2012年01月16日

私は誰?ここは何処?

1991年、郷ひろみの物真似で知られた歌手・若人あきら(現・我修院達也)が熱海の海岸で失踪し、三日後に小田原で記憶を失った状態で保護されました。ドラマや漫画の登場人物が頭を打って「私は誰?ここは何処?」と呟くのは、もはや古典的なギャグですが、事故で記憶を失うことが本当にあるのを実感した出来事でした。
そんな古い話を思い出したのは、第21回鮎川哲也賞を受賞した山田彩人の『眼鏡屋は消えた』を読んだから。失われた記憶という時間の壁に挑むミステリです。



森野学園高校の藤野千絵は、演劇部の部室で何者かに後頭部を殴打されて、記憶を失いました。学園祭で演じる創作劇「眼鏡屋は消えた」の稽古中に…
ところが千絵は演劇部の部員ではなく、演劇部顧問の英語教師になっていました。高校時代から今日までの8年間の記憶が、すっかり失われていたのです。

「眼鏡屋は消えた」の脚本を書いたのは、千絵の親友・竹下実綺。
そういえば実綺は今、どうしているのだろうか。しかし千絵は、実綺が既にこの世の人でないことを知らされます。しかも、高校の学園祭の直前に自殺していたのです。
あの生命力旺盛な実綺が、自殺なんてするはずがない…千絵は失われた8年間を取り戻すべく、当時の関係者たちと連絡を取り始めます。

そんな一人が、演劇部の幽霊部員だった戸川涼介でした。練習には全く参加しないくせに、他の部員の演技に対して偉そうに講評を述べていたイヤな奴。しかしルックスだけは、面食いの千絵好みな超イケメンです。
涼介は就職した会社が倒産し、現在は犬猫探しの依頼しか来ない探偵見習い。千絵の依頼に対し、探偵としての報酬を要求します。相変わらずイヤな奴ですが、いま頼れるのは涼介だけ。二人のドタバタ調査が始まります。

「眼鏡屋は消えた」のストーリーは、3年前(現在の時系列からでは11年前)に森野学園高校で男子生徒が変死した事件がモデルとなっています。しかし劇の内容を知った保護者たちから非難の声があがり、上演中止の危機に瀕していました。そして8年後、演劇部顧問として再びこの劇を演じようとする千絵にも、中止の圧力がかかります。
千絵が殴打されたのは、上演反対派による実力行使なのか。劇の脚本には、触れてはならない学園の暗部が隠されているのか。そして竹下実綺の死の真相は…

物語の大部分は、千絵と涼介のダイアローグで進行します。
そのテンポの良さで一気に読ませてくれる作品でしたが、会話だけで「事実」が積み上げられていく展開には、登場人物のご都合主義に陥る危うさを感じました。巻末の選評でも「推理ではなく推論」との辛い評価をされています。
ただ、その「ご都合主義」とやらが、事件の真相を見え難くしていたのです。

鮎川哲也賞作品で毎度おなじみの選評。今回も笠井潔・北村薫・島田荘司・山田正紀の4氏ですが、各人の思い入れはそれぞれ。島田荘司は、本作中の小エピソードに異常な関心を示しています。
惜しくも受賞には至らなかったものの、アイデアは秀逸な作品もあったようで、日の目を見る機会があればぜひ読んでみたいですね。

(11月23日読了)★★★


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2012年01月03日

午前零時のシンデレラ

これまでに読んだことがない新しい作家を開拓しよう!
そこで手に取ったのが、1980年代生まれの新鋭作家たちによる作品集。



『放課後探偵団』というタイトルから想像されるように、学園ミステリの競作です。
これから単行本デビューする予定の作家の卵さんもいます。
収録されているのは以下の5作。
似鳥 鶏 『お届け先には不思議を添えて』
鵜林伸也 『ボールがない』
相沢沙呼 『恋のおまじないのチンク・ア・チンク』
市井 豊 『横槍ワイン』
梓崎 優 『スプリング・ハズ・カム』

これは巧い!と思ったのは『恋のおまじないのチンク・ア・チンク』。
そして『スプリング・ハズ・カム』はラストシーンに胸が熱くなります。
この2作が気に入りました。

(7月30日読了)



