2012年01月16日

私は誰?ここは何処?

1991年、郷ひろみの物真似で知られた歌手・若人あきら(現・我修院達也)が熱海の海岸で失踪し、三日後に小田原で記憶を失った状態で保護されました。ドラマや漫画の登場人物が頭を打って「私は誰?ここは何処?」と呟くのは、もはや古典的なギャグですが、事故で記憶を失うことが本当にあるのを実感した出来事でした。
そんな古い話を思い出したのは、第21回鮎川哲也賞を受賞した山田彩人の『眼鏡屋は消えた』を読んだから。失われた記憶という時間の壁に挑むミステリです。



森野学園高校の藤野千絵は、演劇部の部室で何者かに後頭部を殴打されて、記憶を失いました。学園祭で演じる創作劇「眼鏡屋は消えた」の稽古中に…
ところが千絵は演劇部の部員ではなく、演劇部顧問の英語教師になっていました。高校時代から今日までの8年間の記憶が、すっかり失われていたのです。

「眼鏡屋は消えた」の脚本を書いたのは、千絵の親友・竹下実綺。
そういえば実綺は今、どうしているのだろうか。しかし千絵は、実綺が既にこの世の人でないことを知らされます。しかも、高校の学園祭の直前に自殺していたのです。
あの生命力旺盛な実綺が、自殺なんてするはずがない…千絵は失われた8年間を取り戻すべく、当時の関係者たちと連絡を取り始めます。

そんな一人が、演劇部の幽霊部員だった戸川涼介でした。練習には全く参加しないくせに、他の部員の演技に対して偉そうに講評を述べていたイヤな奴。しかしルックスだけは、面食いの千絵好みな超イケメンです。
涼介は就職した会社が倒産し、現在は犬猫探しの依頼しか来ない探偵見習い。千絵の依頼に対し、探偵としての報酬を要求します。相変わらずイヤな奴ですが、いま頼れるのは涼介だけ。二人のドタバタ調査が始まります。

「眼鏡屋は消えた」のストーリーは、3年前(現在の時系列からでは11年前)に森野学園高校で男子生徒が変死した事件がモデルとなっています。しかし劇の内容を知った保護者たちから非難の声があがり、上演中止の危機に瀕していました。そして8年後、演劇部顧問として再びこの劇を演じようとする千絵にも、中止の圧力がかかります。
千絵が殴打されたのは、上演反対派による実力行使なのか。劇の脚本には、触れてはならない学園の暗部が隠されているのか。そして竹下実綺の死の真相は…

物語の大部分は、千絵と涼介のダイアローグで進行します。
そのテンポの良さで一気に読ませてくれる作品でしたが、会話だけで「事実」が積み上げられていく展開には、登場人物のご都合主義に陥る危うさを感じました。巻末の選評でも「推理ではなく推論」との辛い評価をされています。
ただ、その「ご都合主義」とやらが、事件の真相を見え難くしていたのです。

鮎川哲也賞作品で毎度おなじみの選評。今回も笠井潔・北村薫・島田荘司・山田正紀の4氏ですが、各人の思い入れはそれぞれ。島田荘司は、本作中の小エピソードに異常な関心を示しています。
惜しくも受賞には至らなかったものの、アイデアは秀逸な作品もあったようで、日の目を見る機会があればぜひ読んでみたいですね。

(11月23日読了)★★★


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 18:04| Comment(7) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もブログで小説の感想を書きますが、小説について議論すると噛み合いません。
思い入れの強い人が抗議に来たりします。
小説に限りませんが、娯楽作品の議論は基準が無いので難しいです。
Posted by おおくぼ at 2012年01月22日 22:44
小説の批評は、自分にそれ以上の作品を書けと言われたら書けないので、あまり厳しくできません。
かといって、面白かった作品を手放しで誉めるのも、百戦錬磨の読み手からバカにされそうで、やりにくい(笑)
「好き・嫌い」か「楽しめたかどうか」しか、評価基準がありません。
Posted by 管理人 at 2012年01月23日 02:15
最近の私のブログでの小説の感想について。

