2007年05月01日

あかきゆめみし

4月23日、ロシア連邦の初代大統領ボリス・エリツィン氏が死去しました。
エリツィン氏は、1991年8月の守旧派によるクーデターを制圧し、ソビエト社会主義共和国連邦を崩壊に導きました。ここに1917年のロシア革命以来(ソ連の成立は1922年)、74年間続いた社会主義体制は幕を下ろしたのです。



共産主義が見た夢

「階級差のない平等な社会」という崇高な理想を掲げて誕生した共産主義
資本主義が発展していくと、資本家が手にする利潤も労働者に支払われる賃金も減少し、大企業は小企業を吸収して富はますます少数の者の手に集中する。資本主義である限り、恐慌と失業はなくならない。そして事態は否応なく革命へと向かう。革命によってブルジョワの所有する生産手段は国有化され、(プロレタリアート独裁を経て)階級なき社会が実現される…
しかしながら実際に革命が起こったのは、資本主義が成熟した社会ではなく、後発資本主義社会のロシアでした。そして階級なき社会を目指すはずだったのが、現れたのは共産党による強固な独裁国家だったのです。

共産主義とはなんだったのか。
本書には、世界最初の社会主義国家ソビエトの歴史を中心に、中国や中南米の社会主義国家の成立までが簡潔にまとめられています。とりわけ興味深いのがレーニンの生涯です。彼は、敵の敵と手を組んで権力の頂点へと登りつめた、非常に冷徹なマキャベリストとして描かれています。
「ある政治目標を実現するために、ある一定の残虐行為に訴えることがもし必要ならば、それは最も精力的な方法で、かつ可能な限り最短期間内に実行されなければならない。なぜなら大衆は、長引く残虐行為に耐えられないからだ」これはレーニンが引用したマキャベリの言葉です。レーニンの後継者スターリンが行った大粛清がよく批判されますが、その土壌はレーニンが用意したものでした。
共産主義の名のもとに、あまたの人類の命が失われました。

本書の注釈には「社会主義と共産主義との間に明確な区別をつけることはできない」と書かれていますが、やはり区別すべきです。実際に地球上に存在したのは社会主義国家であって、万民の完全な平等と国家の消滅を実現した共産主義社会(国家ではない!)は、いまだこの世には現れていません。
原始時代は共産主義社会だったのかもしれませんが、原始時代の人間に全く私的所有という概念がなく、階級もまた存在しなかったのかどうかは、定かではありません…
世界史上最も成功した社会主義国(=最も経済的平等を実現した国)は、やはりわが日本でしょうか。

(4月29日読了)


ちなみに稲葉振一郎氏は『「資本」論』で、共産主義を実現しうるのは人間の社会ではなくロボットの社会だと書いていました(笑)



posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:34| Comment(26) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
レーニンは好きですね。「一歩前進二歩後退」や「地獄への道は善意の敷石」で出てきているという言葉は、名言です。過激な人です。

スターリン型の社会主義は、古い専制君主制のような気がします。北朝鮮のような例外を除けば、世襲制ではないですけど。

呉智英先生の「ロシア革命を用意したのはフランス革命」であるは、慧眼だと思います。ルソーの「社会契約論」は、スターリン型社会主義の設計図です。ちなみにルソーより後に生まれたマルクスの本をいくら読んでも、スターリン型社会主義とは、無縁です。
Posted by おおくぼ at 2007年05月15日 23:33
訂正

「地獄への道は善意の敷石」で出てきている

「地獄への道は、善意の敷石で出来ている」
Posted by おおくぼ at 2007年05月15日 23:35
おおくぼ様

「スターリンの恐怖政治は、実はレーニンが用意した」というのが、本書の大きな特色ですね。
レーニンの冷酷さが強く印象に残る一冊でした。
レーニンはスターリンに対して「お前はリベラル過ぎる」と注意していたそうです(笑)

くだらない余談ですが、馳星周こと書評家の坂東齢人氏は、レーニンにあやかって名付けられたそうです。
Posted by 管理人 at 2007年05月16日 22:05
坂東齢人という名前は始めて知りました。私はジョークで一人でも0人と言ってます。類ジョーク、一人でも仙人。