そういうわけで、第19回鮎川哲也賞を受賞した相沢沙呼の『午前零時のサンドリヨン』でございます。
学校では無口で、いつもひとりぼっちの酉乃初。でもマジックを披露するときは、別人のように生き生きとしています。実は彼女、放課後はレストランバー「サンドリヨン」でマジシャンのアルバイトをしているのです。
そんな酉乃さんに一目惚れしてしまったのが、ポチこと須川君。酉乃さんのマジックの力を借りて、学園で起こった不思議な現象を解き明かそうとします。いわゆる日常の謎ミステリです。
謎解きの過程で浮かび上がる、高校生たちの微妙な人間関係。酉乃さんが名探偵のごとくサラリと事件を解決するのではなく、途中で大失態を演じてしまうのもいいですね。孤独を抱える酉乃さんに感情移入しながら読みました。
サンドリヨンとは、フランス語でシンデレラの意味です。

鮎川哲也賞の受賞作品は、巻末に選評が掲載されています。プロに選ばれる作品は概して一致しているのかと思いきや、4名の選考委員(笠井潔・北村薫・島田荘司・山田正紀)の意見が見事にバラバラなのが面白いですね。

(8月21日読了)★★★★



待望のシリーズ第2弾が『ロートケプシェン、こっちにおいで』。
『放課後探偵団』で既出の『恋のおまじないのチンク・ア・チンク』が収録されていて、連作ストーリーの一部を成しています。些細なきっかけから起こった女子生徒間のいじめがテーマ。なんとか彼女たちを仲直りさせようと、ポチ君が酉乃さんを巻き込んでお節介をやきます。
少しずつ酉乃さんとの距離を縮めようと画策するポチ君ですが、そこに割り込んでくる曲者が、酉乃さんとは幼馴染みの八反丸芹華。かつて酉乃さんをいじめたことがあり、それでいて彼女を一番理解しているのは自分だと主張する気の強い少女です。今後も八反丸さんが、物語を掻き回してくれそう。
このシリーズ、物語はポチ君の視点で進みますが、彼は重度の太腿フェチ。ちなみに作者は男性です。そうそう、ポチというニックネームの由来も気になりますね。
なお、ロートケプシェンとはドイツ語で赤ずきんのこと。

ミステリ作家にしてマジシャンといえば泡坂妻夫が有名ですが、相沢沙呼も自らマジックを嗜むことで知られています。

(12月12日読了)★★★★
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2012年01月01日

ネットワークは一般意志の夢を見るか

筆者は夢を語ろうと思う。それは未来社会についての夢だ。
(東浩紀『一般意志2.0』第一章)

新年の幕開けにふさわしい口上から始まるこの一冊から、今年の交遊を始めましょう。



18世紀フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーは、人民主権を唱えてフランス革命に大きな影響を与えました。ルソーは個人の自由を賞揚した一方で、全体主義を肯定しかねないとの批判も受けています。彼の『社会契約論』によると、個人(特殊意志)は全体(一般意志)に絶対服従すべきであると読めるのです。この大いなる矛盾を、どう解釈すれば良いのでしょうか。
ルソーのいう一般意志は、民意や世論と似ているようで実は違います。一般意志とは、単なる大衆の意見の総和ではありません。ルソーはそれを全体意志と呼んで区別しています。一般意志とは「つねに正しく、つねに公共の利益に向かう」ものなのです。
また、一般意志は統治機構(政府)そのものではありません。政府は一般意志の代行機関に過ぎず、その担い手は王であっても貴族であっても構いません。ルソーは代議制(間接民主制)を否定したことでも知られています。

一般意志も全体意志も個人の私的な利害(特殊意志)の集合ですが、前者はつねに正しいのに対し、後者はしばしば誤りを犯します。それでは一般意志とは、空疎な理念でしかないのでしょうか。
東浩紀は一般意志とは数学的存在であり、たとえ共同体の成員が一言も交わさなくとも存在するものだとします。そしてグーグルに代表される現代の情報テクノロジーによって、共同体の無意識である一般意志をデータベース化できるというのです。こうしてアップデートされた一般意志を、著者は「一般意志2.0」と呼んでいます。
しかし著者が構想するのは、大衆の欲望をそのまま反映した直接民主制ではありません。可視化された「一般意志2.0」は、選良の暴走に対する抑制力として働くとします。選良すなわち国会議員は存在するわけです。本書の主題からは逸脱しますが、著者が日本の選挙制度をどう考えているのか気になります。

