2012年06月04日

ニソの杜から

若狭湾の大島半島にあるニソの杜(福井県大飯郡おおい町)。豊かな照葉樹が生い茂り、祭礼の日以外は足を踏み入れることを禁じられた聖なる杜です。
ニソの杜には、大島半島を開拓した24家の祖先が祀られています。ニソの語源には諸説ありますが、旧暦11月23日にこの地を祀ることから、ニソ(二三)と呼んだとするのが有力です。
素朴な森林信仰・祖霊信仰の形態を留めるニソの杜は、かの柳田國男が神社の原型を見出した民俗学の聖地です。そして山の向こう側には、再稼働問題に揺れる関西電力大飯原子力発電所があります。

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6月3日、ニソの杜から日本の未来を考えるシンポジウムが福井県小浜市で開催されました。

中沢新一(明治大学野生の科学研究所・グリーンアクティブ代表)
高橋源一郎(作家・文芸評論家・明治学院大学教授)
いとうせいこう(作家・クリエイター)
金田久璋(民俗学者・詩人)
中嶌哲演(小浜市明通寺住職)
松村忠祀(坂井市大湊神社宮司・元福井市美術館館長)

メンバーからして、明らかに反原発のシンポジウム。
私は原発推進派でも反対派でもありませんが。
なお、高橋さんは体調不良のため出演中止。金曜日にグリーンアクティブのツイッターで知ったのですが、朝のNHKラジオ「すっぴん」には出演していました。その後に何かあったのでしょうか?

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右から中沢新一、金田久璋、中嶌哲演、松村忠祀、いとうせいこうの各氏

森は生と死が循環することで、人類に食糧や木材などの資源をもたらしてきました。
森の思想が生きる若狭・大島半島を、原子力発電所に象徴される大量消費型文明やマネーゲームに興じる貨幣経済を見直すスタート地点にしようというのが、シンポジウムの大まかな主旨。

ニソの杜には開拓者の霊が祀られ、伊勢神宮の外宮にも古墳があります。清浄であることが求められる神社ですが、もともと神社は死を遠ざけてはいませんでした。
中沢さんは、神社が極度に死を避けるようになったのは平安時代の末期だといいます。平安末期といえば、NHK大河ドラマ「平清盛」の時代です。末法思想が流行し、源平の戦いで都が戦場となって、人がバタバタと死んでいきました。中沢さんは貨幣経済の話もしていたので、日宋貿易で銅銭が大量流入したことも関係があるのかもしれません。この時代、日本社会にどのような変化があったのか、質疑応答タイムがあったら聞いてみたかったのですが。

中沢さんは現代文明の象徴としてエネルギー、貨幣、そして橋を挙げました。大島半島に原子力発電所が出来たことで、地元には貨幣経済の恩恵がもたらされ、孤立していた集落は交通が便利になりました。しかし余所者が出入りするようになったため、大島の人々の家は、これまで掛けたことがなかった鍵を掛けるようになります。文明化によって、地域社会は大きく変貌を遂げることになったのです。
橋といえば、松村さんが宮司を務める大湊神社がある雄島(福井県坂井市)は、橋で本土と結ばれています。おかげで雄島の原生林を気軽に鑑賞できるわけですが、お酒が入ると饒舌になる松村さんからのコメントは、残念ながらありませんでした。

電力消費地と原発立地の関係は、都と鄙、中央と地方の関係であり、まさに日本社会の縮図です。
福井県美浜町に住む金田さんによると、町民の税金で生活している美浜町の職員ですら、隣の敦賀市に引っ越してしまうのだそうです。都会と田舎の格差問題に目を向けることなく、安易に脱原発を主張すべきでないという金田さんの言葉が印象的でした。また、ここ数年全国でブームになっている里山・里海作りに対しても、信仰の視点が欠けているとして批判的でした。

なしくずしの原発推進と同様に、なしくずしの脱原発も、私は支持できません。いま日本中の原子力発電所が停まっているのは、政府の命令でも事故を起こしたからでもなく、定期点検のために停止した原子炉が(3.11後の世間の空気によって)再稼働できずにいるからです。そこには長期的なエネルギー戦略はおろか、短期的な電力需給の見通しすらありません。特に関西地方では、この夏の電力不足が懸念されています。
このまま原発を再稼働せずにフェードアウトするなら、当面必要となる化石燃料を確保せねばなりませんが、今のままでは足元を見られて、日本は国際相場よりも高い石油や天然ガスを買わされるだけです。今後も一定の割合で原発に依存するとしても、40年以上経過した原子炉は(ストレステストに合格していても)廃炉にするなど、より踏み込んだ判断が求められます。
私は次世代原子炉の実現に期待していますが、この日のシンポジウムでも「未来に死を残す」と問題視された放射性廃棄物の処理に有効な解決策が提示できない限り、脱原発せざるを得ないと考えます。

このシンポジウムはUSTREAMで中継されました。福井市から小浜市まで高速道路を使って2時間、質疑応答もなかったので、自宅で視聴した方が良かったのかも。でも、臨場感は現場でしか得られませんね。
それから脱原発を訴えるのなら、会場の冷房温度を高めにして、節電に配慮すべきだったのでは。私は寒く感じました。


posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 18:28| Comment(50) | TrackBack(0) | 書を捨てて街へ出る会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本仏教と葬式に興味があり、最近その手の本を読んでいます。
庶民が仏教で葬式するようになったのは鎌倉時代からだそうです。
その前にもあったそうですが、主流ではなかったそうです。
日本は幕末まで、神社と寺は仲が良かったです。