馳星周は、『少林サッカー』で有名な香港の俳優の名前から来ていますね。『漂流街』などは過激ですね。

スターリンは、大勢の人を粛正しましたが、国民から愛された国王だったと思います。
その点が徹底的に革命家であったレーニンと違うと思います。フランスの芸術活動ダダイズムはレーニンが作ったという本を、昔、読んだことがあります。中沢新一絶賛の本です。ロシア革命はダダなんです。だから無茶苦茶過激なんです。
Posted by おおくぼ at 2007年05月16日 23:54
おおくぼ様

馳星周氏の本名・齢人の読みは、レーニンではなく「としひと」です。

中沢新一氏といえば『はじまりのレーニン』という著作がありましたね。コワモテの革命家のイメージが強いレーニンですが、実はよく笑う人であったと。それ以外は、どんな内容だったのか覚えていません(笑)
Posted by 管理人 at 2007年05月17日 21:17
あの本はわかんなくてもいい本です(笑)。柄谷行人への嫌がらせみたいな本ですから。柄谷理論を知らない人には99%理解不可能な本です。

ところで、「専制君主制は意外と良かったのでは?」と思ってます。世襲はマズイですが、知事や大統領は、専制君主のような気がします。議会制が必ずしもいいとは限りません。
呉智英先生のように封建制が素晴らしいとはいいませんけど。
Posted by おおくぼ at 2007年05月18日 01:17
おおくぼ様

あの本というか中沢新一氏のすべての本は「面白いけど意味がわからない」そして「意味がわからなくても構わない」…ですよね(笑)

専制君主制は意外と良いけれど、世襲はマズイ…
君主制はほとんど世襲だと思いますが…あっ、ローマ帝国の皇帝は必ずしも世襲ではないですね。おおくぼ様、もしかして五賢帝時代を想定しています?

君主は存在しているが民衆は全く支配されている感じがしない、古代中国の理想社会を描いた「鼓腹撃壌」のお話は大好きです。
しかしこれを現代に置き換えると、街の至るところに監視カメラ・携帯電話で個人の位置情報を把握・クルマに乗ってもETCやらNシステムやらで移動経路は丸わかり…すべての人が全く気付かないうちに見えない力に支配されてしまう「環境管理型権力」とあまりにも親和性が高いですね。
東浩紀氏のように、利便性・安全性と引き換えにハイテクによるやわらかな管理社会に身を委ねましょうか?
それとも呉智英氏のように、封建社会で清貧に生きましょうか?
Posted by 管理人 at 2007年05月19日 23:18
中沢新一に限らず「現代思想」は、みんなそうですね。真面目に読んで理解できる本は皆無でしょう。言葉遊びと連想の世界ですね。

世襲制ではない独裁制は、カエサルとかナポレオンですね。現代のアメリカやロシアの大統領もそうですし、中国もそんな感じですね。
ナチス時代に人気のあったカール・シュミットの著作に『独裁』があります。呉センセイも、イチオシの本です。

斎藤貴男氏のように管理社会=悪とは、私は思いません。これは犯罪と闘う警察の苦労を考えれば、当たり前だと思います。アメリカのように自分の身は自分で守るとなると、拳銃が必要になります。
日本の警察も問題の多い組織ですけど。重要な問題は司法が役目を果たさないことでしょう。日本では三権分立は建前です。

ところで呉センセイは「清貧の思想」を説いていましたでしょうか?私の記憶には無いのですが。
Posted by おおくぼ at 2007年05月20日 01:35
おおくぼ様

今回、利便性と安全性を追求したハイテク社会と書いたとき、まさしく愛知県長久手町の発砲立てこもり事件を意識しました。

人間が都市で効率的に生活することは経済面・治安面ばかりでなく、おおくぼ様がご自身のブログでも述べているように地球環境の保護にもつながります。人間を「都市」に隔離すれば、野山には手付かずの「自然」が残されます。
なお私の分類では、人工の食糧生産工場であり一年の半分は荒地となる農地は「自然」ではなく「都市」です。

