2008年11月04日

エコロジーの国際政治学

不純文學交遊録は、地球環境問題に関する書物といくつか交遊してきました。
地球温暖化は、いつ頃から世界的な関心を集めるようになったのでしょうか。
久しぶりに古い本(1994年刊)を引っ張り出してみました。



地球環境問題とは何か 米本昌平 著

1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された、地球サミットを受けて書かれた本です。医療・生命倫理についての著作で知られる米本昌平氏は、NGO(町田の自然を考える市民の会)のメンバーとして地球サミットに参加しました。
当時は地球環境問題といえば、熱帯雨林の減少が最も世間の関心を集めていたと記憶しています。だからこそ世界最大の熱帯雨林・アマゾンを擁するブラジルが、サミットの会場となりました。熱帯雨林は生物資源の宝庫でもあり、生物多様性の保護が謳われたのも地球サミットの特徴です。

本書を改めて読み返してみますと、温暖化は地球サミット以前から既に国際的な議題となっていました。
二酸化炭素の増加による温暖化は古くから指摘されていましたが、地球温暖化が政治の表舞台に登場したのは、1988年にアメリカ上院公聴会でなされたJ・ハンセン氏の証言です。アメリカの穀倉地帯は前年から大干ばつに見舞われており、ハンセン証言は地球規模の異変を強く印象付けることになったのです(ただし実際の大干ばつの原因は、エルニーニョ現象だったようです)。

米本氏は、地球環境問題が国際政治の議題となった背景に、東西冷戦の終結があると指摘します。
そして地球環境問題は、安いエネルギー価格による大量消費を是としてきたアメリカ的価値観に終焉を迫るものです。
一方でアメリカには圧倒的な科学研究の蓄積があり、地球環境問題はアメリカのデータをもとにアメリカを批判するという不思議な様相を呈しています。

かつても今も、地球環境問題には先進国と途上国の対立があります。既に豊かさを享受している先進国に対し、これから経済成長を目指す途上国にとって、消費の削減は容易に受け入れられるものではありません。
では、どうすれば良いのでしょうか。一例として、これまた古い本ですが、栗本慎一郎氏は『幻想としての文明』(1990年刊)で「南米は酸素を商品として世界市場に供給せよ」と提案していました。

以下、米本氏の地球環境問題に対する立場を引用します(47〜48P)。
来世紀になって地球温暖化の予測が誤りであることがわかったとしても、後世に残るのは、省エネルギーや公害防止に対するノウハウとその装置の山である。地球環境問題とは、将来の世代にとって、何と幸いな脅威であろう。
この本の中で私は、地球温暖化論の科学的根拠が曖昧であることを指摘はするが、それは私が、それを理由に、世界が地球環境問題の対策に邁進することに反対であることを意味しない。
(中略)
現代社会は、地球環境問題という新しい課題を発見し、これへの対応をやれるだけやってみたらよい。こういう視角から社会も国も企業も個人も揉まれ、もう一段高い質の社会に到達すればよいのである。

(11月3日再読)


地球温暖化に対する当blogの見解


ラベル:地球温暖化
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:53| Comment(18) | TrackBack(1) | 政治・経済交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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