2008年12月30日

「トヨタショック」は超えられるか

まもなく過ぎ去ろうとしている2008年。
前半は原材料価格の高騰、後半は金融危機と世界経済が大きく揺れた1年でした。
アメリカ発の金融危機を受けて、東京株式市場も暴落。さらに急激な円高が日本の輸出産業を襲いました。
昨年は日本企業で初めて2兆円を超える利益を計上したトヨタ自動車が、本年度は一転して通期で赤字になる見通しを発表(12月22日)。自動車産業をはじめとする製造業は、非正規雇用者の契約を打ち切る「派遣切り」を実施。「トヨタショック」は今も続いています。



クルマ界のすごい12人 小沢コージ

本書の発行は、今年6月。原油高の影響は出ていますが、世界金融危機が顕在化する前です。日米の自動車市場は縮小しつつあるが、BRICsなど新興国市場は順調に伸び続け、トヨタは2009年にも年間1000万台を突破するだろうとの見込みのもとに書かれています。
世界経済の混迷に加えて、環境・エネルギー問題もあり、自動車産業が今後も成長産業たりえるかは不透明な情勢です。それでも人間に移動欲、所有欲、そしてスピードへの欲望がある限り、自動車は大きな産業であり続けるでしょう。

本書に登場する偉大なクルマ業界人は、輸入車販売大手ヤナセの故・梁瀬次郎氏やスーパーカー「大蛇」を生んだ光岡自動車の光岡進氏などビジネス界でもおなじみの面々から、ゲームソフトやチューニングカーなどサブカルチャー分野に至るまで、総勢12人。いずれも特異な才能や、誰にも負けない執着心を持った達人たちです。
クルマに興味がない方でも、起業家列伝として読み応えがあります。
個人的には、日産自動車からアウディへ移籍したデザイナー・和田智氏が出ていたのが嬉しかったです。

日本は少子高齢化による市場縮小に加えて、若者のクルマ離れが指摘されています。クルマがかつてのような憧れの存在でなくなり、若者の娯楽が多様化したことが背景として挙げられるでしょう。それに加えて、日本の自動車メーカーが「クルマの白物家電化」を推し進め、スポーツカーの開発に消極的になったことも大きな要因ではないでしょうか。
しかしながらゲームソフト「GranTurismo」シリーズは、何千万本も売り上げた大ヒット作。もしかすると日本の若者は、3次元のクルマを所有することよりも、2次元のクルマを操ることに「萌えて」いるのかも?

(12月30日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
リコール!その時あなたは…


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2008年12月23日

古代エジプトの叡智

古代エジプトは、多くの人をロマンへと誘います。
未だ全貌が解明されていないピラミッド、ピラミッドよりも先に建造されたというスフィンクス、ツタンカーメン王の墓が発見された王家の谷…

古代エジプトの信仰の中心は太陽神「ラー」ですが、他にも多くの神様が存在する多神教でした。



「太陽の哲学」を求めて 吉村作治 梅原猛

タイトルと著者で、おおよその内容は想像できます(笑)
哲学者・梅原猛氏が、古代エジプトと日本の太陽信仰を持ち上げて、戦争と環境破壊をもたらした一神教文明を批判する…と。

ありきたりと言ってしまえばそうなのですが、私自身「アニミズムと科学の融合」を標榜していますので、梅原氏と思想的に共鳴できる部分があるのは確かです。
森(杜)を聖域とすることで森林を保護してきた神道に、私は好意を抱いています。また、生物の形態を模倣したバイオミミクリーは、自然のメカニズムに則った、効率的な科学技術のあり方だと思います。

さて、本題に戻りましょう。
世界的なエジプト考古学者・吉村作治氏が、梅原氏をギザの大ピラミッドやルクソールの神殿へと案内します。
吉村氏がエジプト文明の特徴と、キリスト教や古代ギリシャ哲学との意外な関係を披露し、それをもとに梅原氏が自らの思想を語るという対談形式の本です。
世界最初の一神教とされるアクエンアテン王(アメンヘテプ4世)のアテン信仰と後世の一神教との違い、イシス神話がマリア信仰に与えた影響など、興味深い内容が語られます。

長らく王の墓だと考えられてきたピラミッドですが、ピラミッドからは人骨や副葬品は発見されておらず、王の墓ではないとするのが吉村氏の主張です。
クフ王の大ピラミッドの「王の間」には、石棺のような箱がありますが、蓋はありません。ここで梅原氏の推理が炸裂。王の間とは、石棺に前王の亡骸を入れて、新しい王が前王の亡骸とともに寝ることで、前王の魂を受け継ぐ儀式が行われた場所ではないかと。これなら王の墓ではないピラミッドに石棺があることも、石棺に蓋がないことも説明できます。
日本の皇室の大嘗祭にヒントを得たという梅原氏、さすがです。

(12月23日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
アニミズム革命
太陽の道
キリスト・コード
自然界の匠たち


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2008年12月15日

「埋蔵金男」の告白

12月1日に発表された、2008ユーキャン新語・流行語大賞。身近で「グ〜」なんて言ってる人を見たことはありませんが、「埋蔵金」「居酒屋タクシー」「あなたとは違うんです」など、政治から生まれた言葉が多かったのは印象的でした。
霞ヶ関埋蔵金の存在を暴いたのが、財務官僚だった高橋洋一氏です。



