2005年11月13日

事件記者の目・キツネの目

母親に毒を盛った高校生。
同級生をメッタ刺しにした高校生。
最近、痛ましい少年犯罪が続発しました。
統計上、少年犯罪の件数が急増している訳ではありませんが、少年による不可解な事件が多いことも確かです。

殺人率
宮崎 学著 / 大谷 昭宏著


この本は『お茶の間に、ちょっと理科系な話題でも。』 の管理人であるオオクボ様から、普通の人にはオススメ出来ない本として紹介されたものです。私は普通の人ではないのかな…?(笑)
血気盛んで悩み多き若者世代の殺人および自殺が多いのは世界共通の傾向ですが、唯一わが日本は、若者よりも団塊世代が殺人・自殺ともに多いという、特異な現象を示しています。
その背景にあるものは何なのか。キツネ目のアウトロー・宮崎学と、事件記者として数多くの現場を目の当たりにした大谷明宏が、危険なトークを繰り広げます。
日本の若者の殺人率は低いが、なぜ動機が不可解なのか。団塊の世代は、なぜ自殺を選ぶのか。二人のトークは、個々の事件の分析よりも、日本型管理社会論へと向かいます。
学生運動経験者の宮崎は、言います。これから内ゲバという時に一番勇ましいことを言う奴は、いざという時に姿を隠してしまう奴。肝に銘じておきましょう。
(11月12日読了)
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2005年11月01日

衝(笑)撃の社会学

マッツァリーノさんは、イタリア生まれです。
かつて「日本は水と安全はタダである」とおっしゃったユダヤ人の作家イザヤ・ベンダサンは、実は日本人だと言われていますが、マッツァリーノさんが偽名なのかどうか私は存じません。

反社会学講座
パオロ・マッツァリーノ著

 


マッツァリーノさんは、恣意的なデータ解釈から無理やり社会問題を作り出し、誰か(何か)を悪者に仕立て上げる、社会学という学問の暴走を批判します。
社会学によって悪者にされるのは、少年犯罪だったり、パラサイト・シングルだったり、フリーターだったり、少子化だったり…です。

例えば少年犯罪。
近年、少年の凶悪犯罪が急増しているとされています。確かに、平成に入って少年の凶悪犯の検挙件数は増加傾向にあります。しかしながら、最も少年の凶悪犯が多かったのは昭和35年(8,000人以上)で、最も少なかった平成2年のなんと6.9倍です。
さらに当時の少年=今の50〜60代前半による凶悪犯罪は、平成13年には1,237件もあったそうで、キレる少年よりもキレる壮年を何とかせねばならないのでは?…と思ってしまいます。

こんな調子で、きっちりとデータを使って通説とは全く反対の結論を導き出す、反社会学講座。フリーターやパラサイト・シングルだって、見方を変えれば社会に活力を与ているのです。実は社会学を批判しつつも、読んでいるうちに社会学的思考が身に付いてしまう本なのでした。
単に笑える本が読みたい!という方にもオススメです。

(10月30日読了)

こちらもどうぞ『スタンダード反社会学講座

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2005年09月25日

マルクスさんではありません

「資本」論!…あの古典的大著と同じ、凄いタイトルです。でも資本に「」がついています。
所有とは、市場とは、資本とは、そして人的資本(労働力)とは…社会・経済の“基本のキ”のコトバの意味を改めて考えさせてくれる本です。

「資本」論
稲葉 振一郎著


まずは「自然状態」というコトバを問い直します。人間の自然状態は戦争状態である、と規定したホッブズ。国家はなくとも自然法と呼べる秩序状態にある、としたジョン・ロック。両者の不備を批判し、人為的ではあるが恣意的ではない暗黙の合意“コンヴェンション”を提示したヒューム。この三者の思想を比較して、所有とは何かを考えていくのです。

