2009年01月26日

平安朝をプロデュース

「弘法も筆の誤り」といえば、どんな名人にも失敗はあることのたとえ。
弘法大師こと空海(774‐835)は、書の名人として知られています。
空海は日本密教の創始者であり、儒教・道教・仏教を比較して論じた『三教指帰』を著した思想家です。さらには讃岐国の灌漑用溜め池「満濃池」を修復するなど、各地で治水事業を行ったとも伝えられています。
空海はまるで、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチです。



空海の企て 山折哲雄

平安朝のマルチクリエーター・空海の人となりを明らかにするために、山折哲雄氏がその先駆者として挙げるのが道鏡です。
道鏡は皇位簒奪を目論んだとされる、歴史上最も悪名の高い人物のひとり。現代においても人々の尊敬を集めてやまない空海と、ダーティイメージ極まりない道鏡。二人の共通点とは…それは天皇の看病僧だったことです。
称徳天皇の病気平癒を祈って、女帝の寵愛を受けた道鏡。空海もまた、時の嵯峨天皇の看病僧という職務を生かして、国家の中枢に「密教コード」を注入することに成功したのだと言います。

空海以前と以後で、王朝社会はどう変わったのか?
本書は単なる空海の人物伝にとどまらず、奈良時代から平安時代に至る国家システムの変遷を論じています。
その過程で、現在の象徴天皇制や皇位継承の問題にまで切り込んでおり、空海よりも「山折哲雄の企て」がとても刺激的な一冊です。
WEBマガジンへの連載がもとになっているので、ひとつひとつの章は短めで、専門的でありながら読みやすい本だと思います。

晩年の空海は禅定に入り、そのままの姿で入滅したとされます。
高野山奥の院では、今日も空海への食事と衣服の給仕が続けられています。

(1月26日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 17:04| Comment(8) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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