最近はデフレや地方の過疎化の影響で家族葬が流行っていて、墓参りも下火です。
Posted by おおくぼ at 2012年06月04日 22:59
中沢新一さんが言うように、平安末期から鎌倉時代は大きな転換期ですね。
平安時代までの仏教は貴族のものでした。平清盛や源頼朝は、もちろん貴族です。
武士の大部分は、普段は農民でした。

中央と地方の経済格差は、放射能よりもはるかに困難な問題です。
Posted by 管理人 at 2012年06月05日 19:36
中央と地方の経済格差は昔からありました。
そして、その格差を利用して経済発展しました。
でも国内旅行するよりも海外旅行の方が安いとか、地方に工場を作るよりも海外に工場を作った方が安くなると、地方が没落します。
現在、高卒は少子化で減っているし、大学進学率が高くなっているのですが、それでも就職難です。
これは地方の没落によるものです。



私も反原発派ですが、今の反原発ブームには疑問を感じます。
それは数字に対して無頓着な気がするからです。
「例え大停電しても原発再稼働させない!」という覚悟があるならわかりますが、そうでもないみたいだし。
「電気代がどんなに高騰しても構わない」という覚悟があるとも思えません。

中沢新一さんは元理系なので、どう思っているのか知りたいです。
Posted by おおくぼ at 2012年06月07日 21:00
中央と地方の格差があるから、経済発展する。エントロピーの法則と同じですね。グローバル化が極度に進んで、世界中の物価や賃金が均一化された時が、世界経済の終わりでしょうか(笑)

私が反原発運動に賛同できないのも、論理性の欠如です。原発はダメ、停電もダメ、値上げもダメ。本当に覚悟はあるのでしょうか。後に撤回したようですが、古賀茂明さんの「電力が不足したら停電テロ」発言には、呆れました。
また、放射能の危険を煽るばかりでは、復興の妨げになるだけでなく、福島県民に対する差別につながります。

中沢新一さんが理系だったとは、初めて知りました。
Posted by 管理人 at 2012年06月08日 21:43
中沢新一さんは、生物学から宗教学に移ったのです。
おじいさんが生物学者で、おとうさんが民俗学者です。

>中沢新一さんが言うように、平安末期から鎌倉時代は大きな転換期ですね。

平安末期から鎌倉時代と言えば法然です。
最近は、梅原猛さんや松岡正剛さんが法然に注目しています。

古賀茂明さんはブラック・ジョークで言ったらしいです。
官僚の感覚は一般人から隔離しています。

原発事故は、安全神話が崩壊して、その反動で「けがれ」としの風評被害になっている感じです。
歴史を見れば、「けがれ」は差別なので、差別の伝統が発動したのだと思います。
卑弥呼が日食のため殺されたのと同じシステムなのかもしれません。
だから今回の反原発ブームは、宗教学の視点から分析した方がわかりやすい気がします。
1980年代の反原発ブームは、大塚英志さんが民俗学的に分析していました。
Posted by おおくぼ at 2012年06月08日 22:07
中沢新一さんの叔父が網野善彦さんなのは有名ですが、中沢家は学者一家なんですね。

古賀茂明さんの「停電テロ」は、ジョークにしても低レベルな発言です。
自分に不都合な出来事は、全てテロや陰謀のせいにするのでしょうか。

80年代はコドモでしたが、79年のスリーマイル島に始まり、86年のチェルノブイリで反原発が頂点に達し、広瀬隆さんの『危険な話』や『東京に原発を』がベストセラーになった時代でした。
今の反原発ブームに民俗学的な検証がされると面白いですが、宗教学者(中沢新一さん)や社会学者(宮台真司さん)が今回は当事者になっています(笑)。
Posted by 管理人 at 2012年06月09日 23:36
古賀茂明さんがどういう人かよく知りませんが、官僚時代は陰謀合戦に明け暮れていたのかもしれません。
そして長年、陰湿なイジメに耐えていたストレスが爆発したのかも(笑)。

広瀬隆さんは今でも人気ですね。
最近は苦節数十年で花開いた小出裕章さんも人気が高いです。

中沢新一さんや宮台真司さんは、戦況を見て態度を変える名軍師なので、期待しています(笑)。
でも地道なノンフィクション・ライター方がいい仕事をする気がします。
これはオウム真理教の調査でも同じだと思います。
Posted by おおくぼ at 2012年06月10日 00:28
官僚にとって、自分の思い通りにならない人や企業は、許し難い存在なんでしょう。
それにしても停電テロとは酷い発言です。関西電力は名誉棄損で訴えてもいいでしょう。

