2011年01月02日

天皇の正統性

1月2日、新年恒例の一般参賀が皇居で行われました。
不純総合研究所も、皇室の弥栄を祈念いたします。

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今上陛下は第125代天皇でいらっしゃいます。
歴代天皇に北朝の天皇は数えられていません。1392年の南北朝合一で、北朝六代目の後小松天皇が第100代天皇となりました。
現在の皇室の祖先は北朝であるにも関わらず、南朝が正統となっているわけですが、後小松天皇は正統な南朝の後亀山天皇から譲位されたのですから、現在の皇室はやはり正統なのです。

南北朝時代、南朝が正統であるとして『神皇正統記』を著したのが北畠親房です。
軍事的には足利幕府が擁立する北朝が圧倒的に優勢でしたが、幕府内部で足利尊氏・直義兄弟が対立します(観応の擾乱)。これに乗じて南朝方の親房は京を奪還、北朝の皇族を拉致しました。北朝は一時、皇位継承者がいなくなったのです。
尊氏の執事である高師直は「天皇が必要ならば、木か金物で造れば良い」と発言したとされます。なんとも不敬極まりないですが、それでも師直は「天皇なんて不要」とは言いませんでした。

本書の主役である北畠親房について書かれているのは最初と最後のみで、大部分は鎌倉時代の朝廷史です。本郷和人は、鎌倉幕府は朝廷に対して非常に高圧的であり、天皇に権力はおろか権威すら無かったといいます。
『神皇正統記』が主張する南朝の正統性は、ハッキリ言ってご都合主義。では「天皇の超越性」は何に由来するのか、本書から満足できる回答は得られませんでした。超越性に理由など不要、天皇は天皇だからエライのだ、と言ってしまえばそれまでですが…
それでも朝廷側から描かれた鎌倉時代史は非常に新鮮で、勉強になりました。

(12月31日読了)★★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
ウラ日本史


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2010年12月30日

いつのマニか消えた宗教

9月26日、マニ教の宇宙観を描いた絵画が日本国内に現存していることが、世界で初めて確認されました。
マニ教(原音に忠実な表記はマーニー教)は、パルティア貴族出身のマーニー・ハイイェー(216‐277)を開祖とする宗教です。一時は仏教・キリスト教・イスラム教に次ぐ第4の世界宗教とも呼べる拡大を見せましたが、現在は消滅しています。

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マーニー教は善悪二元論に基いており、肉体的・物質的なものを極端に忌避する、禁欲的で厭世的な教義を特徴としています。善悪二元論を採ることから、マーニー教はゾロアスター教の焼き直し程度にしか思っていなかったのですが、その成立過程は実に興味深いものでした。
マーニーは、父が入信しているユダヤ教系のエルカサイ教団で育ちました。しかしユダヤ教の規律に反発した青年マーニーは、教団を追放され、独自の宗教思想を打ち立てます。
マーニー教最大の特徴は、教祖マーニーの頭の中で組み立てられた人工宗教だということです。マーニー教は、教祖自らが教典を著した書物の宗教であり、さらにマーニーは教義を絵画で表現しました。実に多才な人物だったのです

かつて栗本慎一郎が、著書で「好きな宗教はマニ教」と書いていたことから多少の興味はあったのですが、本書に出会ってマーニーが面白い人物であると気付きました。マーニーの父パティークも、やたらと行動の軽い可笑しな人物です。
そんなこと知って何の役に立つんだと言うなかれ。こういうマニアックな人文書と交遊するのが、不純な読書の楽しみなんですね。オススメです。

(12月30日読了)★★★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
アーリア人って、誰のこと?
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

河童は存在しなかった

今年は柳田國男の『遠野物語』(1910年)が発表されてから、ちょうど100年です。
佐々木喜善が語った岩手県遠野市の民間伝承には、河童や座敷童子などの妖怪が登場し、河童の目撃談が残る「カッパ淵」は観光スポットとなっています。

