2006年09月11日

黒幕は誰だ?

古代史最大のクライマックス、乙巳の変大化の改新)。
中大兄王子中臣鎌足が、独裁者・蘇我入鹿を暗殺し、様々な改革を行った…ことになっています。
しかしながら、大化の改新にはおかしな点も数多くあります。
・功労者・中大兄王子は、なぜ大王になれなかったのか
・なぜ軽王子孝徳大王)が即位したのか
・やんごとなき身分の中大兄王子が、なぜ自ら殺害の実行犯となったのか
・改新で退位した皇極大王は、なぜ重祚(再び即位)したのか
…などなど。
正史・日本書紀は、多くを語ろうとはしません。では、このミステリーに挑戦してみましょう。


偽りの大化改新



中村 修也著



注記;天皇の称号が用いられたのは天武天皇以降であるといわれており、本書に従ってこの記事でも、天皇は大王、皇子は王子と表記いたします。


本書では、大化の改新の首謀者は、軽王子=孝徳大王であるとしています。孝徳大王は中大兄王子にとっては母・皇極大王の弟、すなわち叔父にあたります。
現状では皇位に就ける可能性の薄い軽王子が、皇極朝の後ろ盾である蘇我入鹿を、反対勢力を結集して排除したというのです。
なるほど。ミステリーでは、犯人は最も得をしたものを疑え、といいますからね。改新で最も利を得たのは、皇位についた軽王子です。
孝徳大王は中大兄王子らによる傀儡政権であり、中大兄王子は皇太子という天皇よりも自由な身分で存分に政権を行使した…との説がありますが、中村は否定します。皇太子というだけで、政治的実権などあるわけがないからです。
また、皇極大王重祚は、弟から皇位を取り戻して再び即位(斉明大王)することで、わが子・中大兄王子への皇位継承を確かなものにしたと説明します。

入鹿暗殺の実行犯はもちろん、王族である中大兄王子ではありません。第一、中大兄王子が首謀者なら、これから皇位に就こうとする者が、自らの手を汚してまで殺害を実行するでしょうか。
蘇我入鹿暗殺以外にも、改新の功労者である蘇我石川麻呂を讒言によって自殺させたり、孝徳大王の子・有間王子を絞首刑に追い込んだりと、血腥い冷酷な人物として描かれる、中大兄王子。のちの天智大王となる人物がなぜ…
そこで、もう一人の黒幕の存在が浮かび上がってきます。

日本書紀の編纂を命じたのは誰か。
それは天武天皇、中大兄王子の弟・大海人王子です。
大海人王子は、中大兄王子の子・大友王子(弘文天皇と諡号されるが、即位したかどうか異論あり)から武力で皇位を奪いました。壬申の乱です。
歴史書は、その王朝の正統性を証明するために書かれます。日本書紀は天武朝の正史です。天武朝が倒した近江王朝(天智・弘文)の、イメージダウンを図らねばなりません。かといって、実の兄をあからさまな悪人に仕立て上げることもはばかられる…といったところでしょうか。
…なるほど、なかなか手の込んだトリックですね。
歴史にさほど詳しくなくても、ミステリーとして楽しめる一冊です。

(9月11日読了)
本書の説では、中臣鎌足はほとんど重要な役割を果たしていません。
日本書紀に確たる事績のない鎌足は、陰謀家どころか、中大兄王子の個人的なパートナーに過ぎないとしています。
日本書紀に事績が見当たらないのは、鎌足の正体がやはり百済王子・豊璋だから…?


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 19:05| Comment(14) | TrackBack(4) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
fujunさん、はじめまして。
書紀の記述でおもしろいのは「槍を持って隠れていたはずの中大兄が、なぜか剣で入鹿に斬りつけている」ことです。実況放送さながらの描写ですが、お粗末。事の有無とは別に創作の臭いプンプン。なお書紀の監修者は藤原不比等(鎌足の子)でしょう。
Posted by ペンタクロス at 2006年09月19日 13:36
ペンタクロス様、いらっしゃいませ。
藤原不比等は、名前からして「フヒト=史」ですね。
日本書紀の執筆者たちは、後世の人々が不比等の作為に気付くように、あえてツッコミどころを残してくれた、反骨精神の持ち主だったのでしょうか(笑)

