2010年09月05日

キョーサン主義も商品だ

20世紀の終わりに社会主義国家が次々と倒れて、東西冷戦が終結。
資本主義か社会主義かという大きな対立がなくなって、これからはリベラルな民主主義をベースにした資本主義体制しかありえない、これでもう歴史は終わったという人まで現れた。

ポストモダンの共産主義

ポストモダンの共産主義

価格:945円(税込、送料別)



ところが2001年の9.11テロで自由の国だったはずのアメリカは監視社会となり、リベラルな民主主義は崩壊。
さらには2008年の世界金融危機でグローバルな資本主義もダメになり、大損した銀行や証券会社を税金で救済しようっていうんだから、さあ大変。そういうのは自己責任で放っておくのが、資本主義のお約束じゃなかったっけ。
というわけで、資本主義は笑劇的な失敗を繰り返している、いまこそ共産主義の出番だぜ、と鼻息荒いのがスラヴォイ・ジジェクっていうスロヴェニア(旧ユーゴスラビア)出身のオジサン。「資本主義、お前は既に死んでいる!」って感じの皮肉たっぷりなツッコミは結構面白い。

ではジジェクさん。アンタのおっしゃるコミュニズムって、どんな社会なんだろう。
税金は高いの?
失業や貧困はないの?
思想言論の自由はあるの?
エネルギー効率はどうなの?
な〜んにも答えていない。問題提起としてはいいんだけど、解答からは逃げている。

そりゃあ、確かに資本主義は完全な制度ではない。
景気が悪くなれば失業者が出るし、経済はグローバルだと言いながら自国の産業は保護する。資本主義には矛盾がいっぱい。
でも、そんなことキョーサン主義者に指摘されなくたって判る。

コミュニズム思想だって、資本主義経済における商品だと思うわけ。
ジジェクさん、アンタの本って結構売れてるんでしょ、資本主義のおかげで。
リベラルな資本主義社会では、どんなに体制批判的なことを言ったり書いたりしても、収容所へ引っ張られる心配はないから安心だよね。

私だって、リベラルな資本主義が人類を幸福にする唯一絶対の解答だとは思わないし、資本主義に代わるユートピアを妄想するのは好きですけどね。

(8月22日読了)★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
あかきゆめみし
マルクスさんではありません


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 19:05| Comment(8) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『脱貧困の経済学(日本はまだ変えられる)』
飯田泰之&雨宮処凛:著

・・・は資本主義でありながら社会主義のススメです。
国家なくして資本主義なし。

類書

『未来改造のススメ 脱「お金」時代の幸福論』
岡田斗司夫&小飼弾:著

『ホリエモン×ひろゆき 語りつくした本音の12時間 「なんかヘンだよね・・・」 』
堀江貴文&西村博之:著
Posted by おおくぼ at 2010年09月05日 20:12
資本主義は体制である以上、国家が介入するのは当然です。
アナーキズムじゃないんだから。

社会主義と共産主義の大きな違いは、国家が有るのか無いのかです。
ジジェクさんのコミュニズムは、どっちなのかワカリマセン。
Posted by 管理人 at 2010年09月05日 22:34
私は共産主義と資本主義は共存できると思っています。
例えば、図書館とか道路です。

共産主義は私有財産制の否定です。
中国は今でも建前は共産主義です。
土地や建物も、全て国が国民に貸しているのです。

『脱貧困の経済学(日本はまだ変えられる)』(
飯田泰之&雨宮処凛:著)では相続税100%が提案されています。
もし相続税100%が法案で可決されたら、税収不足はなくなり、国債発行もしなくてすみます。


Posted by おおくぼ at 2010年09月08日 20:52
私は政治的にはリバタリアンですが、経済的には社会主義的な制度を認めます。所得の再分配、健康保険、道路のような公共財など。
政治的なリバタリアニズムとは、自殺や喫煙などの愚行権を認める、延命医療や臓器移植を拒否できる、など。

あらゆる私有財産が否定された場合、個人の身体や精神はどうなるのでしょう。
個人の身体も国家の所有物であるなら、不健康な身体は国家に奉仕する労働力に相応しくないとして、肉体までも国家に管理されるとか…

アナルコキャピタリストであるミステリ作家の笠井潔も、遺産相続を禁止し、すべての人が同じスタートラインに立つことを主張しています。
そうなると、今住んでいる家を追い出されるのでしょうか…
Posted by 管理人 at 2010年09月08日 22:24
>あらゆる私有財産が否定された場合、個人の身体や精神はどうなるのでしょう。

例えば、病院や老人ホームや精神病院を考えれば、身体や精神は管理されます。
刑務所も同じです。

けれど国民全員を管理しようとすれば、その費用の捻出は不可能です。
私は死刑制度に賛成で、その理由は受刑者にかかる費用が莫大だからです。

>そうなると、今住んでいる家を追い出されるのでしょうか…

政府から借りることができます。
国民全員、政府に家賃を払うことになります。
ただ私は生前贈与を認め、生前贈与の税率は50%ぐらいにすればいいと思っています。
そうすれば家賃は、生前贈与から払うことができます。




Posted by おおくぼ at 2010年09月08日 23:10
おおくぼ様、ご回答ありがとうございます。
私有財産の最後の砦である、自己の身体と精神の所有権を認めるのか、認めないのか。
すべてのキョーサン主義者は、態度を明確にすべきです。
Posted by 管理人 at 2010年09月10日 21:40
スラヴォイ・ジジェクは「消える媒介者」という概念をよく使います。
日本の政治などを見ると、「消える媒介者が必要なのに!」と、よく思います。
媒介者は、プラトンの『国家』からルソーの『社会契約論』から現代思想家のテキストまでの重要なキーワードです。

代議制では、政治家は国民同士の媒介者です。
建設的な作業をするには一致団結するために政治家が必要です。
でも役割が終わったら、消える必要があるのです。

中国の毛沢東の悲劇は、消える必要があったのに、居残って権力闘争をしたことにあります。
英雄は、役割は終わったら消える必要があるのです。
Posted by おおくぼ at 2010年09月12日 01:01
政治家の議席は政策決定の手段ですが、役割を終えても議席の維持そのものが目的化してしまう…
それ以前に、役割を果たしているかというチェックが必要ですが。

川島博之さんの新著『食料自給率の罠』は、政治家の議席の問題を、農業との関わりで論じていたのが面白かったです。
Posted by 管理人 at 2010年09月13日 17:15
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。