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河童の正体は何でしょう?
渡来人や被差別民だとするもの、サルやカワウソのような野生動物だとするもの、未確認生物(いわゆるUMA)だとするものなどが挙げられます。不純文學交遊録では、過去に河童を古代の製鉄民だとする書物を紹介しました。
江戸初期の大工・左甚五郎が工事で人形を使役し、作業が終わって不要になった人形を川に捨てたら河童になったという伝承もあります。この説だと、河童のルーツは江戸時代以前には遡れなくなりますね。

そもそも河童とは、江戸時代以降に創作された新しい妖怪だというのが本書の主張です。日本各地には、ヒョウスベ、エンコウ、ミズチなどの河童に類似した妖怪が伝わっています。それらをひとまとめにしたハイブリッド・モンスターが河童なのです。
頭に皿、背中に甲羅があって、緑色の皮膚をした河童は、それら水の妖怪たちの姿を最大公約数化したもので、現代の私たちがイメージするそのままの河童は存在しません。つまり河童はいなかったのです。

生物学的にも民俗学的にも、河童は存在しなかったわけですが、伝承の世界にはヒョウスベやエンコウやミズチがいました。彼らは水の精霊だったり、製鉄民だったり、あるいは水運商人だったのかもしれません。
河童は創作の題材となり、企業や地方自治体のマスコットキャラクターとして広く親しまれています。そうした現代における河童についても、本書は章を割いています。

(12月12日読了)★★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
カッパは製鉄民だった?
カッパなにさま?カッパさま!
妖怪は今も生きている?
妖怪の正体とは
妖怪は境界に棲む
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 18:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月27日

棄てられた神



水蛭子あるいは蛭児と書いて、ヒルコ。
蛭(ヒル)といえば、ぬるりとした吸血生物であり、なんとも禍々しい名の神様です。

ヒルコ

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ヒルコは、イザナキとイザナミの最初の子として生まれました。アマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴神の兄にあたりますが、葦船に乗せられ海に流されてしまいます。
両親に棄てられたヒルコはどうなったのか、記紀は黙して語りません。本書は、神道研究家の戸矢学が謎の神・ヒルコの正体に迫り、もうひとつの建国神話を再現する野心的な試みです。
神話とは史実の反映であり、神々は実在した私たちの祖先です。そして神道は、古代人の思考体系であるといえます。

日本は四方を海に囲まれ、太古からさまざまなヒトやモノが渡来しました。日本列島に最初からヒトが住んでいたわけではありません(人類の起源はアフリカ大陸)。
スサノオを新羅からの渡来神(牛頭天王)だとする説があります。しかしスサノオが高天原から新羅のソシモリに天降ったのは、一時的に立ち寄っただけであり(しかも「ここには居たくない」と言って、すぐに出雲へ向かった)、いわゆる「朝鮮半島起源説」を厳しく戒めています。
では神々の原郷、高天原はどこにあったのか…

本書は冒頭で、いきなり衝撃的なことを書いています。それは天皇家に本来あった「姓」です。そこから導かれるキーワードは紀伊国、海人族、銅鐸、徐福伝説…ヒルコ神話から驚愕の真相が浮かび上がってきます。

(10月25日読了)★★★★★

【不遜文学交遊録・過去記事】
聖徳太子は怨霊か
陰陽師・明智光秀
邪馬台国は、ここにある。
消えた(消された?)神様
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2010年10月12日

妖怪は今も生きている?