原発には経済性・安全性・放射性廃棄物といった技術的な問題だけでなく、原発労働者の待遇や反対派住民に対する懐柔・嫌がらせなど、表に出ない(出せない)問題もあると思います。総合的に見て利点よりも問題点が多いなら、脱原発するしかありません。
しかし新しい日本のエネルギー・ポートフォリオが完成するまでは、いくつかの原発は動かし続けないと、電力不足や電気料金の値上げは避けられません。
戦況を見て態度を変える名軍師たちが、いずれ「転向」して今の反原発ブームを「総括」する日が来るのでしょうか(笑)
Posted by 管理人 at 2012年06月10日 20:56
転向が難しいのは自分の責任が問われるからです。
だから自分の責任を問われない形で自然な形で転向するのを待たなければいけません。
例えば中沢新一さんはオウム真理教事件については責任を取っていません。
中沢新一さんに対する批判は『オウム真理教の精神史』(春秋社大田俊寛:著)があります。
宮台真司さんの転向を分析した本では、『おまえが若者を語るな! 』(角川oneテーマ21後藤和智:著)があります。

原発問題はダム問題やゴミ処理場問題と同じく利権問題が絡んでいるので難しいですね。
でも高度な問題は、原発の解体と解体した時に出るゴミですね。
原発解体は危険なので、高度な技術が必要になります。
福島事故以後、優れた理系学生が原発研究を敬遠するようになると、事故の確率が高まります。
原発から大量のゴミが出れば廃棄場所が問題になります。
また解体にかかる費用は大きいです。

脱原発化は、エネルギー市場に大きな需要を生み出します。
この費用は建設国債を発行して捻出すべきだと思います。
Posted by おおくぼ at 2012年06月10日 21:26
中沢新一さんは、オウム真理教事件の責任をどう取ればよいのでしょうか。
自分の著書や発言が、当時の若者のオウム入信を後押ししたと認めれば、それでよいのでしょうか。あるいは著書の収入を、地下鉄サリン事件の被害者救済に寄付すべきなのでしょうか。

オウム逃亡犯が読んでいた「チベット死者の書」の解説本は、中沢さんの『3万年の死の教え』かと思ったのですが、島田裕巳さんはツイッターで「違うのでは」と答えました。
当時は、島田さんが一番批判を受けた気がします。日本女子大学の職も失いましたし。

1990年頃、オウム真理教と幸福の科学が『朝まで生テレビ』で対決したのを見ました。神学論争ではオウム側が勝っていた印象で、出演者もオウムに好意的でした。当時の芸能人・文化人・メディアは、オウムに好意的だったと思います。

思想の責任を問うのは難しいことです。小説を模倣したテロや誘拐事件が起きても、作家に責任は問えないでしょう。むしろ事件が起こりうる可能性を示唆したことに感謝すべきかもしれません。

大阪市の橋元市長や滋賀県の嘉田知事は反原発ですが、電力不足が現実になると住民から責任を問われます。どこかで振り上げた拳を下ろすタイミングを見計らっていたと思いますが、野田総理大臣が大飯原発再稼働の必要性を認めたことで、自分たちの「転向」をうやむやにすることが出来ましたね(笑)
Posted by 管理人 at 2012年06月11日 19:11
島田さんとは今日ツイートが送られてきたので始めて対話しました。

中沢さんがオウム真理教に影響を与えたのは、『虹の階梯』と言われています。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~conspire/asyura_tomabeti_hypnotism.html

>中沢新一さんは、オウム真理教事件の責任をどう取ればよいのでしょうか。

事件の当事者として、事件を分析すればいいと思います。
事件の総括として予定されていた自伝が雑誌に連載されたのですが、途中のままになっています。
中沢さんは責任がないと思うなら、明確に宣言すればいいと思います。
うやむやなのが最悪です。

オウム真理教事件ではマスコミや警察の活動が酷かったと思います。
マスコミも警察も最初は中立の立場だったのですが、地下鉄サリン事件以後はオウム真理教叩きに移ります。
警察もマスコミも事件以前に連動して動いていれば、被害は小さくなかったか、防げた可能性があります。

芸能人やエンタテイナーは、正義である必要はありません。
警察と違いますので。
危険なテロ・グループでもテレビ娯楽番組に出演してもいいと思います。
ただ報道番組と娯楽番組は視聴率が重要だとしても、線引きが必要ですし、責任の重みが違います。



橋下市長は君子豹変するで優れた判断だったと思います。
野田総理のおかげですが、維新の会の人気はガタ落ちで、内部分裂の危機になっています。
飯田哲也さんは山口県知事に立候補するそうです。
Posted by おおくぼ at 2012年06月11日 23:14
オウム逃亡犯が読んでいた「チベット死者の書」の解説本は、やはり中沢新一さんの『3万年の死の教え』でした。

中沢さんはグリーンアクティブを立ち上げて脱原発運動を展開していますが、中沢さんにオウム事件の責任を問う声が再燃すると、原発推進派の陰謀だという人が出てきたりして(笑)

事件に責任がないと断言することも、ひとつのけじめですね。麻原彰晃の教義は、自分の本からの盗作である、迷惑していると。あれから17年も経って、今さら自分は無関係だと言っても、世間は聞き入れてくれないでしょうが。
Posted by 管理人 at 2012年06月12日 21:36
>中沢さんにオウム事件の責任を問う声が再燃すると、原発推進派の陰謀だという人が出てきたりして(笑)

