2006年11月06日

旧暦10月・出雲は神在月

旧暦10月は神無月。日本中の神様が、みな出雲大社へお集まりになられます。
一方、神様が大集合する出雲だけは神在月(神有月)。今年(平成18年)は11月30日に、日本中の神様をお迎えする神迎祭が行われるそうです。

出雲といえば神話の国。ヤマタノオロチや因幡の白兎が有名ですね。
豊富な神話に彩られながら、それに見合った考古学的遺物が乏しく、かつては「出雲は虚構」だとされていたようです。しかし現在では、荒神谷遺跡加茂岩倉遺跡での大量の青銅器の発見、さらに出雲大社では3本の木材を束ねた巨大な柱が発掘され、神話のスケールに劣らない勢力の存在が想起できるようになりました。


古代出雲



前田 晴人著



前田晴人は 桃太郎と邪馬台国で、邪馬台国のライバル狗奴国は吉備である(邪馬台国は大和)との新説を主張していました。

日本神話には、神様が海に突き立てた矛の滴から陸地が生まれたという国生み神話がありますが、出雲神話には国引き神話があります。周囲の土地を引っ張ってきて、出雲国が出来あがったというものです。
国引きを行ったのは八束水臣津野命(やつかみずおみづぬのみこと)という名の神様です。前田説では国引き神話を、出雲国の首長・出雲国造の支配拡大を正当化したものだとします。

出雲国造は、新たに任命されると朝廷に神賀詞奏上を行います。出雲国造の神賀詞奏上を、出雲の大和に対する服従の儀式だとする通説に、前田は異議を唱えます。出雲国造はむしろ朝廷と密接な関係にあり、天皇家の長久をことほぎ、大穴持命大国主命)の鎮祭を執り行う特命を託されていたとするのです。
出雲国造は天皇家と同じく天つ神である天穂日命を祖とし、その系譜は現在に至るまで84代を数えます(ちなみに天穂日命は、地上を平定するために天から遣わされたが、逆に大国主命に懐柔されてしまったとされる神様です)。
出雲国造は代替わりの際に神火相続式を行い、古伝新嘗祭を毎年行います。皇室の大嘗祭・新嘗祭と同じようなものです。皇室と出雲国造は、まるでコインの表と裏のようですね。

本書の結論は、大国主命は出雲の土着神ではなく、ヤマト朝廷が外部から持ち込んだ神であるとします(出雲本来の神は八束水臣津野命だとする)。
出雲神話は出雲に生まれたのではなく、ヤマト朝廷によって政策的に作られたというのでしょうか。古代出雲にロマンを感じる人(古代史ファンの大多数?)にとっては、夢を壊すような本かも…
大国主命が出雲の神様でないのなら、元はどこの神様だったのでしょう。著者のあとがきは残念ながら「別の機会に論じる」とのことです。

(11月6日読了)

【管理人のひとりごと】出雲国造の神賀詞奏上が、ヤマトへの服従の誓いではなく、朝廷側の立場で大国主命を祀っているとの主張は理解できました。しかし、それは「祟り神・大国主命を無事に抑え込んでますよ」との報告のようにも受け取れるのですが…
それから国引き神話も、実際に出雲では干潟や低湿地を干拓して農地を拡げたのかも…


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 17:49| Comment(8) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これも魅力的なテーマですね!出雲がおもしろいです。
信州・諏訪の神様は、出雲の大国主命に追われてくるのだそうですが、出雲と諏訪、もっといいますとフォッサマグナと関係あるかも?などと想像してしまいます!
Posted by 線翔 at 2006年11月07日 08:35
線翔様がおすまいの信州は、大和への国譲りを拒否した建御名方が、出雲から逃れてきた土地ですね。
諏訪大社の御柱祭と出雲大社の巨大な柱、なにか関係があるのかも。
建御名方が落ち着いた(?)諏訪は、明治政府に最後まで抵抗した榎本武揚の五稜郭みたいな場所でしょうか。

この本は、大国主も出雲神話も大和が持ち込んだ支配システムであるという結論なので、出雲王国にロマンを馳せる人には冷や水を浴びせるような内容です・・・
ただ、都市開発の進んだ畿内と違って、山陰地方は今後まだまだ未知なる発見が期待できると思います。