水木しげる・武良布枝夫妻の半生を描いたNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』は、過去最低の視聴率でスタートしたものの、その後は右肩上がりに推移し、終わってみれば民放局が採り上げるまでのヒット作となりました。
水木しげると言えば、やはり『ゲゲゲの鬼太郎』ですね。

図解日本全国おもしろ妖怪列伝

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…というわけで、妖怪本。
手に取った理由は、短時間で軽く読めそうだから(笑)

本書は日本の代表的な61種類の妖怪を、鳥山石燕や竹本春泉の絵画とともに紹介し、それぞれの妖怪に関する薀蓄がコンパクトにまとめられています。ただし、なかには結構似たようなタイプの妖怪も多いです。山男と山童、山姫と山姥とか。
古文書に著された妖怪談義に加えて、近代以降(平成に入ってからも!)の妖怪目撃談も数多く記されています。特に一反木綿の目撃例は多いようで…まるでスカイフィッシュですね(笑)
しかし真偽の検証はなされておらず、あまりにも三流ゴシップ的な書き方が残念。昔からの言い伝えのなかの妖怪と現代の実話怪談(?)とは、分けて欲しいものです。
水木しげるの次女は、修学旅行先の旅館で目目連を見たそうです。この話は『ゲゲゲの女房』でも放送されました。

妖怪には人間の姿をしたもの、動物が変化したもの、古道具に魂が宿った付喪神などがあります。
一反木綿を付喪神の一種だとする水木しげるに対し、木綿がそんなに長く使われるはずはないので疑問だとして、大先生に反論している部分が最も印象的でした。

(10月11日読了)★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
妖怪の正体とは
妖怪は境界に棲む
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

日本はいつから日本か

日本とは、どこからどこまでなのか。きちんと教えるのが教育の責務です。尖閣諸島は日本固有の領土であり、中華人民共和国が領有を主張し始めたのは、この海域に資源が存在する可能性が示唆された1970年代以降に過ぎません。
さて、わが国はいつから公式に「日本」と称するようになったのか、日本という国号の由来は何なのか、これはなかなか難しい問いです。

日本国号の歴史

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日本の由来として知られているのが、日本は枕詞だとする谷川健一の説です。日下と書いてクサカと読むのは、ヒノモト(日下)がクサカ(草香)という地名の枕詞だからであり、それは神武東征軍が上陸した河内国日下だとします。しかし「日下」がなぜ「日本」という表記に転化したのかは、説明できていません。
本書の著者・小林敏男の説は、「日本」は和製漢語ではなく、語源は中国にあるとするものです。日本とは、支那から見て太陽が昇る方角の絶海にある異郷を意味します。日本は扶桑国とも呼ばれましたが、日本の「本」は樹木のことで、それは東方の海中にあるとされた神木・扶桑樹だといいます。
(語源が中国だからと言って、日本とは支那王朝から与えられた称号だとの主張ではありません)

言わば日本とは、東方の絶域にあるユートピアであり、それは中華的冊封体制の域外でありました。支那王朝の冊封下に入ることで朝鮮半島に軍事的影響力を行使しようとした倭の五王と違い、遣隋使・遣唐使時代の日本は「不臣の外客」「絶域の朝貢国」だったのです。なお、朝貢とは必ずしも服属することではなく、唐との友好関係を確認する行為でした。
わが国は唐の冊封体制下ではなかったので、倭から日本への国号変更にさほど問題はなかったと考えられます。支那王朝に対して最初に日本の国号を通知したのは、大宝2年(702年)の粟田真人の遣唐使です。当時は武則天(則天武后)の時代で、唐側も国号を周(武周)と改めていました。

日本の国家成立を探るうえで避けて通れない邪馬台国論争ですが、著者は魏志倭人伝の「邪馬台国」と「女王国」は別の国だという見解です。
卑弥呼の女王国は北九州のヤマト(山門)にあり、倭国大乱後の卑弥呼共立に反対する勢力が畿内に樹立した新興国を邪馬台国だとしています。

(10月3日読了)★★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
描かれた邪馬台国
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2010年09月16日

渡来民俗の謎

四方を海に囲まれた日本列島には、太古から多くの人々がやって来て、その痕跡を各地に残しています。
神話にはアメノヒボコやツヌガアラシトの伝説が語られ、応神天皇の御世に渡来した弓月君と阿智使主は、それぞれ秦氏と東漢氏の祖として大和朝廷に先進的な文物をもたらしました。