私が思い描く呉智英氏は、普段は世間の喧騒を離れて晴耕雨読の隠遁生活を送っており、為政者が治世に困ると彼の庵を訪れて教えを請う賢者のイメージなんですが、完全な誤解でしょうか?
最近の呉氏の文章をあまり読んでいないのですが、封建主義者がサイバーネットワークやバイオテクノロジーが蔓延するハイテク社会をどう評価しているのか、とても気になります。
Posted by 管理人 at 2007年05月20日 22:48
>「封建主義者がサイバーネットワークやバイオテクノロジーが蔓延するハイテク社会をどう評価しているのか、とても気になります。」

私も知らないです。でも否定せず、肯定すると思います。呉センセイの封建主義は、民主主義の否定と、孔子センセイの思想を広めることなんで。

私が「清貧の思想」で連想するのは、「金儲け反対、大量消費反対」の思想なんです。呉センセイは、反対しないと思うんですけど。

エコロジーの「もったいない思想」に代表される、大量消費反対が浸透すると、多くの企業が倒産して、多くの失業者が出ると思うのですが。

個人的には中古市場は大好きです。

>「なお私の分類では、人工の食糧生産工場であり一年の半分は荒地となる農地は「自然」ではなく「都市」です。」

私は「都市」を自然の対立語で使っていません。「自然」の対立語は「人工」で。「都市」に対しては「田舎」です。

あと農業は自然破壊だと思います。中国の砂漠化は深刻です。畑は休ませないと、土地の栄養は減るばかりです。
Posted by おおくぼ at 2007年05月21日 01:02
おおくぼ様

呉智英氏は近代主義を批判していますが、ライフスタイルまで前近代に逆戻りさせようとは主張しませんから、科学技術や消費社会を否定しないでしょう(精神は封建主義で経済は資本主義?)。
ただ、人々がハイテク管理システムになんとなく支配される社会よりも、賢明な君主がいて人々が孔子の教えに従って高潔に生きる社会の方が封建主義にふさわしい気がします。
「高潔な精神=清貧な生活」ではないですね。呉氏は「もったいないの精神」を説いているわけではありませんから。訂正します。

おっしゃるとおり農業は自然破壊ですね。今回、人間が都市で生活することで自然が保護されると書きましたが、農地は自然の側ではなく人工の世界の側に属するということです。辞書的に正しい用法でなくて、スミマセン。
Posted by 管理人 at 2007年05月21日 02:34
私も辞書的に正しい用法は使ってない場合が多いです。言葉は生き物なんで、通じればいいと思ってます。
f(^^;)
でも最近、掲示板で温室効果ガスの定義について議論しました。話があまりに噛み合わなかったので・・・。

農業は自然破壊ですが、人間の生活には必要です。しかし地球の砂漠の多くは、森林伐採と農業と牧畜が原因です。
Posted by おおくぼ at 2007年05月21日 21:05
おおくぼ様

…このたびは誤解を招く表現が多くて、失礼しました。

文化(culture)の語源は耕作ですから、農業とはまさしく自然に人間が手を加えて人工物を作ることですね。
文明(civilization)は都市化を意味しますから、人間が都市を営むことが文明と呼べる条件となります。都市が単なる大きな集落と違うのは、食糧を自給自足せずに農村からの供給を受けて営まれることだと認識しております。
自然保護というとき、人工物である田園や牧場を「守るべき自然」だと思う方もいるんでしょうね。しかし水田や里山といった人工の環境が、多くの生き物たちを育んできたこともまた事実です。
私はたびたび今後の農業のあり方として、最小限の土地(例;高層タワーハウス)での高効率低コスト生産を追求するハイテク農業と、昔ながらの田園風景を守る伝統工芸型ノスタルジー農業の二極分化を提案しています。
これで環境負荷を低減し、ノスタルジー幻想も満足させ、そして食糧自給率向上!
Posted by 管理人 at 2007年05月21日 22:33
>「高効率低コスト生産を追求するハイテク農業と、昔ながらの田園風景を守る伝統工芸型ノスタルジー農業の二極分化」