蘇我入鹿は韓人に殺された…
大化の改新の背景には、朝廷内の朝鮮半島外交政策における対立があるとされます。
でも単純な私は、文字通り「入鹿が百済人に暗殺された」のではないかと思うのですが…?
Posted by 管理人 at 2006年09月19日 22:33
fujunさん、こんにちは。
日本書紀の記述通りに下手人が中大兄だとすれば、
@入鹿は「韓人」に殺された
A中大兄は「王族」なのになぜか儀式に不参列
B白村江後、余豊は高句麗に余勇は倭国に/旧唐書
C中大兄は斉明死後もすぐには即位できなかった
D天智政権は大量の亡命百済人を受け入れて優遇
E天智の子・大友王子は日本人らしくなかった
ということより、「中大兄=余勇」とすれば総てつながりますね。
どうも「歴史はロマン」どころではなさそうです。
Posted by ペンタクロス at 2006年09月20日 03:10
ペンタクロス様。ご指摘のように、大化の改新にはおかしな点がいっぱいですね。
他にも…
・大化の改新と同時に「天皇紀」「国紀」が焼失
・中大兄王子の弟・大海人王子が、大化の改新に全く関わっていない
大海人王子は、当時まだ未成年だったのかもしれませんが…(但し、大海人の方が年長だとする説もあり)。

改新の功労者でありながら長らく即位できなかった中大兄と、即位はしたものの20年も大和の地に入れなかった継体大王…なんとなく状況が似ています。

天武朝の正統性の証として編纂が開始された日本書紀ですが、完成時には天智朝の忠臣であった藤原鎌足の子・不比等の手が加わったことで、妙なねじれが生じたのでしょうか。

最終的には蘇我氏を悪者にして、天智も天武も一応の正統性を得る、と。そして蘇我氏の業績は、斑鳩にひきこもっていた仏教マニアの青年王子のものに(大体、聖徳太子は都から離れた斑鳩の地にいて、政治力を行使できたのでしょうか?…余談)。

光仁天皇の即位で、皇位は再び天智系に戻ります。光仁夫人で桓武天皇の生母・高野新笠は百済系ですね。
ただ、天武系も持統天皇の子孫ですから、天智の血を引いていると言えます(持統=正統・血統を維持するって、意味深な諡号…)。
この時代、一体どうなってるんでしょう!(笑)
Posted by 管理人 at 2006年09月20日 22:58
お立ち寄りいただきありがとうございます
凄い知識をお持ちです(∂_-)ネッ
これから徐々にお勉強したいものです
ありがとうございました
Posted by eternal0660 at 2006年09月21日 22:32
eternal0660様
歴史って、一度疑ってみるとワケの判らないことだらけですね。
当blogは歴史ネタになるとコメントが増える傾向にありますが、これからも薄く広く(笑)いろんな話題を採り上げていきたいと思います。
ご支援よろしくお願いします。
Posted by 管理人 at 2006年09月23日 09:06
はじめまして、当ブログにTBしていただき、ありがとうございます〜。

私のブログはその日にあった出来事・歴史を紹介する物ですので、ブログでは、一応、正史とされる歴史を中心に展開しておりますが、HPのほうは、自分独自の歴史観でやっております。

自分としては、乙巳の変で蘇我氏が滅亡する前の馬子→蝦夷→入鹿の三代は、蘇我王朝の王であったと考えています。
クーデターというのは、権力のない人物が権力者を倒して権力を握る事ですから、考えられる理由は・・・皇極天皇が天皇でなかったか、中大兄皇子が天皇の息子でなかったか、のどちらか一つです。

個人的には前者だと思っていますが・・・
よろしければ、HPのほうにも遊びに来てください。

失礼ながら、私もTBさせていただきましたので、ご挨拶かたがた訪問させていただきました〜では。
Posted by indoor-mama at 2006年10月16日 01:39
indoor-mama様、いらっしゃいませ。

拓庵様のトラックバックを辿っていったら、私と同じような見解(聖徳太子の業績=蘇我氏の業績)をコメントされている方がいらしたので、お邪魔してみました。
たいへん美しいHPも、拝見させていただきました。

