2010年02月28日

国難は海からやってくる

日本は、四方を海に囲まれています。海は豊かな水産資源をもたらすとともに、我が国を異国の侵略から防いできました。
しかし見方を変えれば、長大な海岸線のすべてが国境であるとも言えます。難民やテロリストは、どこからでも日本に上陸できるのです。



平成海防論

本書は東シナ海のガス田、捕鯨と環境テロリスト、ソマリア沖の海賊、北朝鮮工作船など、すべての日本人が常識として共有すべき問題を採り上げています。
以下は、個人的な感想。

尖閣諸島は日本固有の領土であり、日本国とはどこからどこまでなのか、きちんと教えるのが義務教育の責務。
中華人民共和国が尖閣諸島の領有を主張し始めたのは、この海域に資源が存在する可能性が示唆された1970年代以降です。

鯨肉の消費が減っているのに、テロリストと戦いながら調査捕鯨を続ける意義はあるのでしょうか。調査捕鯨に投じる予算があるなら、海上保安庁の装備をアップデートすべきです。
捕鯨支持派は鯨肉を食べたいのではなく、日本が捕鯨を止めると外圧に屈したと思われるのが嫌なだけではないでしょうか。捕鯨が守るべき伝統文化ならば、日本近海で行うべきです。南氷洋まで出向くのは、伝統的な捕鯨ではありません。

ソマリア沖に派遣された海上自衛隊。日本には憲法9条があり、自衛隊はどのような状況であれば武器を使用できるのか、そればかりが議論されますが、あまりにもナンセンスです。
私たちが他国の憲法をほとんど知らないように、外国人は日本に憲法9条があることを知らないでしょう。戦場では、戦場のルールに従うしかないのです。

(2月22日読了)★★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
竹島、尖閣、北方領土…


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2010年02月22日

聖徳太子は怨霊か

聖徳太子は怨霊となり、法隆寺に封じ込められた…哲学者・梅原猛の『隠された十字架』は一大センセーションを巻き起こしました。
遣隋使、冠位十二階、十七条憲法、法隆寺の建立など数々の偉業を成した聖徳太子。にもかかわらず、彼は無念の死を遂げたのでしょうか。

聖徳太子怨霊説に対し、御霊信仰が成立したのは平安時代以降であるとの批判があります。
朝廷が国家政策として怨霊の鎮魂を行った記録は、平安初期の御霊会が最初だとされます。日本三大怨霊と呼ばれる菅原道真・平将門・崇徳天皇は、いずれも平安時代の人物です。
はたして怨霊は、いつ生まれたのでしょうか。



怨霊の古代史

戸矢学による怨霊の定義は、明快です。
・大義にもとづく死は「英霊」となる
・冤罪による大義なき死は「怨霊」となる

神社や寺に祀られるのは、英霊か怨霊のどちらかです。
大多数の死は、英霊にも怨霊にもなりません。
また殺害者の側に大義がある場合、死者は単なる罪人であって、祀られることはありません。

本書は飛鳥時代にまで遡って、怨霊の起源を検証しています。
「日本人の心のふるさと」ともいえる飛鳥は、実は血塗られた都でした。
三輪君逆、穴穂部皇子、物部守屋、崇峻天皇…彼らは激しい権力闘争のなかで命を奪われた人たちです。
では、聖徳太子は怨霊なのか?法隆寺は一体誰を鎮魂しているのか?
その答えは、本書を手に取って確かめてください。

飛鳥時代、最も非業の死を遂げた人物といえば、乙巳の変で暗殺された蘇我入鹿です。
日本書紀は決してフィクションではありませんが、時の権力者・藤原不比等によって、政権に都合の悪い記述は削除されています。しかし、同時代の人々にとって周知だった事実までを消し去ることはできません。
蘇我入鹿は怨霊となったのでしょうか。彼の死の真相に迫ることで、隠されていた歴史が見えてきます。

そもそも怨霊神を祀ることが、神社信仰のはじまりだったのかもしれません。
最古の神社である出雲大社はオオクニヌシの鎮魂の社であり、大神神社に祀られるオオモノヌシもまた祟り神でした。
タイトルがありきたりで全く期待せずに読んだのですが、神職でもある著者らしく神社研究に基づいた論考で、古代史に新たな視点を与えてくれます。

(2月16日読了)★★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
日本史を創った男
ふたつの法隆寺
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2010年02月15日

描かれた邪馬台国

なんと(710)大きな平城京…今年は平城京遷都1300年。
奈良に都があったのは短い期間ですが、数々の政変が繰り返され、行基や道鏡など異能の人物を輩出しました。
学者にして政治家の吉備真備も、その一人。遣唐使の留学生となり、帰朝後は遣唐副使、右大臣などの要職に就きました。



吉備大臣入唐絵巻

平安時代末期(後白河院政)に制作された『吉備大臣入唐絵巻』は、吉備真備をモデルとした説話を描いています。
唐に渡った吉備大臣は高楼に幽閉されますが、鬼になった阿倍仲麻呂に難を救われるというストーリーです。
ただし史実では、吉備真備の入唐時に阿倍仲麻呂は存命でした。
歴史上の人物は吉備真備、説話の登場人物は吉備大臣と表記します。


吉備大臣が幽閉された高楼は、弥生時代に造られた高床式の高層建築物であると、著者の倉西裕子は主張します。吉野ヶ里遺跡の高床式建物や、かつて高さが48メートルもあったとされる出雲大社の復元模型のイメージです。
そして弥生時代に高層神殿に住んでいた(幽閉されていた)とするのが、邪馬台国の女王・卑弥呼です。
吉備真備と卑弥呼。あまりにも飛躍しすぎではないかと思うのですが、本書は弥生時代と奈良時代の東アジア情勢が、極めて似通った状況にあったと論じます。