http://blogs.dion.ne.jp/tacthit/archives/9926574.html#comments

人気作品を批判すると、たまにこんな風になります。
前も人気ハリウッド映画を批判したら、2ちゃんで袋たたきになって、何人か乱入して来ました(笑)。

どうも「論理」や「矛盾」という言葉に引っかかる人が多いみたいです。
「主観だから論理的な分析は不要」とはならないんですけど。
他人が納得するか別として、猫嫌いの人が「どうして自分は猫が嫌いか?」を論理的に分析して発表というのは当たり前だと思うのです。
論理的を無視した分析を発表して、論理を無視した議論をしてもいいですが、国会の政治家の討論みたいになってしまいます(笑)。
あとタイム・パラドックスものの小説の場合は矛盾が出るのは当たり前で、「この小説は矛盾が生じていない」と思い込ませれば、作者としては成功だと思います。
でも私はわざわざ「やっぱり矛盾が生じている」と批判するからファンから嫌われてしまうみたいです(笑)。
Posted by おおくぼ at 2012年01月23日 11:52
メフィスト賞を受賞した西尾維新のデビュー作『クビキリサイクル』を読みましたが、私は楽しめなかったので、以後の作品は読んでいません。
絵の天才とか料理の天才とか、いろんな天才少女が出て来ますが、これがいわゆる「萌え要素」なんだろうと理解しました。

私は『化物語』を読んでいないので、誤読や読み飛ばしがあるかどうかは分かりませんが、おおくぼ様が最初から素直な読み方ではなく、ツッコミ・揚げ足取りを目的とした読み方をしていることは分かります。
私はミステリを読むときに、部屋の配置とかアリバイといった物理的なトリックの部分は、軽く読み飛ばしています。ミステリにおける私の関心は、物理的なトリックよりも、意外な犯行動機だからです。こういう読み方が気に食わないミステリマニアもいるかもしれません。

タイムパラドックスものといえば、私は高畑京一郎の『タイム・リープ あしたはきのう』が思い浮かびます。タイムパラドックス小説における矛盾の解消を最後の最後まで緻密に追求した作品で、とても感心しました。佐藤藍子主演で映画化されています。
Posted by 管理人 at 2012年01月23日 21:33
>タイムパラドックス小説における矛盾の解消を最後の最後まで緻密に追求した作品で、とても感心しました。

具体的にどのように緻密に追求したのか気になります。

タイム・トラベルについての研究書は青山拓央さんの『新版 タイムトラベルの哲学』 (ちくま文庫)がいいと思います。
タイム・トラベルは物理学的な視点で解説する人が多いですが、青山さんは物理学的な視点ではありません。
だから、ニュートリノなどを期待している人は肩透かしをくらいます。

入不二基義さんの『哲学の誤読(入試現代文で哲学する!)』 (ちくま新書)も、時間論の哲学ガイドとして素晴らしいです。
時間論は優れた哲学入門です。

時間論ではありませんが、永井均さんの『転校生とブラックジャック――独在性をめぐるセミナー 』(岩波現代文庫)が対話形式で哲学の見本を教えてくれていいです。



私は西尾維新作品では『化物語シリーズ』以外は読んだことありません。
アニメ化された作品を見てから小説を読み始めたので、西尾維新ファンとしては新参者です(笑)。
読んだ時の感想は、漢字に対するこだわりや言葉遊びが京極夏彦に似ていると思いました。
『化物語シリーズ』は、読者を裏切ることを目的で書かれた小説だと思いますし、アマゾンの感想を読むと、裏切られたことに対する感動と失望とに両極端に別れるみたいです。
裏切ることを第一目的で書いているから、辻褄合わせが困難になると思うのです。
でも予想通りに進む小説は退屈な気がします。
Posted by おおくぼ at 2012年01月23日 22:16
追記

ちなみに私はアマゾンに2回、西尾維新の感想を書きましたが、「参考になった」は両方とも「0人」でした。

http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A227W2A31RE1VT/ref=cm_pdp_rev_all/377-3171236-6947404?ie=UTF8&sort_by=MostRecentReview

小説の感想は難しいです(笑)。
Posted by おおくぼ at 2012年01月23日 23:38
『タイム・リープ あしたはきのう』を読んだのは10年以上前で詳細を思い出せないのですが、女子高校生の身に起こった一週間における意識だけのタイムトリップです。
時間があちこちに飛びますが重複は一切なく、最終章でパズルのピースがピタリとはまるように時間の環が閉じる感覚が爽快でした。
かなり古い作品ですが、時間がありましたらどうぞ。

小説は結末を見破ってやろうと思いながら読みますが、予想通りに進む小説よりは、予想を裏切ってくれる方が楽しいです。
時には、変な方向に裏切って放り投げたくなった本もありますが(笑)
Posted by 管理人 at 2012年01月23日 23:39
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