2006年11月13日

ヴィンチ村のレオナルドさんは世界を操る陰謀家?

万能の天才と称えられる芸術家にして科学者、レオナルド・ダ・ヴィンチ
ルーブル美術館にある一幅の女性像「ラ・ジョコンダ」(通称モナ・リザ)は、世界一の名画の名を欲しいままにしています。
レオナルドは寡作で、未完のまま投げ出された作品も多く、有名な「最後の晩餐」は壁画には向かないテンペラ技法を用いたため、完成直後から剥落。職業画家としての評価には疑問符を付けざるを得ない点もあります。
レオナルドが世界史に名を残す天才であることを、私は全く否定しません。ただ、あまりにも神格化・超人化されてはいないでしょうか。



映画化された世界的ベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』の影響か、今や世界史を裏で操る陰謀家とされてしまったヴィンチ村のレオナルドさん。彼はいかにして秘密結社のリーダーとされたのでしょうか。
なお竹下節子の本を手に取った理由は、現代新書の『ジャンヌ・ダルク超異端の聖女 』がたいへん面白かったからです。

レオナルドは政治的にも宗教的にも中立的立場でした。さらに寡作であり、私生活については語らず、想像の余地が入りやすい。つまりどんな色にも染めやすい人物だったのです。
本書はレオナルド個人の伝記のみならず、ヨーロッパにオカルティズム(神秘主義)とエゾテリズム(秘教主義)が育まれた土壌について多くの頁が割かれています。フリーメーソン薔薇十字団などのオカルト・サークルは、当時の貴族階級の知的なお遊びでした。たびたび陰謀史観の主役となるテンプル騎士団も、日本でいう平家落人伝説のようなものです。

レオナルドの絵に隠されているという異教的モチーフ。
しかし実際のキリスト教は、古代ギリシャ・エジプトなどの多神教的な要素を取り込んで発展してきました。レオナルドの絵に異教の要素が秘められているというのなら、同時代の他の芸術作品にも、それは見出せることでしょう。
キリスト教は女性原理を抑圧してきたとされる一方で、女神信仰を習合してもきました。マグダラのマリア信仰は民衆に人気があり、レオナルドが暗示的に描く必要などなかったのです。

では、なぜ『ダヴィンチ・コード』は「異端」をテーマとしたのでしょうか。
先住民を排斥し、文化的な「更地」としたうえに建国されたアメリカ。そこには異教との習合はありません。新大陸のピューリタンがヨーロッパの教会を見たら、その異教ぶりに驚愕する…『ダヴィンチ・コード』は、アメリカだからこそ生まれたエンターテイメントだったのでしょう。

私は『ダヴィンチ・コード』批判はいたしません。小説が歴史的事実と違っていても一向に構わないからです。ただ、多角的に歴史を見る眼を養うことは必要です。
世界史を教えない日本の教育って、大丈夫?

(11月12日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
モナリザ・コード


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2006年05月21日

モナリザ・コード

タテ77cm×ヨコ53cm。この小さな一枚の絵は、世界最高の名画と呼ばれています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ作『モナ・リザ

名画の条件とはなんでしょう?
見る者を圧倒するスケールの大きな絵や、技術的に優れた絵は世に数多くあります。題材が名画の条件なら、神話や聖書のシーンを描いた作品、歴史上の重要な事件を描いた作品こそが相応しいでしょう。たかが一人物の肖像画が、何故これほどもてはやされるのか…常識を疑うのが好きな私は疑問に思います。
あるいは、作者が偉大だから名画なのでしょうか?
万能の天才レオナルドは、ルネサンスいや世界史を代表する芸術家です。文句の付けようがありません。しかし私には、職業画家としては疑問符を付けたい点もあります。
レオナルドの現存する絵画は、二十点弱。作品数が画家の優劣を決めるものではありませんが、未完成で投げ出した作品が多い人です。絵画よりもデッサンにこそ、レオナルドの真髄があるとの意見もあります。
技術的にも問題があります。『モナ・リザ』と並んで有名な『最後の晩餐』ですが、こちらは当時の壁画の主流であるフレスコ(速乾性)ではなく、定着性が悪く壁画には向かないテンペラ(遅乾性)を用いています。そのため完成直後から、剥落が始まっているのです。


モナ・リザの罠



西岡 文彦著



『モナ・リザ』をめぐる美術批評を超越した言説、それはウォルター・ペイターという人の文章から始まっているそうです。以降、ペイター抜きに『モナ・リザ』を語れなくなってしまいました。まさに「モナ・リザの罠」です。
では『モナ・リザ』の名声は、ペイターによって水増しされているのかというと、そうでもありません。
見るものに謎掛けするような不思議な微笑み
画面に筆跡を残さないスフマートという技法
地質学的素養の深さを示す背景のリアルな地形
やはり『モナ・リザ』が名画であることに変わりはありません。