出てきても少数派だから、無視されてしまうのでは。

事件からかなり時間が経ったので、元信者の告白書みたいなのが何冊か出ています。
興味深かったのが・・・。
『革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった 』(野田成人:著)・・です。
これを読むと、麻原彰晃に唯一楯突いたのは上祐史浩だったと書いてあります。
Posted by おおくぼ at 2012年06月12日 22:16
オウム事件直後に刊行された責任編集・中沢新一『オウム真理教の深層』(青土社imago臨時増刊)を久しぶりに読みました。
中沢さんによると、オウム信者は間違って理科系へ行った文科系の人たち。自分は理科系で、理科だけど文科の心やみ難く、今の道へ進んだのだとか。
Posted by 管理人 at 2012年06月13日 21:26
アメリカのニュー・サイエンス・ブームなどは理科系中心の
怪しい宗教ブームでしたし、中沢新一さんや武邑光裕さんや伊藤俊治さんや松岡正剛さんや荒俣宏さんなどは、その輸入業者だと思うのです。

『オウム真理教の深層』は私も買いました。
この本は亡くなった村崎百郎さんが『ジ・オウム―サブカルチャーとオウム真理教』(太田出版)で、ウルトラCと絶賛してました。
中沢新一さんは浅田彰さんや荒俣宏さんとオウム真理教事件について対談しています。

>浅田 「中沢さんの『チベットのモーツァルト』を読んで、本当に幽体離脱みたいなことが起こると100%信じ込んで自分も同じことをやってみたいと思ってオウム真理教に入信した馬鹿が居たとして、それは中沢さんの責任だ、と言う人もあるけれども僕は、書き手はそんな愚かな読者のことまで責任を取れないと思う。」
中沢 「笑いのために書かれた本が、生真面目によって誤読されてしまう不幸はドンキホーテの昔から防ぎようのないことです。」

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1733/aum-2/bbs-10.html
Posted by おおくぼ at 2012年06月13日 22:18
ニューサイエンスを「理科系のための宗教」と言うとわかりやすいですね。タオだとかホロンだとか、その手の本は松岡正剛さんの工作舎から、たくさん出ていました。アーサー・ケストラーの『ホロン革命』は大好きです。ラマルク進化論に囚われているのは×ですが。

私は、著者が読者の起こした行動に責任を取れないと思いますが、中沢新一さんが事件後も麻原彰晃に好意的なのは否定できないと思います。ただ、あれだけ熱狂的な信者を集めたからには、麻原彰晃という人物にはなんらかの魅力があったのでしょう。
Posted by 管理人 at 2012年06月14日 22:07
ベトナム戦争後に反体制的な芸術や思想がいろいろ出てきます。
これはアメリカだけでなく、世界的な傾向です。
フランスのドゥルーズとガタリの思想もそうです。

日本の横尾忠則さんのような芸術も世界的な傾向でした。
アメリカでもインド系の宗教が流行しました。
反キリスト教として注目されたのだと思います。

大友克洋さんの漫画『AKIRA』に代表されるような化学の力で超能者になる作品も事件の関係で興味ふかいです。
『AKIRA』は内容的には新しいとは言えませんが、写実的な絵が読者にリアリティを強く感じさせました。

中沢新一さんはサブカルチャーにも詳しく、多くのオウム真理教信者と知識を共有していたのだと思います。

麻原彰晃にはニュー・サイエンス的な知識を持っていなかったと思いますが、信者の影響で勉強したのだと思います。
政治家と同じで、信者の望むものを叶えるというのが人気が出る理由の一つです。

麻原彰晃自身はニュー・サイエンス的な流行と無縁だった可能性が高いのですが、流行の影響を受けた人達を信者として積極的に獲得したことが、事件に繋がったのかもしれません。
Posted by おおくぼ at 2012年06月14日 22:42
オウム真理教の背景として、ニューサイエンスとともに挙げられるのが偽史でしょう。
竹内文書をはじめとする古史古伝の特徴は、神武天皇の前に72代も続くウガヤ王朝(神武天皇の父の名はウガヤフキアエズノミコト)の存在を記すことです。神と人の区別がなかった歴史時代以前、エデンの園のようなユートピアがあった…というイメージでしょうか。神聖法皇を頂点とするオウム国家のモデルかもしれません。
麻原彰晃が悪名高き(?)学研の『ムー』に、竹内文書に登場する古代金属ヒヒイロカネの記事を寄稿したことは、よく知られています。
Posted by 管理人 at 2012年06月15日 21:54
『偽史冒険世界―カルト本の百年』 (ちくま文庫:長山靖生:著)という本があって、ジンギスカン伝説の流行などを分析しています。
事実よりも願望を優先すると、偽史になりやすいです。

「歴史教科書は正しいのか?」という問題があります。
歴史教科書は自国に都合がいいように作られます。
例えば中国史は、現在の領土を基準に歴史が作られます。
しかし国境は絶えず変化し、住んでいる民族や支配民族も変わっています。
そうすると「侵略」という概念が何を基準にしているか不明です。
「中国共産党が正しい」とした場合、「勝てば官軍」方式の歴史になってしまいます。

またNHK大河ドラマのような娯楽作品の方が真面目な歴史研究書よりも多くの人に影響を与えます。
またNHKの真面目なフリをした娯楽歴史番組が人気だったりします。
これはNHKだけではなく民放も同じですけど(笑)。
参考
『NHK歴史番組を斬る! 』(歴史新書y:鈴木眞哉:著)

