2009年12月23日

聖域か?文化財か?

本日は、天長節(天皇誕生日)でございます。
天皇陛下は12月15日、中華人民共和国の習近平副主席と会見されました。
「30日ルール」を破った会見に、天皇の政治利用ではないかとの声が上がり、天皇と憲法をめぐる小沢一郎民主党幹事長の発言も物議を醸しました。

宮台真司先生によれば、天皇の国事行為とは「天皇がしなければならない公務」ではなく「内閣が天皇にお願いしてもよい公務」です(『天皇と日本のナショナリズム』)。
そもそも外国の首脳との会見は、国事行為ではありません(憲法に国事行為として明記されているのは、外国の大使及び公使を接受すること)。小沢幹事長は日本国憲法を理解しているのでしょうか?



天皇陵論
外池昇 著

今回の会見に限らず、皇室をめぐる議論はデリケートです。
例えば、天皇陵の問題。
実は、天皇陵は古代のままの姿ではありません。江戸時代末期になされた文久の修陵によって、それまで荒れ放題だった歴代天皇の古墳の形が整えられ、拝所が設けられました。いわば天皇陵は、このとき「作られた」のです。
天皇陵とは考古学の問題ではなく、近世・近代史の問題である…こう主張するのが外池昇氏です。

陵墓参考地とは、誰が葬られているのか分からないが、天皇・皇族のものだと考えられる墓です。
実は、宮内庁書陵部には『陵墓参考地一覧』なる内部資料があり、そこにはなんと(誰だか分からないはずの)陵墓参考地の推定被葬者が記されています。
宮内庁が管理する天皇陵には、実際の被葬者は別人ではないかとの異論があるものが少なくありません。かつて宮内庁は、陵墓指定の変更を検討したようなのですが、実現には至らずにいます。

陵墓の場所がハッキリしないのは、なにも古代の天皇ばかりではありません。
南朝の天皇である第98代長慶天皇は、大正時代になるまで即位が確認されていませんでした。正式な天皇として認めた以上、陵墓が必要となります。しかし長慶天皇陵の伝承地は全国にいくつもあって、決定は難航したそうです。
本書には、天皇陵をめぐる知られざるエピソードが、豊富に収められています。ちょっとお堅い本ですが、興味をもった話題から読んでいけば楽しめるでしょう。

天皇陵は、聖域か文化財か…
世界で最も永く続く王室の歴史を物語る、天皇陵。しかし、古墳の発掘は必然的に破壊をともない、完全に元の姿に戻すことはできません。
発掘しなくても出来る調査はあります。私は「開かれた皇室」なんて求めませんが、宮内庁は天皇陵の被葬者を公開の場で再検討し、改めるべきは改めていただきたいと願います。
日本国民が、世界に誇れる皇室であり続けるために。

(12月17日読了)

【関連サイト】
天皇陵(宮内庁)
【不純文學交遊録・過去記事】
巨大古墳の主は誰?
天皇陵、発掘。
おやめになったらどうするの?


ラベル:古墳
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 21:36| Comment(6) | TrackBack(2) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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