2007年06月10日

消えた(消された?)神様

御三家、三役、三冠王…など、世の中には三つの代表的なものを並び称する言葉が数多くあります。
日本の神話にも、三貴子と呼ばれる三人の神様がいらっしゃいます。アマテラス(天照大神)、ツクヨミ(月讀命)、スサノオ(須佐之男命)です。
アマテラスは皇室の祖神として名高い太陽の女神。弟のスサノオはヤマタノオロチ退治で知られる勇猛な神様です。しかしアマテラスのもう一人の弟・ツクヨミは、夜の世界を統べる月の神という以外に、その事績が全くと言っていいほど記されていないのです。
ツクヨミを祭神とする神社の数は極めて少なく、当然ながらツクヨミをテーマとした研究書や論文もほとんどありません。

日本神話最大の謎ともいえるツクヨミについて以前からもっと知りたいと思っていたのですが、待望の著作が最近出版されました。



ツクヨミー秘された神

著者の戸矢学氏は國學院大學文学部神道学科を卒業した、神道・陰陽道の研究家です。
戸矢氏は神話の三貴子が、皇位継承のレガリアである三種の神器に相当するといいます。
八咫鏡(やたのかがみ)=アマテラス
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)=ツクヨミ
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)=スサノオ
そして鏡は伊勢神宮、剣は熱田神宮に奉納されており、宮中にある鏡と剣はレプリカであるのに対し、勾玉だけは正真正銘オリジナルが宮中に祀られています。
ツクヨミを象徴する勾玉のみ実物が宮中にある…つまり戸矢氏は、ツクヨミが存在感のないどうでもいい神様どころか、皇室にとって最も重要な神様であると考えているのです。

月の引力は潮汐をもたらし、月の運行は時に日食を起こします。ツクヨミ=月を読むとは天文・占星の術に他なりません。それは単なる占いではなく、気象を予測したり地の利を読んだりする古代人の科学でした。
歴史上、天文・占星の術を得意としたと伝わる天皇がいらっしゃいます。天武天皇です。天武天皇は古代史最大の内戦・壬申の乱を制して即位。古事記日本書紀の編纂を命じ、天皇の称号を最初に用いたとされます。天皇という王権は、ここに確立したといえるでしょう。
ツクヨミとは天武天皇(の神格化)だったのです。

かように重要なツクヨミの神話が、なぜ全く残っていないのでしょうか。
ツクヨミを抹殺したのは誰か…戸矢氏は桓武天皇だとします。桓武天皇の父・光仁天皇は、天武天皇の兄・天智天皇の孫です。奈良時代は天武天皇の子孫が皇位を継承し、天智系の光仁天皇は政争に巻き込まれないよう酒浸りの日々を送っていました。ところがアルコール中毒を装っていた不遇の老皇族に、皇位が転がり込んできたのです。
父の後を継いだ桓武天皇は、守旧派の勢力が強い平城京を棄て、平安京に遷都します。そして仇である天武天皇の事績を可能な限り削除したのだと戸矢氏はいいます。
確かに天武天皇の前半生は謎に包まれており、乙巳の変(大化の改新)のエピソードにも登場しません。但し、天武天皇を天智天皇の弟ではないとか皇位簒奪者であるとかの説を、戸矢氏は否定しています。

もともと記紀に描かれていたはずのツクヨミ神話がどのような物語だったのか、本書で明らかになったわけではありません。
先行する研究や資料がほとんどないだけに、ツクヨミ神話は私たちの想像力を刺激します(戸矢氏自身、まずは長編小説として構想していたそうです)。
なお本書はツクヨミのみならず、神道全般について新たな知見をもたらしてくれる極めて興味深い論考です。

