祭の夜。斎藤は下宿のドアを蹴破って「もんどり!もんどり!」と叫びながら、闇の彼方へ駆け出して二度と戻ることはありませんでした。

現代版『山月記』を書いたのは、自意識過剰な大学生の滑稽で哀れな生態を描いたらこの人の右に出るものはいないであろう、森見登美彦氏。
人間の器が大きいのか、底抜けの阿呆なのか。斎藤秀太郎の物語には、もんどりうって笑い転げたくなります。

森見氏によって新たに命を吹き込まれた名作は、他に四篇。
映画サークルの人間模様を多視点から描いた『藪の中』(原作は芥川龍之介)。
世間から忌み嫌われることに意を介さない「詭弁論部」員の、一筋縄ではいかない歪んだ友情ドラマ『走れメロス』(同・太宰治)。
酔っていたところを介抱してやった女に、導かれるまま人気小説家になってしまった男の『桜の森の満開の下』(同・坂口安吾)。
百本の蝋燭を立てて、怪談をひとつ語るごとに火を消していくイベントでの出来事、『百物語』(同・森鴎外)。

斎藤秀太郎は、他の作品にも登場します。
永遠の文学青年に贈る一冊。

【不純文學交遊録・過去記事】
キツネにつままれる…
4・1/2の神話

(4月29日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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