結論的なことを言えば、オウム真理教事件の場合は恐喝や詐欺や殺人や傷害などの反社会的だと思われる活動が問題なのです。
非科学的な活動であっても、反社会的でなければ許容される場合が多いです。
だから宗教団体の反社会的な活動の調査が重要になります。
Posted by おおくぼ at 2012年06月15日 22:38
追記

『オウム真理教の精神史』(春秋社:大田俊寛:著)は優れた研究書です。
第一章で、学者のオウム真理教分析が厳しく批判されています(特に中沢新一)。
第二章から第四章までは、世界のいろんな宗教の危険さが分析されています。
そして第五章でオウム真理教が分析されています。

>麻原彰晃が悪名高き(?)学研の『ムー』に、竹内文書に登場する古代金属ヒヒイロカネの記事を寄稿したことは、よく知られています。

この辺りのことも分析されています。
Posted by おおくぼ at 2012年06月16日 18:45
宗教団体が掲げるトンデモな教義そのものは、社会的には無害でしょう。しかし信者が深入りし出家すると、それを快く思わない親族が、連れ戻そうとします。そうした過程で起きたのが弁護士一家の殺害事件です。オウム真理教が凶悪化した発端となった事件といえます。

多くの日本人は神社に参拝し、死者を仏式で弔い、キリスト教の習俗まで採り入れたりと、宗教色の濃い日常生活を送っています。
その一方で、特定の宗教団体に属して修行や布教活動を行うことは、奇異な目で見られ、時には警戒されます(寺社の子弟を除いて)。日本人は無宗教ではなく、無宗派なんですね。政治でも無党派層が増えていますし。
欧米では宗教団体や政治結社が担っている相互扶助的な役割を、戦後の日本では企業が代行しているわけですね。
Posted by 管理人 at 2012年06月17日 22:37
>欧米では宗教団体や政治結社が担っている相互扶助的な役割を、戦後の日本では企業が代行しているわけですね。

アメリカでのキリスト教の役割はそうですね。
だから原理主義は怖いのです(笑)。
私は宗教団体ではなくても、価値観を無根拠に絶対化しやすいのが日本だと思うのです。
そして絶対化した価値観が、その集団で多数派になると暴走しやすいと思うのです。
オウム真理教は、過激さにおいては珍しい宗教団体だと思います。
連想したのは戸塚ヨットスクールです(笑)。
Posted by おおくぼ at 2012年06月18日 01:02
日本では、企業もまたカルト化しやすいわけですね。経営陣がみんなで損失隠しをしたり、従業員が過労死するまで忠誠を尽くしたり。
企業が単なる利潤製造マシーンであるなら、内部告発しやすいですが。
欧米の労働組合は産業別・職種別ですが、日本は企業別だというのも大きいですね。
Posted by 管理人 at 2012年06月18日 17:16
日本企業は有能ですが、旧日本軍と同じ欠点があると思います。
バブル崩壊以後は、日本企業の「旧日本軍的な体質」が壊れていますけど。
日本製品は、海外で高い評価を受けています。
でも円高のせいで、日本国内の人件費が相対的に高騰したため、工場が海外に移転しています。

未読なのですが、『TPPで日本は世界一の農業大国になる』(浅川芳裕:著)がおもしろそうです。
日本の伝統的な産業は、どんどん海外に打って出るべきだと思います。
日本製品をの素晴らしさを知らない人は世界中にいっぱいます。
そして日本製品の素晴らしさを知ったら、高くても買ってくれる人達がいます。
日本政府は輸出の障壁を早く取り除いて、積極的に日本製品を海外に宣伝して欲しいです。
ちなみに福祉大国スウエーデンが経済的に豊かな理由は、国際的に強い企業を育成しているからです。
Posted by おおくぼ at 2012年06月18日 20:43
日本企業の旧日本軍的な体質と言われても、具体的に思いつきませんので、いくつか挙げていただければ…

農産物でも工業製品でも、一番安い商品が必ず売れるとは限りません。個人の嗜好に左右される商品は、特にそうです。日本産の野菜や果物には、競争力があるでしょう。
天然資源や原材料なら、安ければ安いほどいいですが。
Posted by 管理人 at 2012年06月19日 22:07
日本軍については『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 (中公文庫) という本があり(池田信夫先生もブログで紹介してました)。
アマゾン感想が128件ついてますので、そちらを参考にして下さい。
現代の日本企業の体質と同じだと感じると思います。
日本軍の兵器は世界的に素晴らしく、軍隊の規律もしっかりしていました。
でも実際の戦いでは精神論が優先されていました。

http://www.amazon.co.jp/失敗の本質―日本軍の組織論的研究-中公文庫-戸部-良一/dp/4122018331/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1340114638&sr=1-1
Posted by おおくぼ at 2012年06月19日 23:13
日本は対米戦争において、圧倒的な物量差の前に敗北したわけですが、そもそも物量差を認識できない時点で、組織に問題ありですね。
戦艦大和も三菱零式艦上戦闘機(ゼロ戦)も技術的には素晴らしいですが、いくら個々の兵器の性能が高くても、現実の戦争ではガンダム1機はザク10機に勝てないと思います(笑)

努力すれば勝てる、我慢すれば勝てる、精神論で上手くいくなら苦労はありません。ちなみに森博嗣先生は、努力できることも才能だと仰っています。
撤退する場合を想定した作戦を提示すると、最初から負けるとは何事かと一蹴されるのは、まさに井沢元彦さんのいう「言霊信仰」です。
日清戦争・日露戦争の勝利という過去の成功体験も、柔軟な思考を邪魔したのでしょうか。