文章はとても判りやすく、おカタいタイトル、新書としては厚めの300ページ近いボリュームにも関わらず、スイスイ読めます。
資本主義経済における労働者の疎外を発見したマルクスの功績は認めつつも、私的所有と市場経済は守られなければならないとする、極めてまっとうな本であります。
しかし…この本は普通には終わらないのでした。

エピローグでは、労働力との絡みでロボットについて論じ、さらに人間が人体改造によってサイボーグ化するSF的未来社会像にまで筆が走るのです。
マルクス主義は生身の人間には実現不可能な構想だったが、人間以外の者(ロボットあるいはサイボーグ?)を主体とするなら実践されうる…という著者の結語は、マルクスさんを褒めているのか、それとも貶しているのか…?

(9月25日読了)
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2005年09月18日

メディアを制す者、選挙を制す。

2005年9月11日の衆議院総選挙では、自由民主党が296議席を獲得し圧勝しました。
自民党小泉総裁は『改革を止めるな』と訴え、争点を郵政民営化一本に集約。民営化法案に反対した前議員に次々と対立候補を擁立し、有権者に改革の本気度を強烈にアピールすることに成功しました。
一方、民主党の『日本をあきらめない』というコピーは、ハッキリ言って意味不明。独自の郵政改革案にも後出し感は否めず、むしろ姿勢のブレを印象付けただけに終わりました。

選挙は短期決戦であり、有権者の支持を得るには政治姿勢を判りやすく訴えることが必要です。しかし判りやすさの安易な追求は“ワンフレーズ・ポリティクス”と呼ばれ、大衆を欺くものとして批判する声もあります。そこで手に取ったのがこの本です。

メディア危機
金子勝著 / アンドリュー・デウィット著

『テロとの戦い』という単純なスローガン。
『我々の側に付くのか、テロリストの側に付くのか』という二項対立図式。
アメリカ・ブッシュ政権のメディア戦略は問題を単純化し、戦争やテロの裏側にある複雑な構造を見えにくくしています。そんなアメリカの手法をあたかも“グローバル・スタンダード”であるとして受け入れてしまう、我が日本。単純化は、思考停止を促します。
メディア・リテラシーの大切さを訴える本書ですが、メディアの虚構を見破るのは実際には難しいことです。思考停止しないために…当blogとして言えるのは、ひたすら“読む”という行為を続けることのみですね。
(9月16日読了)
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2005年09月03日

FCって、なあに?

物は言いよう
斎藤 美奈子著

FC…それはフェミ・コード。言動が性差別になるかどうかを検討するための基準。
「男の子なら泣くんじゃない」とか「女の子はお上品に」など、明らかに差別・セクハラかとなると微妙だけれど、引っかかる言葉遣いは多々あります。
そんな気になる発言の数々を新聞・雑誌から集めた、今はなき『噂の真相』連載の単行本化です。
著者曰く、本書は言葉狩りが目的なのではなく、フェミ・コードはあくまでドレス・コードであって、社交の場で自分自身の品位を落とさないためのマナーなんだそうです(心の中ではどう思っていようと構わない!)。
私自身は、女性の夫を「ご主人」とは呼ばずに「旦那さん」と呼ぶよう意識しております。
(9月3日読了)
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2005年08月17日

パブロフの犬の遠吠え



書物や講演の、特定の言葉だけに過剰に反応し、噛み付き、吠える、困った読者や聴衆たち。まるで条件反射するパブロフの犬のよう。
例えばこんなことが。
仲正昌樹が訳した本に、校正ミスで“レズビアン”を“レズ”と表記した箇所が一部にあったそうです。レズは同性愛者を侮蔑した略称であり、仲正は差別主義者だと激しく糾弾されました。あくまで一部の誤植であるのに(仲正さん、この件をかなり根に持っているみたいです…)。
同様に、インターネットにはびこる書評も、特定の(評者が噛み付きやすい)言葉をあげつらって、本題とは関係の無い自論を展開したものが目に付くそうです。
人の話を聞かずに、自己主張ばかりする。そんな困った“ワン君”たちへのお叱りが、一冊の本となっております。
(8月16日読了)
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2005年08月16日

