2010年01月04日

壬申の乱は謎だらけ

672年に起きた壬申の乱は、日本古代史最大の内乱です。
吉野に隠棲していた大海人皇子が、近江朝廷の大友皇子(明治3年に弘文天皇と諡号)を倒し、天武天皇として即位しました。大友皇子は、天武天皇の兄である天智天皇の子。叔父と甥で皇位を争ったわけです。
壬申の乱の背景をめぐっては、謎が多く残されています。



壬申の乱を読み解く

いきなり「本書は、正面切って壬申の乱の歴史的意義を論じようとするものではない」と書いてあって、拍子抜け…
壬申の乱を論じるための主要な素材である日本書紀の壬申紀(天武天皇紀上巻)を、いかに読むべきかが本書の主題です。朝廷の正史である日本書紀には、当然ながら作為があります。

壬申紀で中心的な活躍をするのは、大和方面の軍を率いた大伴吹負ですが、壬申の乱の功臣に彼の名はありません。
逆に、壬申紀には全く登場しないにも関わらず、功臣とされた人物もいます。
そして、兵力を集めるのに功のあった尾張国守の少子部連さひち(金+且/鉤)は、なぜか乱後に自殺しているのです。
一方、敗れた近江朝廷側では、自殺した大友皇子に最期まで付き従った物部連麻呂が、のち石上麻呂として左大臣にまで昇進しています。
壬申紀が書かれたのは乱の約半世紀後であり、日本書紀が成立した当時の政権内部の意向が、論功行賞の記述に影響しているようです。

大海人皇子が吉野を出立するまでには、迷いがあったようです。容易に兵は集まらず、三十数名で東国を目指しました。壬申の乱が計画的であったかどうかは、論争が尽きないようです。
私には、大海人皇子が個人的に蜂起したというよりも、近江朝廷の政策に不満を抱く東国の豪族たちが、大海人皇子を担ぎ上げたのではないかという印象があります。

本書は壬申の乱の真相を解き明かすものではありませんが、歴史好きが推理するための様々な手掛かりを与えてくれる一冊であると言えましょう。

(1月3日読了)★★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
女帝の密かな陰謀 ※壬申の乱の首謀者は持統天皇(倉本一宏)
日本史を創った男 ※天武天皇は凡庸な政治家だった(大山誠一)
消えた(消された?)神様 ※天武天皇は偉大な帝王である(戸矢学)


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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