2009年09月22日

底抜けニッポン(前編)

9.11テロや世界金融危機を経て混迷する現代社会を、宮台真司氏は「社会の底が抜けた」と表現します。
もともと社会には、社会はこうあるべきという「底」などないのですが、社会の底抜けをやり過ごすメカニズムが壊れ、誰もが社会の底抜けに気付いてしまったのが、ポストモダン社会です。



日本の難点
宮台真司 著

毎年秋になると、文藝春秋から『日本の論点』という分厚い本が出版されます。政治・経済から芸能・スポーツに至るまで、ひとつのテーマに意見の異なる論者が寄稿して、現代日本の抱える諸問題を網羅する体裁となっています。
本書は、宮台氏が一人で日本の諸問題を網羅した、ミヤダイ版『日本の論点』です。以下のような構成となっています。

第一章 コミュニケーション論・メディア論
第二章 若者論・教育論
第三章 幸福論
第四章 米国論
第五章 日本論

タイトル通り、日本が抱える諸問題に対して、宮台氏が自分なりの解答を提示しています。ただ、そういう読み方だけでは「この意見には賛成だけど、あの意見には反対だ」とか「ミヤダイって右翼か?」で終わってしまうでしょう。
むしろ私は日本の諸問題を通した、ミヤダイ流社会システム論の入門書として読みました。民主主義とは何かとか、共同体とは何かとか、そういうことを考えるきっかけになる本です。若者論やサブカルチャー分野の著作で知られる宮台氏ですが、本来の専攻は権力論なのです。

民主主義では選挙で代表を選び、モノゴトを国会の多数で決定します。
人は、誰かによって都合よく創られた疑いのある、非中立的な世界や社会を、受け入れられません。多数決には、特定の誰かが決めたという選択帰属をキャンセルする「奪人称化機能」があると、宮台氏は説きます。
近代社会において多数決は、世界を創造した超越神や、建国神話の英雄に代わるものです。選挙や多数決による政治的決定は、素朴に「みんなで決めたことは正しい」からではないのです。

意外にも宮台氏は、本書が新書デビュー作。
専門用語(ミヤダイ語?)が多く、新書にしては取っ付きにくい印象ですが、もともと新書とは教養書であって、お手軽ハウツー本ではないのですから、これでいいのでは。

(つづく)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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