2006年01月09日

波状攻撃三連射!

いま、批評の最先端はどうなっているのか?
ホスト役の東浩紀が弟分(?)鈴木謙介を従えて、宮台真司・北田暁大・大澤真幸という、批評界をリードする3人の社会学者と鼎談を繰り広げます。社会学者がいまを語るということは、そのまま自らの立ち位置を語るということでもあります。



波状言論S改

・宮台真司+鈴木謙介+東浩紀
宮台は、現在最も若年層に影響力のある学者と言えます。
オウム事件や援助交際などサブカルチャーを論じて一躍脚光を浴びた彼が、いま「あえて」天皇や亜細亜主義を掲げて政治にコミットメントするのは、果たして転向なのか?・・・
この鼎談は結果的に宮台真司解体白書となっています。宮台の教え子である鈴木が、終始彼を「先生」と呼んでいるのが印象的でした。

・北田暁大+鈴木謙介+東浩紀
北田・鈴木・東の三人は、いずれも1970年代生まれ。管理人と同世代であります。ですから北田の学生時代の話は、とても興味深く読みました。80年代のニューアカデミズムの残光を、追いかけていたそうです。
中心は「自由」をめぐる議論です。自由主義には、他人に迷惑を掛けない限り何をしても良いとするリバタリアニズムと、公共性も重視するリベラリズムの二種類があります。三人は、情報技術を背景にした監視社会が、リバタリアニズムと親和的であることに危惧を表明しています。実は私、心情的にはリバタリアンなのですが、現実社会の制度としてはリベラリズムであるべきと考えます。
また、ブログについての話題もありますよ。

・大澤真幸+鈴木謙介+東浩紀
大澤は、宮台と並んで名の知れた社会学者で、大学院時代からの同僚であり、友人であり、ライバルともいえます。大澤は、サブカルから政治にシフトした宮台に対し、なんとなく冷淡です。
自由と監視社会の問題についても、リバタリアニズムについて本気で考えたことはないと言い切る、大澤の語り口は淡々としています。

すべての鼎談を通して宮台真司が語られるのは、やはり批評界が未だ彼の一人勝ち状態だからなのでしょう。
(1月9日読了)



posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:04| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おお・現代思想ネタだ!!!
この本はまだ読んでません。
今読んでいるのは、『限界の思考』宮台真司&北田暁広(双風舎)です。
リバタリアニズムと、リベラリズムは興味あります。山形浩生や橘玲も自由について語っていて参考になりました。

前にこんな本を読みました。
『自由を考える』大沢真幸&東浩紀 (NHKブックス)

ところで、東氏の本は『トンデモ本』でも取り上げられています。ザマーミロという感じです。宮台真司も同じでしょう。小谷野敦が宮台真司に噛みついているけど、纏まった論考がないのが残念。
でも、私はこの手の話が好きです。『サイゾー』連載の「M2」も読んでますし。

でも、哲学には、勝ち負けは、ありません。
そこが科学とは違います。だからアリストテレスやハイデッガーにしても、科学者として見れば間違いだらけですが、哲学者としては、全然、問題ありません。

ちょっと宣伝。
私は哲学議論をこちらのブログでやっています。
自分のブログでも、このネタを書こうかな?と思ってます。

http://blogs.dion.ne.jp/roots89_from1/archives/2613621.html
Posted by おおくぼ at 2006年01月10日 00:59
リンクした、ブログの説明をすると、ブログの管理人は、イギリスに留学中の方です。私のブログにコメントや「あしあとを残していただいたのがきっかけで、興味を持ちました。ヨーロッパの歴史や政治に詳しいみたいです。現代思想には詳しくないようなので、残念。

本国フランスでも、現代思想は人気がないみたいですね。ドゥルーズが亡くなった時は、新聞「リベラシオン」は、大きく取り上げたのですが。
Posted by おおくぼ at 2006年01月10日 01:45
おおくぼ様、いらっしゃいませ。
現代思想にも歴史にも政治にも、あまり詳しくない管理人です(笑)

自由主義には大きく分けてリベラリズムとリバタリアニズムの二種類がありますが、後者の一般の認知度は余り高くないようですね。リバタリアニズムは、完全自由主義とか絶対自由主義と訳されることが多いようです。
アナルコキャピタリズム=無政府資本主義なんていう人もいます。笠井潔の『国家民営化論』が代表格ですね。国家なき警察や裁判制度などのありかたを、こと細かに提案しています。笠井はそれ以前にも『ユートピアの冒険』で、個人による「微細なアナーキズム」なんて書いていました。
10年ほど前、雑誌『現代思想』に「リベラリズムとは何か」という特集があり、今でも保存しています。

東・大澤の『自由を考える』は、私も読みました。私たちは安全を名目に、望んで繁華街や通学路に監視カメラを設置していますが、自らプライバシーを放棄していることにもなります。なかなか難しい問題ですね。

Posted by 管理人 at 2006年01月11日 13:02
fujunさん、私たちは専門家ではないので、詳しくなくてもいいんじゃないでしょうか(笑)。

私は大学は経済学部なんですが、経済思想の方に興味があり、その流れで応用倫理学を勉強しました。
私のブログは、実は最初「応用倫理学入門」にしようと考えていたんです。環境問題も応用倫理学の例にすぎないハズだったんですが・・・

ところで、「現代思想」のバックナンバーは1985年から2000年ぐらいまでは、だいたい持っています。

また私にとっては、宮台真司の著書は「教科書的な感じ」で読んでいます。だから、彼の言っていることが、正しいとも、間違ってるとも思いません。偏ってるとは思いますが。
f(^^;)

哲学とは、論理と想像を重視した思考実験なので、極端な話になるのは当然だと思います。だからSFに似てしまうのです(あるいは精神病患者の妄想?)。常識から考えると、あまりにおかしい話が多くなるのです。

ところで、「自由とは何か?」というテーマも大学時代に、いろいろ調べて議論したことあるので、懐かしい感じがします。

森毅のセリフに、「自由は危険が伴う」というのがあって、慧眼だと思ってます。
Posted by おおくぼ at 2006年01月11日 22:00
おおくぼ様
哲学は「思考実験」に、大いに賛同です!思考実験ですから、万人が哲学者たる資格があります。一般人と専門家との違いは、我々が自らの思いつきでのみ語るのに対し、専門家が古今東西の先達の名を持ち出して「思いつき」に裏付けを与えることでしょうか(笑)。
また、応用倫理学は「思考ゲームそのもの」であると思います(悪い意味ではありません)。「捕鯨は継続すべきか」とか「脳死臓器移植の是非」は、一般人の日常生活にも関わってくる、万人が考えるべき思考課題ですね。

Posted by 管理人 at 2006年01月16日 09:44
今、他の方のブログで現代思想の議論をしています。


http://blogs.dion.ne.jp/discours_blog/

特に「シオニズムの原罪性」のコメント欄で、長い議論をしています。是非読んでみて下さい。
Posted by おおくぼ at 2006年02月01日 20:39
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