渡来の原郷

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さて本書は、NPO法人ハヌルハウス主催「渡来文化と日本列島」で講演した3人が、意気投合して大韓民国の江陵端午祭を訪れ、そのレポートともに各人の研究テーマをまとめたものです。
前田速夫:新潮社『新潮』元編集長、白山信仰のルーツを探る民俗研究家。
前田憲二:日本や朝鮮半島の祭祀を記録する映画監督、ハヌルハウス代表理事。
川上隆志:岩波書店『へるめす』元編集長、現在は大学教授。渡来人(秦氏)を研究。

前田速夫の「白山信仰の謎と古代朝鮮」で興味深かったのは、日本にも殺牛祭祀があったこと。意富加羅国の王子ツヌガアラシトは「角がある人」で、牛の信仰との関係は深そうです。
江陵端午祭をはじめとする韓国の祭祀に詳しいのは、前田憲二の「朝鮮半島の呪術と霊魂観」。韓国の東海岸には、今でも世襲の巫女(ムダン)によるシャーマニズムが生きています。
川上隆志は「渡来文化と謎の民」で、江戸幕府の経済基盤を築いた大久保長安が、秦氏の末裔だと論じます。彼の出自は猿楽師であり、漂泊の芸能民は鉱山技術者だったのでしょうか。

面白い話なのですが、謎の渡来氏族・秦氏の正体は分からないまま…
なお、私は「なんでもかんでも朝鮮半島起源」説ではないので、誤解の無きようお願いします。

(9月12日読了)★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
白いカミサマ
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2010年08月21日

誰もピラミッドを知らない

世界の七不思議を選ぶとなると、今でも筆頭に挙がるのがエジプトのピラミッド。
一般にピラミッドは王の墓だと考えられていますが、何のために作られたのか、どのような方法で建造されたのか、未だ多くの謎に包まれています。



エジプト学者・大城道則はこう言います。
ピラミッドは誰もが知っているが、ピラミッドが何であるかは誰も知らない。
歴史学・考古学には実証性が求められますが、ピラミッドの謎に挑むには、主観的な想像性と創造性を優先させて良いのかもしれません。

ピラミッドといえばギザの三大ピラミッド、とりわけケオプス王(クフ王)のものが有名です。しかし本書は、多くの出版物やTV番組でお馴染みの、クフ王のピラミッドの謎解きをするのではありません。
タイトル通り、ピラミッドの誕生に至る歴史の解明が主題であり、エジプト文明の黎明期から最初のピラミッドであるネチェリケト王(ジョセル王)の階段ピラミッドまでが本書の扱うタイムスパンです。

エジプト文明はナイル川周辺だけで成り立っていたのではなく、世界最初の文明圏であるメソポタミアをはじめ、北方の地中海世界、南方のヌビア地域、そして西方のサハラ砂漠から文化的影響を受けています。
サハラ砂漠周辺で見られる牛の図象は、古代エジプトの埋葬文化に大きく影響しているようです。当時のサハラ砂漠は、今と違って緑豊かな場所でした。
ピラミッド以前の古代エジプト史も、結構深いのです。

著者は、今年1月に亡くなったミステリ作家・北森鴻と親交がありました。彼が天に召されたのは、奇しくも本書が書き上がった日だったそうです。

(8月15日読了)★★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
古代エジプトの叡智
フィールドワークは死を招く
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

空白の皇統

最初の天皇は誰なのか。皇統は本当に万世一系なのか。
天皇家のルーツをめぐる議論は尽きませんが、とりわけ問題となるのが第26代継体天皇の存在です。越前(あるいは近江)から擁立され、即位後20年間も大和の地に入らず、その系譜も詳らかでないことから、地方豪族による新王朝の樹立ではないかとする説があります。



