2010年07月11日

福井県発掘調査報告会

7月11日は第22回参議院議員通常選挙の投票日でありますが、その前に第25回福井県発掘調査報告会(会場:福井県立図書館)へ行って参りました。
平成21年度に発掘調査された遺跡のうち、報告されたのは以下の6遺跡。

小矢戸旗鉾遺跡(大野市)
弥生時代〜中世にかけての堀立柱建物跡。墨書土器、権状錘が出土し、役所の跡と考えられる。中世の層からは将棋の駒が出土。

石盛遺跡(福井市)
南北朝時代、新田義貞・脇屋義助が陣を構えた『太平記』に登場する石丸城の跡。当時の烏帽子が発掘された。旧堀と新堀があり、新堀は戦国時代の遺構。

興道寺廃寺(美浜町)
7〜8世紀の寺院の跡。8世紀に再建、創建時の基壇を削平して整地されている。古墳時代の集落も出土。

特別史跡・一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)
戦国大名・朝倉氏の居城として有名。日本のガラス生産の空白期とされてきた、室町時代のガラス工房跡が発掘された。

国史跡・白山平泉寺旧境内(勝山市)
白山三馬場のひとつ。開祖は泰澄。48社36堂6000坊を数える中世の巨大宗教都市だったが、一向一揆との戦いに敗れ、焼失。門・塀を復元する予定。

敦賀町奉行所跡(敦賀市)
江戸時代には奉行所、明治時代には県庁・裁判所があった敦賀の中枢地域。下層からは戦国時代の遺構が見つかり、大谷吉継の敦賀城と考えられる。

出土品の展示もありました。


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 書を捨てて街へ出る会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新田義貞ファンだけに、その遺跡から
当時の烏帽子が発掘されたという事実、
驚きました。地中から、どのような形で
出たのでしょうか?ほとんど腐って、
一部分だけでしたか?
ガラス細工の発掘は、新聞でも大きく
掲載されましたね。
Posted by Nitta at 2010年07月14日 20:13
義貞公のものかどうかわかりませんが、13〜14世紀の烏帽子だそうです。写真だけですが、形はわかりました。
石丸城は区画整理で発掘されたのですが、もともと別の場所に造る予定だった公園を止めて、石丸城跡を公園として残すことになったようです。

ガラス玉はミリサイズで、あまりの小ささにビックリ。それでも当時は、大変な高級品だったのでしょう。
Posted by 管理人 at 2010年07月15日 22:25
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。