2011年03月20日

日本一の大天狗

歴史好きな管理人が小学生の頃に夢中になったのが、源平の戦いです。
源平合戦といえば源義経の活躍が有名ですが、私は虚構じみた義経の英雄譚よりも新しい時代の創始者となった源頼朝が好きで、さらに敵役の平清盛も再評価すべきだと考えています。そんな管理人にとって真の敵役とは、頼朝をして「日本一の大天狗」と言わしめた後白河天皇(のちに上皇→法皇)であります。

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後白河天皇は鳥羽天皇の第四皇子として生まれました。皇位継承とは無縁の境遇で、当時の流行歌である今様を愛好し、毎日歌い暮らしていました。ところが異母弟である近衛天皇が急死したことで、遊び人の皇子に皇位が転がり込んできます。
この皇位継承をめぐって、自らの院政の道を絶たれた同母兄の崇徳上皇は反発。父の鳥羽法皇が崩御すると保元の乱が勃発しました。その後も平治の乱、治承・寿永の乱(源平の戦い)と戦乱が相次ぐ時代を、失脚と政権復帰を繰り返しながら君臨し続けました。

平安朝のヒットソング集『梁塵秘抄』を著すほどの今様狂いで、政治的な定見がなく、後白河天皇は当時から暗主(暗愚な君主)と評されていたようです。その一方で、一度は対立した相手でも再び厚遇する度量の深さがあり、抜群の記憶力の持ち主だったともいいます。
(著者・遠藤基郎は、後白河天皇がアスペルガー症候群だったと考えています)
貴族から武士へと政権が移行する激動の時代を、天然なキャラクターで乗り切った後白河天皇は、まさにトリックスターと呼ぶべき稀有な人物といえるでしょう。

(2月28日読了)

【不純文学交遊録・過去記事】
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posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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