2010年12月19日

河童は存在しなかった

今年は柳田國男の『遠野物語』(1910年)が発表されてから、ちょうど100年です。
佐々木喜善が語った岩手県遠野市の民間伝承には、河童や座敷童子などの妖怪が登場し、河童の目撃談が残る「カッパ淵」は観光スポットとなっています。

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河童の正体は何でしょう?
渡来人や被差別民だとするもの、サルやカワウソのような野生動物だとするもの、未確認生物(いわゆるUMA)だとするものなどが挙げられます。不純文學交遊録では、過去に河童を古代の製鉄民だとする書物を紹介しました。
江戸初期の大工・左甚五郎が工事で人形を使役し、作業が終わって不要になった人形を川に捨てたら河童になったという伝承もあります。この説だと、河童のルーツは江戸時代以前には遡れなくなりますね。

そもそも河童とは、江戸時代以降に創作された新しい妖怪だというのが本書の主張です。日本各地には、ヒョウスベ、エンコウ、ミズチなどの河童に類似した妖怪が伝わっています。それらをひとまとめにしたハイブリッド・モンスターが河童なのです。
頭に皿、背中に甲羅があって、緑色の皮膚をした河童は、それら水の妖怪たちの姿を最大公約数化したもので、現代の私たちがイメージするそのままの河童は存在しません。つまり河童はいなかったのです。

生物学的にも民俗学的にも、河童は存在しなかったわけですが、伝承の世界にはヒョウスベやエンコウやミズチがいました。彼らは水の精霊だったり、製鉄民だったり、あるいは水運商人だったのかもしれません。
河童は創作の題材となり、企業や地方自治体のマスコットキャラクターとして広く親しまれています。そうした現代における河童についても、本書は章を割いています。

(12月12日読了)★★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
カッパは製鉄民だった?
カッパなにさま?カッパさま!
妖怪は今も生きている?
妖怪の正体とは
妖怪は境界に棲む


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 18:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
河童論は小松和彦先生の『異人論』にもありますね。

民俗学は、「人類の謎」を解き明かす重要な学問だと思います。
なんでも脳や神経だけでわかるわけではありません。

例えば、フロイトの精神分析は評判悪いですが、オイディプス神話は重要だと思います。
神話には「人類の謎」を解く鍵が入っているのです。

江戸時代は鎖国だったのですが、外国との交流が無かったわけではないので、現在の北朝鮮やミャンマーのような気もしますが、江戸文化は面白いです。

人魚の剥製を作って海外に輸出したりしています。
存在しない生物ミイラを、いろんな生物のミイラを組み合わせて、作ってしまうアイデアと行動力はいいですね。

Posted by おおくぼ at 2010年12月24日 16:04
現代における民俗学の効用といえば、口裂け女を思い出します。
小学校の低学年の頃、一度だけ「今日は口裂け女が出るから」という理由で、集団下校を経験したことがあります。口裂け女の話はとても怖いけれど、怪談の一種であって実話だとは思っていませんでしたし、大人たちも信じてはいなかったと思いますが、あまりにも噂が大きくなり過ぎて集団下校にまで至りました。
口裂け女の話は、岐阜県で作られて全国に広まったと言われています。人はなぜ噂を好むのか。これは脳や神経で分かる話ではありませんね。
Posted by 管理人 at 2010年12月27日 21:36
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