2011年10月18日

将軍様の真の顔

鎌倉幕府初代将軍・源頼朝といえば、教科書でおなじみの、黒い衣冠束帯姿の威厳に満ちた肖像画が思い浮かびます。
しかし近年、この肖像画のモデルは別人であるとの説が出されています。



伝源頼朝像、伝平重盛像、伝藤原光能像は神護寺三像と呼ばれ、いずれも国宝に指定された肖像画の名品です。作者は鎌倉時代初期の貴族・藤原隆信とされています。
しかし新説は、画風や画材から神護寺三像を南北朝時代の作であるとし、頼朝像は足利直義、重盛象は足利尊氏、光能像は足利義詮を描いたものであるとします。
ちなみに足利尊氏像として知られた一束切り(髻をひと握り切った髪)の騎馬武者像は、近年では尊氏の執事・高師直だとする説が有力です。

神護寺の頼朝像が足利直義であるとの新説を唱えたのは、米倉迪夫です。
米倉説を支持する黒田日出男は、山梨県甲府市の甲斐善光寺に伝わる彫像こそが、真の源頼朝像であるとします。胎内銘から、頼朝の没後まもなく造られた彫像であり、生前の面影を最も強く残した作品だといいます。
かなり以前ですが、この説を紹介したテレビ番組(NHKの日曜美術館だったかな?)を見ました。神護寺の肖像画と甲斐善光寺の彫像は印象が大きく異なりますが、私は面長で鼻筋の通った顔立ちが共通していると思いました。

黒田日出男著『源頼朝の真像』は、肝心の神護寺肖像画を頼朝ではないとする根拠が、完全にスルーされています。米倉迪夫の著書を読めばいいだけの話ですが、そこを端折ってしまうのは如何なものでしょうか。源頼朝・北条政子夫妻の善光寺に対する信仰の篤さについては、非常に興味深く読みました。
次作では、神護寺三像が足利氏であることを論証するそうです。

(6月12日読了)★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
貴族将軍の苦悩


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:52| Comment(10) | TrackBack(0) | 芸術・娯楽交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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