ウヨク・サヨクを超えて

言論統制列島
鈴木邦男著 / 斎藤貴男著 / 森達也著

鈴木邦男は、おなじみ民族派新右翼。斎藤貴男は自分の立場は昔から一貫しているのに、いつの間にか周囲に取り残されてサヨク扱い。森達也はオウム真理教(現アーレフ)のドキュメンタリー映画を撮って以来、未だにオウム幹部と間違えられる。
世間との軋轢を恐れず、常に本音で語ってきた三人の、言論統制なき鼎談であります。
タイトル通り、監視カメラ社会、NHKの番組改変圧力疑惑など、国家と管理の問題をタブーなく論じます。特に斎藤貴男の言っていることが真実ならば、我々は恐ろしい社会に住んでいることになります。
本当に、こんなこと書いていいんでしょうか?
この3人に宮崎学が加わったら、さらに過激な本になりそう…
(8月13日読了)


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お祭りワッショイ!

ワールドカップサッカーの盛り上がり、インターネット上でのイラク人質・北朝鮮拉致被害者家族へのバッシング。これらは若者の右傾化でも、ナショナリズムの台頭でもありません。連帯を求める現代人による、瞬間的な『お祭り』だったのです。
『お祭りの時代』もたらした要因として、フリーター・ニート等の若年労働問題、セキュリティ希求がもたらす監視社会化、若者の連帯ツール“ケータイ”を著者は論じます。
企業の雇用抑制による若者の就職難は、既得権益を有した年長世代による若年世代への“たかり”であり、親の経済力に頼る若者とともに“たかりあっている”とする著者の労働観は秀逸です。(8月12日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月24日

希望があるなら、まだいい・・・

希望格差社会
山田 昌弘

“ひきこもり”の斎藤環を読んだら“パラサイト・シングル”の山田昌弘を読まないわけにはいかないでしょう…?!
大学を卒業しても企業に就職できず、大学院を出たのに研究者にはなれない。日本経済を支えていた進学⇒就職のパイプラインは、入口よりも出口が狭くなり、機能不全に陥っています。
いつかは学歴相応の仕事に就けると思い、あるいは自分を一生養ってくれそうな配偶者との出会いを願い、それまでフリーターで食いつないでいこうとする、しかし叶わない。希望と現実の格差が広がる時代の到来です。
しかし“希望格差社会”なら、希望のレベルを下げればいいんです。
本書の冒頭には、5年後の生活の見通しが立たないのに老後の心配なんてできないと言う、年金未納のフリーター青年が登場します。たとえ私たちが今後も定職に就けて、たとえ年金が無事に受給できたとしても、希望を失った元・若者による自暴自棄型犯罪の巻き添えを食わないという保障はありません。
本当に恐ろしいのは“希望皆無社会”です。
(7月23日読了)
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お帰りなさい!


『もてない男』のヒットから、6年。結婚と離婚を経験をして、あの小谷野敦が帰ってきました。
フェミニズムはもてない男のみならず、もてない女を救っていないという指摘は相変わらず有効です。近頃話題の“負け犬女”や“だめんず女”はあくまでもてる女であり、もてない女論ではありません。
本書の読みどころは何と言っても、根っからの書斎派だと思っていた著者が、出会い系サイトに潜入したり、結婚情報サービスに体当たり取材するところでしょう。それらの世界では、登録者の学歴がほとんど考慮されていないという、面白い発見もあります。
しかし、東大卒で、好き放題書いた本をメジャー出版社から出す機会と才能がある小谷野さんは、十分に恵まれた境遇の人に見えますが・・・。
(7月24日読了)
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 09:45| Comment(3) | TrackBack(1) | 社会・思想交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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