2014年09月08日

里山幻想【後編】

『里山資本主義』を読んだら、是非とも併せて読んでおきたいと思ったのが、こちら。
今森光彦さんの写真集などで目にする緑の生い茂った里山。豊かな自然の象徴のような風景ですが、あれは本来の里山の姿ではありません。



森林飽和―国土の変貌を考える (NHKブックス No.1193)

地球規模で進行する深刻な森林破壊。日本でも都会には高層ビルが立ち並び、郊外では山が切り開かれ宅地開発や道路の建設が進められています。しかし実際のところ、日本では緑が失われるどころか森林が増えているのです。
日本の森林破壊は飛鳥時代から既に始まっていました。大規模な宮城や寺院の造営で、都周辺の森林は失われていきました。戦国時代以降、農地の開発で人口が増加し、製塩や製鉄などの産業の発達もあって、森林の荒廃はますます進行します。江戸時代には日本の至る所が「はげ山」だらけになったそうです。
化石燃料のなかった時代、エネルギーは森林資源しかなく、建築はもちろん舟や道具の材料もすべて木材でした。里山とは森林資源を得るための場所であり、伐採されて荒廃し、洪水や土砂災害が頻発しました。樹木の生い茂った現在の「里山」は、かつての里山の跡地なのです。
明治以降、治山治水の意識が高まりましたが、第二次世界大戦で森林は再び荒廃。日本の緑豊かな山々は、戦後半世紀ほどで作られた風景だったのです。

現在の日本は森林は十分に回復しており、むしろ飽和状態にあるといいます。しかし量的に豊かであっても、質的に良い森林であるとはいえません。森林が豊かになった一方で、新たな問題も生じています。海岸の砂浜流出、野生動物による被害、花粉症などです。
また、私たちの単純な「自然志向」にも疑問を呈します。自然林と人工林とで土壌の維持能力に差はないそうです。森林には、生物多様性を保全するための「護る森」と人間が利用し管理すべき「使う森」とがあるといいます。
一般向けの書物にしては専門的な用語・表現が多くなっていますが、決して読み難い本ではありません。東日本大震災の大津波で失われた海岸林の再生や、近年頻発する大規模土砂災害のメカニズムなど、興味深い話題を多く取り上げています。
森林に対する常識を一変させる一冊です。

(満足度 ★★★★★)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

里山幻想【前編】

お久しぶりです。
不純文学交遊録では、旬のベストセラーを追いかけるよりも比較的マイナーな書物を採り上げてきましたが、今更ながら大ベストセラー新書『里山資本主義』を読んでみました。
この本、タイトルがイヤな感じで手を出したくなかったのです。自然に帰れとか資本主義の限界とかを能天気に主張する「脳内お花畑」本の一種ではないかと思って。



里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)

しかし杞憂でした。
本書のタイトルはあくまで里山「資本主義」であって、資本主義を否定する本でありません。
これが単なる「里山主義」だったら、評価は★ゼロです。
里山資本主義とは、地産地消資本主義あるいは地域循環資本主義と言い換えて間違いではないでしょう。
本書は里山資本主義をマネー資本主義にとって代わるオルタナティブではなく、リーマンショックのような資本主義の危機に備える保険、マネー資本主義のバックアップとなるサブシステムとして提唱しています。
里山資本主義の先進国としてオーストリアの例を挙げていますが、オーストリア林業を支える最新の機械は、まさしくマネー資本主義の中核たる重工業の産物です。

まじめに勉強して大学に入り、一生懸命就職活動をしても内定はほとんど得られず、やっと就職しても長時間労働と期待した程ではない報酬。競争至上主義の「プロジェクトX」的なマッチョな資本主義に疑問を感じ、里山という名の新天地で生き生きと働く人たち。しかし、本書で採り上げられる里山暮らしの実践者たちもまた「プロジェクトX」的な一握りの成功例ではないかと思います。
都会の暮らしに夢破れて故郷に帰ってきたけれど、やはり満足な仕事は見つからなかった、田舎の人間関係が息苦しくて引きこもってしまった…なんて人もいるのではないでしょうか。

大物になった気分で「支援金を払ってやった」
これが本書で最も気に入った言葉です。
里山暮らしはできない(するつもりもない)けれど、里山の生産物を消費することで里山資本主義に参加する、これでいいんだと思います。1億2千万人がみな里山で自給自足を始めたら、日本列島はたちまちハゲ山と化してしまうでしょう。豊かな里山暮らしは一種の贅沢なのかもしれません。

(満足度 ★★★★)

さて、久しぶりに記事を書いてみる気になったのは、本書に触発されて、またしても「しょうもない」政策を思いついたからです(笑)。
日本経済停滞の要因として、本書でも高齢者の資産が若い世代に回らないことを挙げています。
世代間格差は深刻な問題ですが、若者の投票率は低く高齢者の投票率は高いので、社会保障費の削減のような高齢者に不利益となる政策は採用されにくい状況にあります。
そこで思いついた暴論。

年金受給開始=選挙権停止

現役を引退して国に養ってもらう方は、政策決定からも引退していただきましょう。
逆に選挙権年齢は引き下げて16歳以上(義務教育修了者)で良いと思います。既に働いて納税している人もいますし、学校で政治の基礎は履修しているのですから。
バカな若者に政治は任せられないというなら、高齢者は勉強して若者に対する啓蒙活動をすればいいのです。ボケ防止にもなりますね(笑)。
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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