そういえば学校教育も旧日本軍に似ていませんか?
運動会の入場行進とかマスゲームとか。だいたいマスゲームなんて種目が存在するのは、日本と朝鮮民主主義人民共和国くらいでしょう。
Posted by 管理人 at 2012年06月20日 22:26
北朝鮮のマス・ゲームは中沢新一さんも注目していました。
中沢新一さんは、社会主義国家の研究者でもありました。
社会主義国ではマス・ゲームがあるみたいですね。
北朝鮮は、社会主義国家なのに元首は相続制です。
旧日本軍の影響が強いと思います。
元日本領だった国は、日本の影響が残っていると思います。

ただ戦前の日本でマス・ゲームが行われたかは知りません。

郷原信郎さんの『 「法令遵守」が日本を滅ぼす』 (新潮新書) を読むと、日本の検察も旧日本軍に似ていると思います。
民と官で違いがありますが・・・。

大東亜戦争は、現実的な反戦派は昭和天皇から嫌われました。
例えば、近衛文麿や松岡洋右。

大東亜戦争は、目的がハッキリしていません。
戦争範囲は広く、南はニュージーランドやオーストラリアや太平洋の島々、東南アジア、中国、ロシア、インドまで。
戦力が続くまで拡大していました。
まるでジンギス汗です。

>、現実の戦争ではガンダム1機はザク10機に勝てないと思います(笑)

南京大虐殺で有名な百人斬りは、日本の新聞に掲載された作り話です。

ガンダムでは、地上戦でゲリラに爆弾をたくさん付けられて、アムロが命懸けでガンダムから爆弾を外すという話がありました。
現実的な話だなあ〜と思いました(笑)。
Posted by おおくぼ at 2012年06月20日 23:27
追記

今の反原発運動ブームは、まさに「言霊信仰」になっていますね。

日本人にとって、努力というのは歯を食いしばって楽しいことを我慢するというイメージがある気がします。
例えば、高校野球の選手です。
時間をうまく割り振りして、短い時間で集中して身につけるとかいう発想は少数派みたいですね。

最近の中国の受験戦争は凄いです。

http://dailynewsagency.com/2012/06/03/amino-acid-iv-drips-in-clasroom/

http://www.weeklyworldnews.jp/?p=1977

http://kinbricksnow.com/archives/51682612.html#more
Posted by おおくぼ at 2012年06月21日 20:17
売上高・市場シェアを第一に掲げ、生産規模を拡大していったものの、景気が悪化した途端に余剰設備を抱えてしまう日本企業。明確な目的がないまま、戦場を拡大していった旧日本軍に似ています。十分な利益が得られていれば、べつに市場でbPを獲る必要はないと思うのですが、経営者の立場になると、そうはいかないのでしょうか。

言われてみれば、高校野球も宗教的ですね。やはり学校教育はカルト化しやすい?
Posted by 管理人 at 2012年06月22日 22:10
ダイエーの初代経営者だった中内功さんは戦争体験者だったのですが、旧日本軍的な経営でした。

行け行けドンドンというのはアメリカ企業でもそうですね。
日本人は江戸時代までは、そんな感じはなかったような気がするけど、アメリカかぶれなんだろうか?

大量生産をした方が、初期投資は回収しやすいですし。
旧日本軍は利益も出てないのに、拡大したところが失敗だったんだと思います。
企業の場合は、人が足りない場合は雇用できますし、利益が出ていれば商品の開発&製造はできます。
戦況が変わった時に、すぐに退却に転じることが、被害を最小に抑えるコツだと思います。

『決算書の9割は嘘である 』(幻冬舎新書:大村大次郎:著)という本があります。
これも日本的な経営体質分析書です。

日本のスポーツは、精神論が優先されやすいですね。
学校のクラブ活動などはそうですね。
終身雇用制は、共同体内部の価値観が絶対化しやすいんだと思います。

Posted by おおくぼ at 2012年06月22日 23:41
旧日本軍から受け継がれた負の遺産は、撤退できない症候群でしょう。
商品の開発、生産拠点や販売網の拡大、そして大規模な公共事業。これまで投じたサンクコストが大きくなればなるほど、一度始めたことは止められません。折角これだけ投資したんだから、最後までやるしかないという精神論が優先され、ますます損失が大きくなります。
高速増殖炉「もんじゅ」がそうなりつつありますね(既になっている?)。

旧日本軍の体質から学ぶことは多いですが、学校教育では近現代史が疎かになりがちだといわれます。原始時代から始まると、年度末が近付くにつれ、近現代史は駆け足になります。
しかし(学校で教える)近現代史に魅力がないのも問題だと思います。戦争の悲惨さと、日本の悪い行いばかり。日本の近現代史は、あまりにも暗いのです。
「欲しがりません勝つまでは」の戦時中の国民生活よりも、戦国時代の民衆の生活の方がずっと悲惨だったはずですが、戦国時代に暗いイメージはありません。
私は、日本の近現代史の「暗さ」が大嫌いです。
Posted by 管理人 at 2012年06月23日 22:22
自虐史観は、アメリカの陰謀です(笑)。
歴史は勝者の歴史になっている場合が多いです。
日清戦争や日露戦争など、勝った戦争は賛美されます。
NHKの時代劇大河ドラマでは、戦争は賛美されています(笑)。