吉備真備が生きた時代、唐は玄宗の治世で最盛期を迎えていました。海を越えて、日本まで遠征してきそうな勢いです。
吉備大臣が唐の皇帝から受けた試練は、日本と唐の緊迫した外交関係を暗示しているかのようです。出国を禁じられていた鑑真を渡航させたことも、日唐関係を悪化させたことでしょう。
吉備大臣入唐絵巻には、邪馬台国時代にまで遡る、日本の外交史が隠されているのだと言います。

倉西裕子は、中華王朝の覇権主義に屈することなく日本の独立を護ってきた先人たちを、高く評価しています。
彼女の愛国の志には大いに共感しますが、平清盛の日宋貿易を全否定するのは鎖国主義ではないのか、白村江の敗戦で日本を亡国寸前に追い込んだ天智天皇を絶賛するのは如何なものか、疑問を抱いたことも付け加えておきます。

(2月13日読了)★★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
日本史法廷、判決は…
秘仏封印
女帝・かぐや姫
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2010年02月14日

母を訪ねて…

江戸時代に建てられた、広大な武家屋敷の離れ。
その床下に設えられた氷室には、ミイラ化した死体。
ところがミイラとなったはずの男が、毎日のように屋敷の主の前に現れる。
さらには空から人が降り、塀が血を流し、壁の色が一晩で真っ白に…



武家屋敷の殺人

呪われた武家屋敷が舞台のミステリ。
とはいっても時代劇ではありません。

どんな依頼でも引き受ける物好きな法律事務所に勤める、若手弁護士の川路弘太郎。ある日、二十歳くらいの女性から、自分の生家を探して欲しいとの依頼を受けます。
依頼人の静内瑞希は、生後間もなく小さな籠に入れられて、八王子市の児童養護施設の前に置き去りにされました。籠の中には手紙と現金、そして母親と思われる女性の写真と日記帳。
瑞希の母・怜子は、江戸時代から続く資産家が、芸者に生ませた隠し子でした。

手紙と日記を書いたのは怜子の異母兄、つまり瑞希の伯父です。
日記帳に書かれていたのは、武家屋敷で起こった奇妙な現象の数々。しかし具体的な地名は一度も出てきません。果たしてこれだけの手掛かりで、瑞希の生家は見つかるのでしょうか。
瑞希の依頼を馬鹿にしつつも、なんとかなると言うのは、川路のリバーカヤック仲間である那珂邦彦でした。

妄想としか思えない日記から武家屋敷を探し出す、邦彦の破天荒な推理が圧巻。これだけで一冊のミステリになりそうですが、まだ序の口です。
川路たちがたどり着いた武家屋敷では、新たな事件が発生。20年前に起こった惨劇と合わせて、推理は二転三転(さらに四転五転…)。
最後の最後まで読者を翻弄します。

(2月11日読了)★★★★


この先、未読の方はご注意ください。
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

新型プリウス、リコール!?

twitterで話題になっていたプリウスの「ブレーキ抜け」と呼ばれる現象が、TV・新聞でも大々的に報じられる事態となりました。

私は昨年5月末から新型(ZVW30型)プリウスに乗っていますが、ブレーキ抜けかと思われる現象は、二度感じたことがあります。
いずれもブレーキペダルを踏み込んでクルマが止まりかけた時、一瞬スーッとブレーキペダルから力が抜けた感じがしましたが、すぐに通常の制動感に戻って停止しました。
その間、ブレーキペダルの踏み込みは一定でしたが、二段階に分けてブレーキが掛かったような感じです。ABSの作動時に出る、音やペダルの振動はありませんでした。
路面は乾いていたと思いますが、白線やマンホール等はあったかもしれません。

この感触は、随分前に乗っていた車(ABS付き)で、停止とほぼ同時にブレーキペダルからスーッと踏み応えが抜けたことが何度かあって以来。久しぶりに「来たー!」というのが、体験時の率直な印象です。
空走感は一瞬で、雪道でABSが作動した時のように、そのままスーッと前へ行ってしまうことはありません。
確かに変な感じですが、このままクルマが止まらなくなるという恐怖感はありませんでした。

ただ、ABS付きのクルマに乗ったことがない人にとっては、怖いかもしれません。
現在、初度登録から13年以上経過したクルマからの乗り換えに対する補助金制度があり、これを機に新型プリウスを購入した方も少なくないでしょう。
トヨタの場合、ABSの全車標準装備を謳い出したのは、平成8年(1996年)1月にデビューしたスターレットとコロナ・プレミオ以降。13年以上前のクルマは、ABSを装備していないのが大半だと思われます。

ブレーキ抜けの原因は、油圧ブレーキと回生ブレーキの切り替えにあると考えられています。
先代プリウス(NHW20型)や他のハイブリッド車でもブレーキ抜けは報告されていましたが、30型プリウスで発生が多くなったのは、回生ブレーキをより積極的に使うシステムに変わったからでしょうか。20型プリウスには4年間乗っていましたが、ブレーキ抜けは一度もありませんでした。
プリウスが特殊なクルマであった頃は、癖のあるブレーキフィールも個性として許容されたのでしょうが…

おそらく近日中にリコールが発表されるのでしょう。
たとえ重大な欠陥ではなくとも、不具合は早急に改善すべきです。
でも、この程度でリコールなら、ABSが付いているクルマはみんなリコールでは?
プリウス、リコールかサービスキャンペーン (Response)


【不純文學交遊録・過去記事】
新型プリウスと交遊開始
新型プリウス不純化計画Vol.1
新型プリウス不純化計画Vol.2
新型プリウス不純化計画Vol.3
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