さらば財務省! 高橋洋一

高橋洋一氏は1980年、大蔵省(現・財務省)に入省しました。
東大法学部同窓会のような財務省において、東大理学部数学科出身の高橋氏は、まさに異色の存在です(大蔵省の採用には「変人枠」があるとか)。
中学生で大学レベルの数学を理解できたという高橋氏は、研究者の道を志していたのですが、ゼミ仲間がみんな公務員試験を受けるというので、ついでに受けたところ見事合格。官僚への道を歩み始めます。

数学とは縁のない世界に入ってしまったと少し後悔した高橋氏ですが、大蔵省で頭角を現すきっかけとなったのは、天性の数学の才能でした。
大蔵省が郵便貯金を借り入れて、政府金融機関や特殊法人に融資する財政投融資(財投)。高橋氏は、財投が全く金利リスクを考慮していないことに気付いたのです。大蔵省にリスク管理システム(ALM=Asset Liability Management)を導入した高橋氏は、大蔵省中興の祖とまで呼ばれました。

高橋氏の人生を大きく変えたのが、入省三年目に大蔵省に出向してきた、日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)の竹中平蔵氏との出会いでした。小泉内閣が発足し、竹中氏が経済財政政策担当大臣に就任すると、高橋氏は旧知の竹中氏からブレーンとして招かれます。
日本道路公団の民営化論争では、債務超過だとされた道路公団が、将来の収入を含めて計算すると資産超過であることを明らかにし、民営化を大きく前進させました。
そして郵政民営化では、郵便・郵貯・簡保に窓口業務を行う郵便局会社を加えた四分社化を提案し、民営化に移行する際のシステム構築に尽力しました。

麻生太郎首相は、3年後の消費税率アップに言及しています。
日本の政界には、経済成長によって増収を目指す「上げ潮派」と、消費税率アップによって財政再建を図る「財政タカ派」があります。さて、日本の財政は本当に危機に瀕しているのでしょうか?
日本国は800兆円もの債務を抱えていますが、一方で500兆円に上る多額の資産も保有しています。日本の財政赤字が騒がれて日本の国債の格付けが引き下げられた際に、財務省は「日本は財政危機ではない」と反論しました。財務省は「埋蔵金」の存在を認めたのです(ただし、年金制度は破綻寸前)。
財政再建のシナリオは、まずデフレ脱却⇒政府資産の圧縮⇒歳出削減⇒制度改革。そして最後が増税です。

官僚すべてを敵に回した高橋氏。もう霞ヶ関には戻れなくなりました。しかしコンテンツ・クリエーターとして多くの政策を実現した高橋氏に、心残りはありません。
変人宰相と呼ばれた小泉純一郎氏は、変人とは変革する人のことだと切り返しました。ただし、変人が常に大物になれるわけではありません。変人が変革者になれたのは、凡人にはない特技(高橋氏の場合は数学)があったからだと思います。

(12月14日読了)
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2008年12月08日

本当にキケンな源氏物語

今年(2008年)は日本文学史上の最高峰、源氏物語が書かれて1000年になります。
源氏物語を書いた紫式部は、父の藤原為時が越前守に任官したのに伴い、少女時代の2年間を越前国で過ごしました。福井県の越前市武生公会堂記念館では、源氏物語千年紀にあわせた企画展が開催され、当時の越前国府の面影を感じることができました(国府の正確な位置は、まだ判っていません)。
紫式部の紫は物語に登場する「紫の上」に、式部は父・為時の官職「式部丞」に由来します。為時も文人として名高く、時の一条天皇に詩を奉じて越前守の地位を手に入れたエピソードは、あまりにも有名です。



知られざる王朝物語の発見 神野藤昭夫 著

『源氏物語』をはじめ、平安時代には『竹取物語』『伊勢物語』など数多くの王朝物語が生まれました。
これらの著名な作品以外にも、散逸して現代に伝わらなかった「知られざる物語」群があったと考えられます。多くの作品が失われた理由には、時間の経過や作品の価値などが考えられますが、京の都を火の海にした応仁の乱の影響が最も大きいようです。

鎌倉時代初期に書かれた王朝文学論である『無名草子』は、紫式部は『源氏物語』を作った、清少納言は『枕草子』を書いたと表記しています。フィクションとノンフィクションを明確に区別しているのです。
ちなみに紫式部には、作り話を書いて世を惑わせたため、地獄に堕ちたとの言い伝えがあります。さらには地獄の貴公子・小野篁が、閻魔大王にとりなして地獄送りを免れたとの伝説も…

『源氏物語』の主人公・光源氏は、天皇の皇子として生まれましたが、光が皇位を継げば国が乱れるとの予言から、源の姓を賜り臣籍降下しました。
光源氏と天皇の后(藤壺)との密通によって生まれた子は、のちに天皇(冷泉帝)として即位します。そして光源氏自身は、准太上天皇の地位に登りつめました。
王権簒奪という大胆な発想を、紫式部はどこから得たのか。「日本紀の御局」と呼ばれた紫式部は、ダイナミックな王朝交替を描く支那の歴史書にも通じていたのではないかと、神野藤昭夫氏は考えます。
作中(第二十五帖「蛍」)で、紫式部は光源氏にこう言わせています。
「日本紀などはかたそばぞかし」(日本書紀なんて歴史の一面でしかない)

王朝文学の素養がない私に、本書の内容を上手く伝えることはできませんが、平安朝の人々の豊潤な想像力の一端に触れることができた気がします。

(12月7日読了)

関連サイト:源氏物語千年紀委員会
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 01:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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