第15代応神天皇5世の孫と称する、継体天皇。その主張が正しいとしても、先代の武烈天皇とは10親等も離れています。
しかしヲホド王(継体天皇)は、地方豪族でも傍系の王族でもなく、本家本元の正統なる王位の継承者であったと唱えるのが、前田晴人です。
応神と継体を結ぶ系譜は、記紀では空白となっていますが(『上宮記』逸文には記載)、そこに当てはまる人物を探し出すことによって、隠された王統譜を浮かび上がらせます。

継体天皇の祖先の系譜は、なぜ秘匿されたのか。それは重大な犯罪者だったからだといいます。
456年、第20代安康天皇が眉輪王に暗殺されました。眉輪王の父は、安康天皇に殺された大草香皇子。父の仇を討ったのです。とはいえ眉輪王は天皇を殺した犯罪者。彼を匿った円大臣(葛城円)ともども、皇位を継いだ雄略天皇によって攻め滅ぼされます。この眉輪王こそが、事績の伝わらない継体天皇の祖父(乎非王)ではないかというのです。

本書の提示する新説は、超大胆です。
応神・仁徳は架空の天皇であり、継体天皇の本当の祖先は応神天皇(ホムタワケ王)ではなくホムツワケ王で、彼こそが実質的な初代天皇だとしています。それ以前のヤマトに世襲の王家は存在せず、卑弥呼の邪馬台国のような「女王の国」であったと。
しかし、世代の異なる者同士の婚姻は不自然だとして、系図を組み替えるのはどうかと思います。一夫多妻が当たり前の時代、親子ほど年の離れた兄弟姉妹は、決して珍しくなかったでしょう。天武天皇と持統天皇(叔父と姪)という夫婦はありえないから、架空の天皇だったとでも言うのでしょうか。
大変興味深い説なのですが、強引さも目に付きます。

(7月4日読了)★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
日続き知らす可き王無し
ピンク石の秘密
天皇陵、発掘。
旧暦10月・出雲は神在月
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

貴族将軍の苦悩

歴史ネタが多くなっている、不純文學交遊録。
小学校4年生の頃、邪馬台国論争の存在を知ったのがきっかけで、私は歴史の世界に足を踏み入れました。
一番最初に好きになった歴史上の人物は、源頼朝です。平家物語などに描かれた源平の争乱のダイナミックさと、武家政権を創出した人物像に強く興味を惹かれました。



山川出版社の『日本史リブレット・人』に、待望の源頼朝が加わったので読んでみました。
鎌倉幕府を開いた頼朝は、武士でありながら京にあって貴族化し堕落した平氏に対し、東国に武士による武士のための社会を築いた人物と評されています。
しかし実際の頼朝は、京の貴族社会で生まれ育ったのであり、東国とは全く無縁でした。皮肉にも平治の乱に敗れて伊豆へ流されたことで、頼朝は初めて源氏ゆかりの東国の地を踏んだのです。

平氏打倒の兵を挙げた頼朝のもとに、かつて父・義朝と主従関係を結んでいた東国武士たちが馳せ参じます。しかし彼らの真の目的は、頼朝を主君に担ぐことで、自らの領地の安堵を図ることでした。西国まで遠征して平氏と戦うことには、消極的だったようです。
ただし藤原氏を滅ぼした奥州合戦は、東国武士にとって領土拡張のチャンスであり、積極的に参戦したと考えられます。

豊臣秀吉・徳川家康など後世の武将から崇拝された頼朝ですが、物語に華々しく描かれた弟・義経に比べると、世間一般での人気は高くありません。
どうも私は、主役よりも脇役に感情移入しやすいようで…。敵役である平清盛についても、日宋貿易による経済振興を評価しています。
なお、平家物語で名高い一の谷の戦いの鵯越は、近年の研究では義経ではなく、摂津源氏の多田行綱によるものだそうです。

(6月27日読了)★★★★

【不純文學交遊録・過去記事】
サンチンセイコウブ
卑弥呼は箸墓に眠るのか?
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:27| Comment(8) | TrackBack(0) | 歴史・民俗交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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