蘇我氏が無実の罪を着せられて滅亡したのなら、菅原道真のように怨霊になったのかどうかが気になります。
斉明天皇の葬儀の際に現れた笠を被った怪人は、蘇我入鹿の怨霊か?
聖人・聖徳太子こそ、怨霊として祀られた蘇我氏なのか?
それとも飛鳥時代には、まだ怨霊信仰はなかった?
あるいは入鹿を暗殺したのは、怨霊信仰など持たない「死馬に鞭打つ」国からやってきた渡来人勢力だったのか?…中臣(藤原)鎌足と同じく、織冠を授けられた人物(百済王子豊璋)が気になります。
Posted by 管理人 at 2006年10月16日 15:11
遅くなってしまいましたが、私のお送りしたトラックバックを承認していただきありがとうございました。
どこかで聞きかじった「厩戸皇子は存在するが聖徳太子は別人で、蘇我馬子の業績が書紀では理想の存在である聖徳太子の行いとされた」という説をもう少し勉強してみたいと思っています。
Posted by 拓庵 at 2006年10月23日 05:26
拓庵様、いらっしゃいませ。

・聖徳太子は全くの架空の人物
・聖徳太子と厩戸皇子は別人
・聖徳太子は厩戸皇子であるが業績は蘇我氏のもの
・聖徳太子は西突厥の王子
・聖徳太子は即位しており天皇だった
・実は蘇我氏こそが天皇だった
・聖徳太子は暗殺されて法隆寺に祀られた
…などなど、私が目にした説だけでもこんなに。
聖徳太子をめぐる妄想の種は尽きません。

大化の改新についても、中大兄皇子と大海人皇子は本当に兄弟だったのかと、疑問を呈する説があります。

Posted by 管理人 at 2006年10月23日 11:17
fujunさん、初めまして。
先日は私のPLOGにトラックバックいただき、ありがとうございます。

私の記事にも書きましたが、飛鳥って本当に想像力をかき立てられる、
魅力いっぱいの時代/場所だと思います。
ある程度の資料は揃っていながら、それを全面的に信用する訳にはゆかない…
新しい仮説が立てられないかと、思いあぐねるのも楽しいひとときです。

影から全てを操ろうとした鎌足が、孝徳帝を見限って天智帝に乗り換えたと、
私は想像するのですが。
で息子不比等は、天武、持統帝に、宿主を見いだした。
そんなことを想像しながら現地を散策するのも、楽しいものです。
Posted by Barbarossa at 2007年01月10日 14:26
Barbarossa様、いらっしゃいませ。
飛鳥のお写真の数々を堪能させていただきました。

大化の改新後、内臣の位に就いた以外に目立った動きのない中臣鎌足。それがかえって不審ですね。
鎌足が孝徳→天智と主を乗り換えて、藤原氏の日本支配計画を遂行したとのお説に、非常に興味を惹かれます。
壬申の乱後、奈良時代末まで天武系に皇位が継承され、その後再び天智系に戻りますが、このあたりの歴史は非常に複雑でスッキリしません。

私の生息地・福井県から擁立された継体天皇が即位して、今年で1500年になります。こちらも大化の改新と並んで、古代史の深い闇ですね。
Posted by 管理人 at 2007年01月10日 20:54
fujunさん、こんにちは。

継体天皇についてはほとんど知識が無いのですが、
確かに、遠く離れた地にいながら即位したというのは、興味をそそられますね。
そう考えると、継体という名前も意味深に感じられます。
ここでも王朝交代があったのでしょうか?
やはり、ロマンの香りが満ち満ちていますね。
Posted by Barbarossa at 2007年01月11日 16:57
Barbarossa様

天皇の諡号には、なにかの暗号が隠されていそうな気がしますね。
初代神武・10代崇神・15代応神と、王朝の始祖とされる天皇には、みな「神」が付いています。
非業の死を遂げた天皇には「徳」の付く名を贈って霊を慰めたとの説を唱える人もいます。

継体…体制を受け継ぐとは、なんとも微妙な諡号です。越前(近江説もあり)から迎えられた「応神天皇五世の孫」によって、かろうじて前王朝の血は受け継がれたという意味でしょうか。
継体天皇は史上初めて生前譲位が記録されており、しかもその日のうちに崩御したことから、暗殺説もあります。
Posted by 管理人 at 2007年01月11日 22:27
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