2010年07月05日

空白の皇統

最初の天皇は誰なのか。皇統は本当に万世一系なのか。
天皇家のルーツをめぐる議論は尽きませんが、とりわけ問題となるのが第26代継体天皇の存在です。越前(あるいは近江)から擁立され、即位後20年間も大和の地に入らず、その系譜も詳らかでないことから、地方豪族による新王朝の樹立ではないかとする説があります。



第15代応神天皇5世の孫と称する、継体天皇。その主張が正しいとしても、先代の武烈天皇とは10親等も離れています。
しかしヲホド王(継体天皇)は、地方豪族でも傍系の王族でもなく、本家本元の正統なる王位の継承者であったと唱えるのが、前田晴人です。
応神と継体を結ぶ系譜は、記紀では空白となっていますが(『上宮記』逸文には記載)、そこに当てはまる人物を探し出すことによって、隠された王統譜を浮かび上がらせます。

継体天皇の祖先の系譜は、なぜ秘匿されたのか。それは重大な犯罪者だったからだといいます。
456年、第20代安康天皇が眉輪王に暗殺されました。眉輪王の父は、安康天皇に殺された大草香皇子。父の仇を討ったのです。とはいえ眉輪王は天皇を殺した犯罪者。彼を匿った円大臣(葛城円)ともども、皇位を継いだ雄略天皇によって攻め滅ぼされます。この眉輪王こそが、事績の伝わらない継体天皇の祖父(乎非王)ではないかというのです。

本書の提示する新説は、超大胆です。
応神・仁徳は架空の天皇であり、継体天皇の本当の祖先は応神天皇(ホムタワケ王)ではなくホムツワケ王で、彼こそが実質的な初代天皇だとしています。それ以前のヤマトに世襲の王家は存在せず、卑弥呼の邪馬台国のような「女王の国」であったと。
しかし、世代の異なる者同士の婚姻は不自然だとして、系図を組み替えるのはどうかと思います。一夫多妻が当たり前の時代、親子ほど年の離れた兄弟姉妹は、決して珍しくなかったでしょう。天武天皇と持統天皇(叔父と姪)という夫婦はありえないから、架空の天皇だったとでも言うのでしょうか。
大変興味深い説なのですが、強引さも目に付きます。

(7月4日読了)★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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