そういえば『モナ・リザ』の背景って、不思議ですね。
なぜ彼女は、荒野の中に一人ぽつんといるのでしょう。しかもその背景は、本書の指摘で初めて知ったのですが、上下左右に4つの異なる風景を描いています。
それから絵の両端が切断されているとの疑惑。過去の『モナ・リザ』の模写には、両端に柱が描かれているのです。ルーブル美術館の検定結果はモナ・リザの切断痕を否定していますが、著者は複数の模写の存在から切断説を支持しています。
しかし何よりも『モナ・リザ』最大のミステリーは、記録魔・メモ魔であったレオナルドの手記に『モナ・リザ』に関する記述が一行も無いことです。ただ、現存する手記は全体の4割だそうなので、驚くような発見が今後あるかもしれません。

あわせてこちらも読んでみました。


レオナルド・ダ・ヴィンチ芸術と科学


カルロ・ペドレッティ〔ほか〕著 /
ラーン・大原三恵訳 / 小林 明子訳 / 前田 富士男監修・監訳


絵画、機械のデッサン、人体解剖図までカラー写真で見ることができます。

(5月15日読了)

【不純文學交遊録・過去記事】
キリスト・コード
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2006年03月05日

キリスト・コード

世界的ベストセラーとなった、ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』。映画化が決定し、最近では盗作問題が浮上するなど、相変わらず話題を呼んでいます。
ティム・ウォレス=マーフィーの著作もまた、『ダヴィンチ・コード』に計り知れない材料を提供しているそうです。


シンボル・コードの秘密


ティム・ウォレス=マーフィー著 / 大山 晶訳


聖杯伝説、テンプル騎士団、フリーメーソン、黒い聖母・・・
異端という言葉には、人々の好奇心を刺激して止まないものがあります。聖書の記述や聖堂建築・宗教絵画には、一体どのようなメッセージが隠されているのでしょうか。
以下、私が面白いと思ったキリスト教異説をご紹介します。

・旧約聖書の出エジプト記(映画『十戒』の海が割れるシーンで有名)に登場する、預言者モーセ。彼は、世界最初の一神教者とされる古代エジプト王アクエンアテン(またの名をアメンヘテプ4世、イクナートン)と同一人物である。

・聖母マリアの処女懐胎は、キリスト教のオリジナルではない。民衆への布教過程で、ギリシャ神話など異教の要素を取り入れた。

・キリストことナザレのイエスは、マグダラのマリアと正式に結婚していた。聖書の記述にはイエス自身の挙式と思われる描写がある。

・イエスは、ローマによって扇動罪で処刑された。ユダヤ教を冒涜した罪で、ユダヤ人によって処刑されたのではない。磔刑はローマの刑罰であり、ユダヤの処刑は投石刑である。また、イエスはユダヤ教に忠実であった。

・聖地エルサレムを守護する目的で結成されたテンプル騎士団。彼らは単なる軍事組織ではなく、ヨーロッパから中東にまたがる広範囲で農場経営や金融業を営み、現在の多国籍企業の先駆けとも言える存在だった。

中世ヨーロッパでは、文字を読み書きできるのは聖職者だけで、皇帝ですら自分の署名をするのがやっとでした。つまり、知識は教会が独占していたのです。
オカルトとは本来、隠された知を意味します。
教会を介さずに神を礼拝し、知識を得ること・・・それがすなわち異端だったのでしょう。
(3月5日読了)
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2006年02月19日

モノとココロ

紙や木や粘土などで色々なものを作った、小学校の図画工作の時間。またプライベートでも、プラモデルやジグソーパズルを作った経験のある方は多いと思います。
そんなモノ作りを楽しんだ、子供のココロに帰ることが出来る一冊です。



作家であり、大学の工学部助教授でもある森博嗣は、工作好きでも知られ、自宅の庭には自作のミニチュア鉄道が走っています。そして彼のガレージは書斎でもあり作業場でもあり、そこには愛車とともに、工作道具や模型のコレクションがズラリと並んでいます。
パソコン(Mac)にはじまって、手回しの計算機やスライド映写機、天秤、万力など。紹介される道具たちの多くは実際に彼が使っているものではなく、大学の粗大ゴミ置き場で拾ってきた、年代モノばかり。しかし、それらの古道具たちには、機能や材質をそのままカタチにした、素朴な美しさと重厚さがあります。
カラフルな道具や模型などの写真の数々は、すべて森自身がデジタルカメラで撮影したものです。そしてモノたちに触発されて書かれたエッセイが、デザインとは何かエコロジーとは何か進歩とは何かを考えさせてくれます。
私などは、写真を見ているだけで癒されてしまいました。森はエンジンが大好きだそうですが、私も蒸気エンジンの模型が動いている姿を、是非見てみたいものです。
(2月13日読了)

