2010年05月05日

天皇の条件

ゴールデンウィークには昭和の日(4月29日)、憲法記念日(5月3日)と、天皇について考える機会となる日があります。
今上陛下は、宮中祭祀を大切になされています。宮中祭祀には、天皇が天皇であるためのエッセンスが秘められているはずです。



天皇の宮中祭祀と日本人

皇位継承をめぐって、女性天皇を認めるべきか、さらには女系天皇をも認めるべきかとの議論があります。
山折哲雄は、象徴天皇制を支えているのは「血縁原理」と「カリスマ原理」であるとします。この二大原理が守られているならば、天皇は女性でも女系でも構わないというのが彼の意見です。

天皇の血の濃度は代を重ねるごとに薄まっていきますが、天皇霊の強度は減ずることがありません。
皇位継承において最も重要なのは天皇霊の継承であり、天皇霊を継承するための最高の秘儀が大嘗祭なのです。
旧皇室典範には、皇位継承の際は即位の礼と大嘗祭を行うことが明記されていました。ところが戦後に改められた典範からは、大嘗祭の記述が削除されています。このことを山折は非常に問題視しています。

先代の霊の継承を重視する王権として、本書は日本の皇室とチベットのダライ・ラマの類似性を指摘しています。
ただし大きな違いもあって、日本では遺体をケガレたものとして王城の外に葬るのに対し、チベットでは代々の法王の遺体はポタラ宮殿に祀られています。

天皇や神道という言葉に、戦前の国家神道を連想して拒絶反応を示す方もいらっしゃるかもしれません。しかし軍国主義と結びついた国家神道は、いわば神道の一神教化であり、多神教である本来の神道とは相容れないものでした。
巻末で「縄文以来の鎮守の森が、嘆いている」と書いていますが、21世紀の天皇と神道の在り方について、もう少し突っ込んだ提言があると面白かったのですが…

(5月4日読了)★★★★

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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 18:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
チベットの法王は王様なのでしょうか?

僧侶階級が支配階級なのはカースト制度を連想します。

仏教は火葬が基本ですが、チベット民族は偉い僧をミイラにしてしまうというのは不思議ですね。
古代エジプト文明を連想します。

中国でも歴代皇帝は神に選ばれたという考えでした。



日本の天皇家の血は代を重ねるごとに薄くなるという考えは、間違いとは言えませんが、私には不敬に聞こえます。
アマテラスの子孫が違う子孫と結婚しても、薄くなっていないと考えることもできます。
他の一族の遺伝子が混ざる=アマテラスの遺伝子が薄くなるというのは、どうなんでしょう?
ギリシャ神話では神と人間が結婚してできた子は、神ではないけど、特別な力を持っていることになっています。



「血縁原理」と「カリスマ原理」で思うのは、スサノオの子孫やオオクニヌシノミコトの子孫は駄目なのか?ということです。
実際にいるのかどうか知りませんけど。




多神教は敵と戦う時は、一神教に近くなると思うのです。
カソリックは三位一体説ですが、戦う時は一神教です。
ユダヤ教もキリスト教も厳密には多神教です。


ところで、2ちゃんのニュースサイトにこんな記事がありました。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1472037.html
Posted by おおくぼ at 2010年05月07日 02:11
チベットのダライ・ラマ法王は、王様なのか?
私も本書に対して同じ疑問をもちました。

山折氏の言う「代を重ねるたびに初代天皇の血は薄くなる」は、事実でしょうが、確かに不敬な印象を受けますね。代を重ねようが、天皇の貴さに変わりはありません。
天皇が天皇であるためには、祭祀が最も重要であるとの考えには同意いたします。

出雲国造家は、皇室と同じ天孫の天穂日命を祖としています。
国造は代替わりのたびに、神火相続式を行っています。
影の皇室のような存在ですね。
Posted by 管理人 at 2010年05月09日 18:19
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