なぜ二極分化するのか理解できません。伝統工芸型がノスタルジーならば、ハイテクで裏打ちされればいいと思います。伝統というのは所詮イメージに過ぎないのですから。古いハイテクを伝統と言ってるだけなんで。
ハイテク=単純で、繊細さの無い方式と考えると伝統工芸と対立するかもしれませんが、伝統工芸品は工場で作ることも可能です。
機械を使わないメリットは、コストを安くするためです。機械にできないから手でする訳ではありません。利益が少なければ、機械を使うと赤字になるのです。

中国の農業を見ると、ハイテクに出来ないために無茶苦茶な農法がまかり通っています。農業の方法を間違えれば、土地は死にます。

あと食糧自給率向上も理解できません。食糧を輸出のメインしている国は、他の国の自給率が向上すると困ります。

また日本は自給率は低いですが、生産量は高いです。自給率が低い理由は家畜の飼料を輸入していることと、日本では獲れない食糧を輸入しているからです。もし日本の自給率を上げたければ、家畜の飼料を国産にすればいいと思います。

Posted by おおくぼ at 2007年05月22日 00:02
昔の生活にノスタルジーを感じるのは理解できますが、ハイテクと融合できると思います。襖とか木製の家とか。

無農薬農業を志す人も多いですが、これもハイテクの利用と矛盾しないでしょう。やはりハイテクと縁がないのは、非先進国のような気がします。ハイテクを知らないか、ハイテクを使いたくても使えない状況だと思います。

Posted by おおくぼ at 2007年05月22日 20:58
おおくぼ様、お考えが変わりましたか?(笑)
http://blogs.dion.ne.jp/fujun/archives/3605732.html#comments

伝統とはイメージに過ぎませんが、イメージにお金を払う消費者もいらっしゃいます。職人肌の農家による、アイガモ農法やら無農薬・有機肥料やらで作られたお米に、ロハスとか生産者の顔が見えるとか魂がこもってるとか言って、有り難がって高いお金を払う消費者様が。
エコツーリズムと称して、こだわり農家で農作業体験をしたり、里山の生き物観察会なんて催すと、結構人が集まるかもしれません。

私は工場みたいなハイテクハウスで作られた野菜でも、遺伝子組み換え作物でも構いません。「ホタルの遺伝子を組み込んだ光るリンゴ」なんていうのが出来たら、さすがに気持ち悪くて食べたくありませんが(笑)

日本の自給率が向上して困る食糧輸出国は、自力で新たな輸出先を開拓してください。それが資本主義の鉄則です。私自身は安全な食品であるなら国産でも輸入品でも構いません。
Posted by 管理人 at 2007年05月22日 21:41
私は考えはよく変わりますが(笑)、でも過去のコメント欄を読んでも違和感を感じないんですけど・・・。
F(^^;)

>「日本の自給率が向上して困る食糧輸出国は、自力で新たな輸出先を開拓してください。それが資本主義の鉄則です。」

「私は資本主義者ですが、実は疑問があります。

「全員が働いて、儲かるほど仕事は有るのか?」ということです。推定の世界人口は60億人ですが、「資本主義のルールでうまく行くほど仕事はあるのか?」と思っています。
好況時はよくても、不況時は会社は倒産し、失業者は溢れます。好況時は贅沢をし、不況時は清貧します。でも清貧すぎて健康を害する人や、死ぬ人も出てきます。

国と国の貿易の場合は、借金を帳消しにして上げたり、いらなくても買ってあげます。そうしないと相手の国が倒産してしまうからです。
Posted by おおくぼ at 2007年05月23日 00:28
おおくぼ様

伝統とは古いハイテク、と言えば…
私たちは既に何十年、もしかしたら何百年も遺伝子組み換え作物を口にしています。昔ながら交配によるか、最新のバイオテクノロジーによるかの違いです。遺伝子組み換え作物が全てダメなら、もうコシヒカリなんて口にできません(笑)

地球の人口は60億以上。おっしゃるように、全員が満ち足りた生活をできるほどパイの分け前があるのか疑問です。自由競争だけで上手くいくとは、私も思っていません。国際的な互酬・再分配は必要です。
食糧を買ってあげないと困る国があるとのことですが、食糧輸出国の上位はアメリカ・フランスなどの先進工業国です。貧困国ではありません。
自国民が飢えているにも関わらず外貨獲得のために食糧を輸出している貧困国があるとしたら、そんな国から日本が食糧を購入することは果たして「正義」でしょうか?