(6月10日読了)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 21:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
fujunさん、こんばんは。
「ツクヨミ=天武」はおもしろい説ですね。確かに記紀には月星神話が全くといっていいほど登場しないようです(悪者の「天甕星」くらい)。
私は「(勾)玉・銅(鏡)・鉄(剣)は、それぞれ縄文・弥生・古墳時代を代表するお宝品で、太古からの列島支配の象徴が三種の神器」と考えています。とすると「ツクヨミ=玉」神話とは縄文神話ということになります。「矛による国生み」は弥生人による征服の論理。縄文原住民の記憶は、アメリカインディアンのように消されてしまったのではないでしょうか。(平将門も九曜星紋ですね)。
Posted by ペンタクロス at 2007年06月11日 01:08
ペンタクロス様

非常に面白い本でした。特に古代の科学としての陰陽道の考察が刺激的です。
ただ、記紀にあったかもしれないツクヨミ神話が、太古から伝わる月星神話なのか、天武天皇を讃える創作なのかはわかりません。

鏡・剣・勾玉の三点セットは、天皇家のみならず普遍的な古墳の副葬品ですね。鏡は祭祀、剣は武力の象徴。そうなると勾玉は経済力の象徴でしょうか。
なかでも天皇家の三種の神器は、特別な逸品のはず。剣は有力な産鉄集団を支配下に置いたときに作らせたものでしょう。勾玉は戸矢氏も指摘するように出雲産(大国主から奪った?)だと思います。そうなると鏡は卑弥呼から継承した(邪馬台国を滅ぼして奪った?)ものかもしれません(←完全に妄想です)。
247年の皆既日食と卑弥呼の死との関連には、戸矢氏も言及しています。
Posted by 管理人 at 2007年06月11日 18:35
こんにちは〜
とても、おもしろそうな本の話だったので、久々にコメントさせていただきます〜
(いつも覗きには来てるんですが・・・)

私も、記紀神話は大好きですが・・・たしかにツクヨミに関してはまったくと言っていいほど知りません。

ツクヨミ=天武天皇とは、思ってもみませんでしたが、「天武天皇が天智天皇より年上だった」というのは、昔からよく知られている話です。

記紀が誕生した時、藤原氏によってそれ以前の神様が相当数抹殺された事は明白ですが、なるほど・・・桓武天皇の時にもそのような事があったかも知れませんね。

おもしろそうな本を紹介していただいてありがとうございます。
Posted by indoor-mama at 2007年06月14日 13:58
indoor-mama様

記紀神話三貴子であるにも関わらず全く何もわからない神様、ツクヨミ。
ツクヨミを題材にした小説や漫画はわずかながらあるものの、まとまった論考は本邦初なんだそうです。

記紀編纂を命じたのは天武天皇のはずなのに、今に伝わる記紀は天智天皇の忠臣・藤原氏に都合のいい歴史になっている…歴史の大きな闇ですね。

天武天皇が兄の天智天皇よりも年上だった、二人は兄弟ではなかったとの説はよく目にしますが、本文でも述べた通り著者の戸矢氏はそれらを否定しています。
天皇の号を初めて用い、万葉集に「大王は神にしませば…」とまで歌われた天武天皇を、史上最も偉大な天皇であると戸矢氏は高く評価します(本書には天武天皇の九大偉業が挙げられています)。
そして天武天皇は月読み=陰陽道の達人であったと。

…読んでますますツクヨミの謎が深まりました(笑)
Posted by 管理人 at 2007年06月15日 22:13
私も探求するものです。
神様は心の中はお見通しなので、己の心の中で対話することが大切
なのですが…感謝も愛もないような人にはなりたくないですね。

神様のことを探求したい方はこちらのサイトを見て下さい。
「釈迦クラブ」 http://git.dyndns.tv/ 

神様の愛に目覚めて頂ければ幸いです。


Posted by 希望 at 2008年03月01日 23:39
希望様、いらっしゃいませ。

私は神様の探求をしているわけではありません。
サイエンスとアニミズムの融合による世界智を妄想しています。
世界の根源には人智を超えた大いなるもの(自然神)を感じますが、なにか人間のような意図を持った神様(人格神)の存在は想定しておりません。
世界は熱で出来ていると思っています。
教祖は私、信者も私一人です。
Posted by 管理人 at 2008年03月02日 21:59
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