この本の舞台となった森家のガレージ建設の過程が、また面白いんですよね↓

アンチ・ハウス


森 博嗣著 / 阿竹 克人著

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2006年01月03日

音楽は、宇宙なり。

『音楽入門』!
この一冊で音楽のすべてが判るかのような、ストレートなタイトルに惹かれました。

北沢方邦音楽入門



北沢 方邦著


プロフィールによると、著者は構造人類学および音楽社会学の研究者で、音楽とは本来、民族の宇宙観の表現であるとして、音楽の歴史を語ります。
例えばパプア・ニューギニアのスリット・ドラム(丸太をくりぬいた打楽器)と竹笛は、前者が地、後者が天の象徴です。古代中国雅楽でも、石の楽器は天を、青銅製の鐘は地を意味します。また、中国の青銅器技術は、東南アジアでガムラン音楽を生みました。
西洋音楽のルーツはイスラム文明、それもイスラム神秘主義(スーフィズム)にあります。イスラム正統派は、快楽を刺激するとして芸術を禁じていましたから。
数々の名作曲家を生んだ西洋近代音楽は「宇宙の音楽」に対する「人間の音楽」と言えます。それでも、モーツァルトの『魔笛』やベートーベンの『第九(歓喜の歌)』は、フリーメーソンの宇宙観や世界市民思想を表したものだそうです。
また、ベルリオーズはフランス七月革命と共に生き、リストはハンガリー、ショパンはポーランド、ヴェルディはイタリアの民族運動と深く係わっています。こうした背景を知ると、音楽の授業はもっと楽しくなりますね。

北沢は、世界の多様な音楽を知ることを通しての異文化理解を、強く願っています。
(1月2日読了)
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2005年12月11日

真の勝ち組(?)キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ

インターネット掲示板から生まれたベストセラー電車男 。映画・ドラマ・漫画化され、オタク趣味やアキバ系なるものが、一気に市民権を得たように見えます。しかし、それに対するオタク側からのアンチテーゼが提出されました。


電波男



本田 透著



ファッション・グルメ・クルマなどにお金を掛けて、モテ男・モテ女になろう…大手広告代理店主導のこの消費形態を、本田は恋愛資本主義と呼びます。
一方のオタク市場は、商品の受け手が作り手にもなり、作り手が受け手にもなる、オタク内部での永久循環経済です。
バブル崩壊以降、縮小の一途をたどる恋愛資本主義市場は、ついにオタクをターゲットにする最後の手段に出ました。『電車男』ブームとは、オタクを脱オタク化させて恋愛資本主義側へ取り込もうとする反オタク運動である、というのが本田の論です。
また、オタクのなかでも萌えオタクは、二次元世界を現実の三次元世界よりも価値あるものとする、平和的な人種であると本田は言います。さらに、自分たちが結婚できないのは男たちがオタク化したせいだとする『負け犬』女たちに対し、オタクの勝利宣言まで飛び出します。
いろいろと御託を並べているが、結局は自分の二次元至上主義を正当化する為の本じゃないの・・・とツッコミたくもなりますが、あとがきで明かされる彼の生い立ちには同情します。

(12月5日読了)
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2005年11月13日

藝術の秋ですね。

秋といえば、芸術の秋。
しかし、芸術といっても幅広くあります。美術、音楽、演劇…
美術に絞っても、絵画、彫刻、建築…
教科書でおなじみの古典的名作もあれば、良くわからない現代アートもあり。こんな時は、誰かにガイド役を頼むのが一番です。


布施英利(ヒデトと読む)は、美術表現にあたって人体や生物の構造を研究する美術解剖学が専攻で、養老孟司のもとで学んでいます。
歴史上の人物から現在活躍中の作家まで、50人を紹介。絵画、彫刻から建築や映像の分野にまで及びます(紹介に割くページ数から、それぞれの作家に対する思い入れの深さがわかります)。
彼の出発点はやはり、解剖を通して人体表現を追及した、レオナルド・ダ・ヴィンチです。美術作品とは、脳を通して見た世界を表現したものであるとする、布施英利。ありきたりな言い方ですが、理科系の視線による作家ガイドです。
(11月13日読了)
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2005年06月05日

萌える資本主義

萌え萌えジャパン
堀田 純司著


サブタイトルは“二兆円市場の萌える構造”
これはキャラクターライセンス市場の規模であって、日本のコンテンツ産業全体の総売上は12兆円(2003年)にもなるそうです。

メイドカフェ、抱き枕、等身大フィギュアなどのディープな萌え市場に果敢に取材。知らない萌え用語(あほ毛って何?)が頻出し、各章末の注釈は濃すぎて、余計に何がなんだか解りません!
萌え市場の動向に疎い活字派人間には、奈須きのこについての記事が興味深く読めました。

最終節で著者が述べているように、オタク=ひきこもりという固定観念は全くの誤りであると、認識を新たにしました。萌え商品のコレクションに要する費用は、働いていない人間に負担できるものではありません。
また、お目当ての商品を手にするために行列したり、同好の士と情報を交換したり、コミケ等のイベントに参加したりと、萌え市場の担い手たちは行動的で社交的人なたちでもあるようです。

(6月5日読了)

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