江戸時代の農民がコメを食べることが出来たかどうか。当時の支配層の消費量は限られているし、日本は鎖国していたから食糧輸出もしていない。だから年貢の取り立てはさほど過酷ではなかったし、農民も当然コメを口に出来たとの井沢元彦氏の指摘は明快ですね。

国家間の貿易ではいらなくても買ってあげるとおっしゃいますが、不振にあえぐアメリカ自動車メーカーの労働者は救済が必要でも、デカくて燃費が悪いだけの不人気車は即刻市場から退場してもらって構いません。
Posted by 管理人 at 2007年05月23日 23:10
過激な展開になってきたので、面白いです。

問題が複雑なので、細かくレスポンスします。

>「不振にあえぐアメリカ自動車メーカーの労働者は救済が必要でも、デカくて燃費が悪いだけの不人気車は即刻市場から退場してもらって構いません。」

これは賛成です。


>「自国民が飢えているにも関わらず外貨獲得のために食糧を輸出している貧困国があるとしたら、そんな国から日本が食糧を購入することは果たして「正義」でしょうか?」

北朝鮮でしょうか?


>「江戸時代の農民がコメを食べることが出来たかどうか。当時の支配層の消費量は限られているし、日本は鎖国していたから食糧輸出もしていない。だから年貢の取り立てはさほど過酷ではなかったし、農民も当然コメを口に出来たとの井沢元彦氏の指摘は明快ですね。」

江戸時代は、そうだったと思いますが、現代の日本が鎖国をして自給自足をする訳にはいかないと思います。これは北朝鮮でもそうです。


>「食糧を買ってあげないと困る国があるとのことですが、食糧輸出国の上位はアメリカ・フランスなどの先進工業国です。貧困国ではありません。」

アメリカやフランスは貧困国ではないですが、食糧が売れなくなると、アメリカとフランスの経済は大混乱になります。また輸出額ではアメリカやフランスに全く及ばないけど、食糧が重要な輸出品である国は多いです。そのため食糧品が売れなくなれば、その国の財政は苦しくなります。


結論を言うと・・・

1. 日本は食糧自給率は低いけど、生産量は多い(輸入しなくても十分食べていける分の食料は生産している)。

2. 日本は貿易黒字なので、バランスをとるために代わりの何かを買わなければいけない。食糧でなくてもいいですが、急に変えると、アメリカは大混乱になります。
Posted by おおくぼ at 2007年05月24日 20:38
おおくぼ様

過激な展開になってきて面白いとのことですが、それに続く面白いネタがなかなか浮かばなくて困っています(笑)
Posted by 管理人 at 2007年05月26日 01:49
こんな暴論はいかが?

貿易黒字も貿易赤字も、企業や商人が私的に行った取り引きの結果であって、国家が干渉すべきことではないと。

でも貿易赤字に陥った側の国では、農業や製造業が衰退して失業が増加しますから、やはりなにか手を打たねばなりませんね。

その場合でも、貿易黒字国が赤字国の(いらない)商品を温情的に購入する(例;日本がアメリカ車を一定台数輸入する)のは無駄ではありませんか。
貿易赤字国側が輸入品に関税をかけて、その収入で自国の産業育成や失業者対策に充てるのならわかりますが。
Posted by 管理人 at 2007年05月29日 00:45
いらないモノは買わなくてもいいと思います。貿易赤字の是正の単純な解決法は、金を出せばいいんです。
でも、ただで金をあげるのはしゃくなので、借金にして相手に借りを作ることもできます。日本はアメリカの国債を沢山買ってます。

幕末ならともかく、現在は関税は普通にかけれます。けれど比率が問題です。中国製品は安いので、関税をかけても輸入は減りません。だからアメリカ政府は、人民元の切り上げを要求しているのです。海賊版にうるさいのも貿易赤字を是正するための戦略です。