中国や韓国や台湾や北朝鮮などのアジアの現代史は酷いのですが、やはり勝者の歴史として描かれやすいです。
戦後の日本は平和ですが、他の国は日本軍がいなくなったのに戦争や内戦や弾圧が続いていました。
中国は1949年に共産党が中国を統一しますが、大躍進や文化大革命で多くの人が死んだり、過酷な生活を強いられました。
韓国は日本軍が去った後アメリカに占領されますが、北朝鮮との関係もあり混乱が続きました。
初代大統領の李承晩は反対者を武力で抑え続けたのですが、最後は亡命しています。
ミャンマーは仏教国ですが、軍事政権です。
インドネシアは長い間独裁政権が続きました。
イスラム教徒が世界で一番いる国ですが、テロリストの温床になっています。
イスラム教徒で自爆テロが流行っていますが、日本の影響らしいです。
Posted by おおくぼ at 2012年06月23日 23:33
歴史が勝者の視点で書かれることは仕方ありませんが、自虐史観は変わりませんね。教育基本法で決められたわけでもないのに。よほど戦後サヨクの影響力は強いのでしょう。自虐史観を改めようとする動きが生じると、すぐに中国共産党様に伝えられて、内政干渉を招いてくれます(笑)
アメリカは日本が早々に憲法を改正すると思っていましたが、60年以上過ぎた今もそのままです。

自爆テロのお手本となったのは旧日本軍のカミカゼ特攻でしょうが、結果として貴重な戦闘機と優秀なパイロットを失っただけのような気がします。
Posted by 管理人 at 2012年06月25日 16:07
イスラム過激派がカミカゼ特攻を知ったのは、日本赤軍のテロ(1972年)からの連想らしいです。
日本赤軍とオウム真理教は、共通点が多いと思います。

今月の27日に、『サンガジャパン』の最新号が発売されて、大田俊寛さんのロング対談が掲載されています。
タイミングが良すぎです(笑)。

http://www.samgha.co.jp/products/shinkan/samjap_vol.10.html
Posted by おおくぼ at 2012年06月25日 18:12
17年経っても、オウム真理教事件への国民の関心は高いですね。警察庁長官狙撃事件や村井秀夫刺殺事件は、未だ未解明のままです。オウム事件は、まだ終わっていないといえます。
一方で、現在の教団名「アレフ」と上祐グループの「ひかりの輪」は、世間では忘れられている気がします。
Posted by 管理人 at 2012年06月26日 21:45
『サンガジャパン』の最新号を買って読みました。
中沢新一さんに代表されるニューアカの悪影響について語っていました。
Posted by おおくぼ at 2012年06月28日 20:59
大田俊寛さんのツイッターを読みました。
https://twitter.com/t_ota
中沢新一さんのグリーンアクティブとナチズムの類似性を指摘し、厳しく批判しています。
エコロジーを政策に取り入れた元祖は、ドイツのナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)政権です。また、地球全体のためなら個人や地域が犠牲になっても構わないとの発想は、全体主義との親和性が高いものです。
もちろん、ナチスと関わりがあるからエコロジーはダメということではありません。ただ、エコロジー運動(だけではありません)が独善性・排他性に陥りやすいことは、肝に銘じておきたいものです。

大田さんが厳しく批判する中沢さんの『日本の大転換』
http://shinsho.shueisha.co.jp/nakazawa/read/
エネルゴロジーとか第8次エネルギー革命とか目新しい言葉を並べていますが、主張自体は新しいものではありませんね。経済の源泉を太陽エネルギーだとする発想は、バタイユを読んだ人にはおなじみです。
それから、原子力だって自然エネルギーです。20億年前、地球上には天然の原子炉が存在しました。
Posted by 管理人 at 2012年06月29日 22:34
大田俊寛さんと中沢新一信者との対話

http://sessendo.blogspot.jp/2011/10/blog-post_5993.html

『サンガジャパン』の対話は、『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 』(岩波現代文庫) を参考にしながら、ポストモダン思想が反近代的なオカルト思想に過ぎないことを話しています。

オカルト思想=危険思想ということではないと思いますが・・・。
ポストモダン思想は「非科学的な思想」ということです。
Posted by おおくぼ at 2012年06月29日 22:50
追記

久しぶりに自分のブログに原発記事を書きました。
Posted by おおくぼ at 2012年06月30日 20:41
オカルト思想・非科学的な思想は、科学技術の振興に有害ではありますが、直ちに犯罪や暴力に結びつくわけではありません。
ただ、大田俊寛さんは「ユダヤ‐一神教‐資本主義」からの大転換を訴える中沢新一さんの思想を、ナチスのユダヤ人排斥と同一であるとして危険視していますね。

本当は電力は余っているとか、電力不足が現実となったら停電テロだとか言う人がいますが、本当に電力会社と産業界がグルならば、製造業が電力不足を理由に海外移転を検討するはずがありません。
長期的には原発は要らない。でも反原発運動家は今すぐ要らない!(笑)
Posted by 管理人 at 2012年07月02日 20:57
上祐氏のデモ批判が話題です。

http://news.livedoor.com/article/detail/6713959/
Posted by おおくぼ at 2012年07月03日 01:18
追記

