2008年08月17日

陰陽師・明智光秀

天下統一を目前にした織田信長が、明智光秀の謀反に遭って生涯を閉じた本能寺の変は、その真相をめぐっていまだ議論が絶えません。

ふと何か変わった小説が読みたくなり、当blogで何度か紹介した神道・陰陽道研究家の戸矢学氏が、小説も書いていたことを思い出しました。
彼の作品の主人公は明智光秀。智略に優れ有職故実にも通じた光秀は、実は天才的な陰陽師だったという物語です。
一介の浪人に過ぎなかった光秀の前半生は、謎に包まれています…



天眼 戸矢学 著

ときは今 あめが下しる 五月かな
これは光秀が、本能寺の変の決意を詠んだ歌だと言われています。
「時」はチャンスというだけでなく「土岐」、つまり土岐氏(清和源氏で美濃国守護)の末裔である明智光秀が天下を取るという意味が込められているとの解釈です。

戸矢氏が描く光秀は、東漢(やまとのあや)氏の出身となっています。
東漢氏の祖は渡来人・阿智使主(あちのおみ)です。蘇我氏に仕えて崇峻天皇を暗殺した、東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)が知られています。光秀の豊かな教養は、渡来人技術者集団の秘伝に由来するとの設定です。物語において光秀は、まず朝廷の陰陽寮に出仕する「阿智桃丸」という名で登場します。

明智光秀は山崎の戦いで死なず、僧侶・天海となって徳川家康のブレーンを務めたとの伝説があります。
本書も「光秀=天海」説に基づいています。小説等でよく使われるモチーフであり、目次にも書かれているので、ネタバレのうちには入らないでしょう。

さて物語の読みどころは、やはり本能寺の変へと至った真相です。これまで怨恨説、野望説、黒幕説などが唱えられてきました。
個人的な怨恨のエピソードは後世の創作の疑いが強い一方、計画的であったにしては余りにあっけない光秀の最期。
戸矢氏はどう描いたのか、これは読んでのお楽しみ。決してぶっ飛んだ動機ではなく、過去に提出された説を踏まえています。

本作品のどこまでを史実として、どこからをフィクションとして書いたのか、非常に気になる一冊です(もしかして全部?)。

(8月16日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 12:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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