国が違うとルールが変わります。

外国で商売をしてトラブルになった時は、助けてくれる自国の政府が必要になります。国家はトラブルになった時に顔を出すものです。


参考

『世界共和国へ』柄谷行人(岩波新書)

元ロシア担当外務官僚の佐藤優の本も面白いです。
Posted by おおくぼ at 2007年05月29日 01:55
>「共産主義の名のもとに、あまたの人類の命が失われました。」

これはフランス革命にも当てはまります。(自由・平等・同胞愛(フラタリテ)の名の下に)。また自由と正義の国であるアメリカは多くの国を攻撃しました。

アメリカの訴訟社会の原因は、人権という概念の尊重にあります。

日垣隆さんと呉智英さんの愛読者ならお馴染みの話ですけど。
F(^^;)

アメリカという国を考えれば、警察権力と軍隊を持った強力な国家があり、国家を動かす人間は選挙で選ばれるのです。

そうすると、資本主義を導入した中国や露西亜との違いは無くなってしまうのです。中国では多くの人が毎年死刑になってますが、「社会主義だから死刑になる」という理屈は難しいです。
Posted by おおくぼ at 2007年05月29日 02:14
おおくぼ様

アナルコキャピタリズムの世界ならば、すべての商取引は私的でしかありませんから、貿易黒字も貿易赤字も存在しません(笑)
しかしながら実際の商取引には、武力による脅威やらニセモノをつかまされる危険やら貨幣価値の相違やらの“トラブル”がありがちですから、国家という名の親分が必要なわけですね。

資本主義を一種のゲームとみなすなら、公平なゲームの遂行にはハンデが必要な場合もあります。関税や為替レートが、ゲームのハンデにあたります。
貿易不均衡の是正のためには、不本意ながらなにかを買ってあげる(買わされる)よりは、関税や為替レートでハンデを付ける方が、資本主義のセオリーに適っているのではないかと思います。気分的なものですが(笑)

貨幣価値は、発行する国家への信用に依存しています。日本は借金大国で、アメリカは貿易赤字。経済大国への信頼が揺らぎ続けると、近い将来、金本位制が復活するのではないか…との気がしないでもありません。金のなまめかしい輝きは、ヒトが生得的に持つフェティシズムも満たします。万が一どこかの国でとてつもなく埋蔵量の多い金鉱が発見されたら、経済のパワー・バランスが大きく揺らぐでしょうが…
そろそろ資産をすべて円で持つよりは、金やドルやユーロに分散してリスクヘッジをするのが良いのかも?

国家によってあまたの人命が奪われるのは共産主義に限りませんが、著者のリチャード・パイプス氏はレーガン政権下の国家安全保障会議で対ソ連政策に関与した人物ですから、本書は「共産主義は多くの犠牲をともなった人類史上の一大実験であった」との主張に終始しています。
Posted by 管理人 at 2007年05月29日 22:33
ナチスも「多くの犠牲をともなった人類史上の一大実験であった」と思います(笑)。

ただレニーンの残酷さとスターリンの残酷さは違うと思います。レーニンは革命家です。いわばテロリストです。

それに対しスターリンが粛正を行ったのは、と統治する側になった時です。だから専制君主の残酷さなのです。

問題は、残酷な専制君主にはどのように抵抗すればいいか?なのです。

中国では多くの人が処刑されていますが、抵抗は難しいでしょう。これは中国の伝統的な統治の術なのですから。
Posted by おおくぼ at 2007年05月30日 22:17
おおくぼ様

テロリストと専制君主(ツァーリ?)の残虐性の違いとは、面白いご指摘です。
前者は権力を奪取するための粛清、後者は権力を維持するための粛清でしょうか。
フランス革命のロベスピエールは、テロリスト型ですね。日本では織田信長がこのタイプ?

そして中国共産党は、専制君主型(皇帝?)の残虐性を発揮していると。
秦の始皇帝の焚書坑儒にまでさかのぼる、伝統的な統治術ですね。
Posted by 管理人 at 2007年05月31日 22:43
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