戦争と宗教は現在でも繋がりが深いですね。
アメリカはキリスト教原理主義が、政治に大きな影響を与えています。
イスラエルもシオニズムが背景にありますし。
戦前の日本でも浄土真宗などは戦争賛成派でした。
Posted by おおくぼ at 2012年07月04日 01:34
反原発デモには覚悟が足りません。デモに参加する人は、単に原発を止めて自然エネルギーに置き換ればいいと思っているのでしょう。それで電力需要を満たせ、電気料も上げずに済むと。

宗教だけでなく、マスコミも戦争を煽ります。
Posted by 管理人 at 2012年07月07日 21:39
大田俊寛さんに綿密な中沢新一論を期待したいです。

私は中沢新一&柄谷行人&宮台真司が似ていると前から思っていました。
無責任さも含めて思想的に共通点があると思うのです。



アメリカのアフガン&イラク攻撃もそうですが、戦争を始めると政権の支持率が上がります。
マスコミは自国の戦争賛美を書くと部数が増えます。
Posted by おおくぼ at 2012年07月08日 10:00
近年、NIE(Newspaper in Education)と称して学校教育の現場で新聞記事を活用する動きが盛んですが、新聞(社)がNIEを推進するのは、いかにも手前味噌で嫌な感じです。
新聞が常に正しいとは限りません。まあ、放っておいても純真な小学生の何割かは、新聞も教科書も信じない「ひねくれた大人」に育ちますが(笑)

東京電力をはじめとする広告主企業は、福島原発事故のような巨大スキャンダルが起きないと、マスコミは堂々と叩けません。
トヨタ自動車の時は、海外発のスキャンダルだったので叩きやすかったのもあるでしょう。
日本の場合、同じ企業グループ内に新聞社とテレビ局があって、お互いを批判しづらいのも問題ですね。
Posted by 管理人 at 2012年07月09日 21:50
『情報革命バブルの崩壊』 (文春新書/山本一郎:著)によると、新聞の売り上げはかなり落ちているそうです。

『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書/中川淳一郎:著)によると、テレビの影響はネットが普及しても強いです。

『テレビの大罪』(新潮新書/和田秀樹:著)によると、テレビの悪影響は酷いそうです。

ラジオに期待したらいいのかな?
Posted by おおくぼ at 2012年07月09日 23:39
「ネットの時代」と呼ばれて久しいですが、相変わらずテレビの影響力は強いですね。
私は地デジ移行を前に、テレビを観るのを止めました。カーナビもテレビが映りません。
NHK大河ドラマの画面が汚いと話題になっていますが、見たことがないのでわかりません(笑)

そんなに節電が大事なら、新聞・テレビ等のマスコミは「テレビを観るのを止めよう」キャンペーンを張るべきだと思います(笑)
それから、節電や地球温暖化防止を訴えてエコキャンドルを灯す運動も盛んですが、蝋燭を燃やすと余計なCO2を排出するので、止めたほうがいいと思います。
Posted by 管理人 at 2012年07月10日 21:18
原発事故以後は火力発電が見直されています。
もちろん火力発電はCO2をたくさん出します。
前から気になっているのはゴミ処理場です。
ダイオキシン騒動以後は、高熱の処理場が増えました。
高熱の処理場は完全燃焼を目的としていますので、CO2がたくさん出ます。

私はNHKドラマをほとんど見たことがありません。
ドラマは好きですが民放が多いです。
レンタルでよく借りて見ます。
最近はネットでも見れるので、録画する必要もなく便利になりました。
テレビの放送時間通りに見るのは、好きではありません。
空いている時間に見れるのがいいと思います。
最近はノマドという言葉流行っているみたいですが(ニュー・アカを連想してしまいます)、場所や時間をできるだけ自由に使えるというのは魅力です。

著作権の問題で、テレビ・ニュースやワイド・ショーをネットにアップ・ロードするのは違法になっています。
けれどテレビ放送は公的な要素が強く、ニュースやワイド・ショーは報道の要素が強いです。
だからテレビのニュース番組やワイド・ショーの検証が重要だと思います。
誰でも簡単に、過去のニュース番組やワイド・ショーの検証ができれば、いい加減な報道が減ると思うのです。
Posted by おおくぼ at 2012年07月10日 22:16
私は「地球温暖化CO2主犯説」を採りませんが、人為的なCO2排出は抑制した方が良いと思います。エコキャンドル運動は矛盾していると思います。

テレビは基本的に、時間と場所に拘束される娯楽です(ケータイのワンセグなら場所は自由ですが)。好きな時に好きな場所で(文字が読める明るさがあれば)読める本は、この世で最も安楽なメディアです。

馬場正博さんがツイッターで「全共闘の時代も内ゲバ殺人の頻発や連合赤軍事件の前まではマスコミは全共闘に好意的だった」と述べています。
https://twitter.com/realwavebaba
テレビでの発言は、時間の流れとともに忘れ去られていきますが、ニュースは公共性が高く、国民生活とも密接です。過去のテレビ報道が、政局や景気や犯罪捜査などにどのような影響をもたらしたのか、検証が必要ですね。
Posted by 管理人 at 2012年07月11日 21:15
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