神話には歴史的な出来事だけでなく、その土地の地理や自然環境も反映されていると思います。線翔様の「フォッサマグナと出雲神話の関係」説、ぜひともご拝読したいものです。
Posted by 管理人 at 2006年11月07日 13:01
MMさん、こんばんは〜。

神話は大好きなテーマです。
出雲風土記を編さんしたのも、大和朝廷ですからね〜。
いいように、作り変えられてるんでしょうが、出雲にあった大きな国の存在は、そう簡単に隠しきれる物じゃないでしょうね。

大和朝廷はよっぽど気を使ってるんでしょうね。
今だに出雲大社と諏訪大社は特別扱いですから・・・。

オオクニヌシさんと、その息子のタケミナカタさんには、大和朝廷も怖がる何かがあると信じています。
Posted by indoor-mama at 2006年11月08日 21:26
fujunさん、こんばんは。本のご紹介、ありがとうございます。
出雲は日本海縄文文化の集大成みたいな所で、特に土木建築ではすごいものがありますね。大和の相撲の祖・野見宿祢は出雲出身で、あの古墳などを造った土師氏の祖です。三輪山の大物主も大国主命の別名とされ、その南麓には「出雲」の地名が残っています。どうやら出雲人は大和朝廷の大先輩のようで、神様の系譜も大和朝廷より古いそうです。
出雲神話には詳しくありませんが、この地方の構造分析資料がありますのでご参考になれば(「ペンタクロス」で案内)。「八束」も中海の島に現存してますね。ここにはまだ神話が息づいているようです。
Posted by ペンタクロス at 2006年11月09日 01:02
失礼しました。案内範囲を間違えました。こちらからどうぞ。
Posted by ペンタクロス at 2006年11月09日 01:16
indoor-mama様
本書の説のように、出雲神話が出雲固有のものではなく、ヤマト朝廷の成立過程を普遍化したフィクションだとしても、出雲が神話の舞台に選ばれた理由は何故なのかが問題となります。
隠そうとしても隠しきれない何かが、出雲にはあるはずですね。
出雲大社の特別待遇ぶりには、余程強大な祟り神が祀られているとしか思えません。参拝の際の「四拍手」は、やはり「死拍手」を意味するのでしょうか。
国譲りに最後まで抵抗した建御名方。その逃亡先が諏訪なのにも、深い意味がありそうですね。そして逃亡ルートにも。

ペンタクロス様
大国主と大物主が、同じ神様の別名なのか全く別の神様なのかは、私にはわかりません。
出雲のローカル神はあくまで八束水臣津野命で、大国主に名前が多いのは、いろんな地方の神様の要素を合成した複合神だからかもしれません。
いずれにしろ、大国主は国つ神の代表格。縄文的なるものを象徴する神様ですね。
出雲大社の巨大な柱、諏訪大社の御柱祭りには、まさに縄文の信仰が生きています。
それから、国譲り神話の建御雷と建御名方の力比べが、相撲の起源だとする話もあるそうですね。


出雲国造の祖先・天穂日は、葦原中つ国平定に向かいながら大国主に心酔し3年間住み着いてしまったといいます。
これが高天原のお咎めなしだったのなら、天穂日は先ず平和的に入植し多数派工作をしたうえで、建御雷の武力行使を待つという役回りだったのかもしれませんね。
素朴な疑問…もうひとつの皇室ともいうべき出雲国造さん。84代も続いているといいますが、これまで「皇位継承の危機」はなかったのでしょうか(笑)
Posted by 管理人 at 2006年11月09日 22:09
母は淡路島出身、祖母は、亀岡の元出雲、出雲大神宮近く生まれ、
私も長く大和三山の真ん中にくらし大神神社のご加護を受けてまいのました。
いろいろな説があるようですが、前記した各宮の荘厳かつやさしい
雰囲気は共通するところです。
Posted by you_saku at 2006年12月24日 13:14
you_saku様、いらっしゃいませ。

日本最古の神社のひとつとされる大神神社や、日本神話で最初に生み出された土地である淡路島と、ご縁をお持ちなんですね。
たとえ小さな無名の神社であっても、鬱蒼とした木立の中に身を委ねると、なにか得体の知れない荘厳さを感じると同時に、全身の細胞がリフレッシュされるような清々しさを感じます。
(市街地の明るく開けた神社だと、そんなパワーがいまひとつ…)

Posted by 管理人 at 2006年12月24日 18:37
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