本書はルソーの一般意志を文字通り(ベタに)読めば、このような解釈が可能だというものです。もちろんルソーの真意は、本人に聞いてみなければ分かりません。しかし社会思想家でありながら、ロマン主義の文学者でもあったルソーです。こういう解釈はありだろうと非常に楽しく読ませてもらいました。
ただし本書が掲げる「民主主義2.0」に対して、最後まで消せない疑念が残りました。それは「一般意志2.0」のアーキテクチャに、設計者のバイアスが入り込む余地はないのかというものです。例えば「議員定数削減」が禁止ワードに設定されていたら、大衆の大多数がそれを望んでいても一般意志として吸い上げられることはないでしょう。

とはいえ、夢を語ることは大事です。
政治家はもっと夢を語るべきだと思います。実現可能かどうかはひとまず措いて。
日本には実務部隊として優秀な官僚組織があるわけですから。

(12月29日読了)★★★★
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2011年12月31日

不純文學交遊録7周年

…を迎えますが、喪中につき新年のご挨拶はご遠慮申し上げます。

皇紀2671年12月31日 不純総合研究所

posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:00| 不純総合研究所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

TPP交渉参加を支持します

11月11日、野田佳彦内閣総理大臣が「APEC首脳会合においてTPP(Trans Pacific Partnership:環太平洋戦略的経済連携協定)交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と表明しました。
野田内閣総理大臣記者会見(首相官邸)

民主党内の反対勢力に配慮した玉虫色の表現ではありますが、TPP推進論者である野田総理のこれまでの言動から、参加宣言に他ならないと思います。それなのに反対派の山田正彦元農林水産大臣が「これは参加表明ではない」と満面の笑みで総理の会見を歓迎していたのは、何度見ても笑えます。総理の慎重な発言を引き出したことで、農水族として最低限の仕事を果たし、これで有権者に顔向けができると安堵しているのでしょうか?(笑)

生産者が作りたい物を作り、商業者が売りたい物を売り、消費者は買いたい物が買える。自由な市場・自由な貿易は、世界のあるべき姿です。また、なんでもかんでも自給自足するよりも、自国で生産すれば高コストなものは輸入するのが、有限な地球の資源の効率的な分配であると思います。
ところが最近、保護貿易主義を掲げる論者が現れています。経済産業省官僚の中野剛志です。ブロガーの池田信夫から「読んではいけない本」の著者として名指しされたことで、かえって読んでみたくなりました。2ちゃんねるからデビューした経済評論家の三橋貴明、ジャーナリスト・東谷暁との共著によるTPP反対論です。



TPPといえば、日本の農業が壊滅するという話題ばかりが先行しがちです。しかし本書がいうようにTPP=農業問題ではありません。TPPには農業だけでなく24の作業部会があります。

1.物品市場アクセス
2.原産地規則
3.貿易円滑化
4.SPS(衛生植物検疫)
5.TBT(貿易の技術的障害)
6.貿易救済(セーフガード等)
7.政府調達
8.知的財産
9.競争政策
10.越境サービス貿易
11.商用関係者の移動
12.金融サービス
13.電気通信サービス
14.電子商取引
15.投資
16.環境
17.労働
18.制度的事項
19.紛争解決
20.協力
21.分野横断的事項

※物品市場アクセス分野は工業、繊維・衣料品、農業の三つの部会に分けられる。
※特定の分野を扱わないが、首席交渉官会議も一つの部会である。

本書の主張を要約すれば、TPPとは実質的に日本とアメリカの二国間協定であり、アメリカ政府の陰謀である。賛成派はTPPのごく一部に過ぎない農業を悪者にして、アメリカによる日本支配の片棒を担いでいる…ということになります。

「TPP=農業問題ではない」という主張には、大いに賛同します。ただし、私の場合は本書の著者たちとは違って、TPPという外圧がなくても日本の過剰な農業保護は断固廃止すべきとの立場です。
コメくらいは100%自給を維持しても良いと思いますが、778%ものバカげた関税は撤廃し、所得補償が必要ならば専業農家だけにすべきです。兼業農家は日本から消えてしまっても構いません。そもそも公務員の副業は法律で禁止されていますし、副業を社則で禁じる民間企業もありますが、なぜ農業の兼業は不問なんでしょうか。家業だから仕方なくやっている方も少なくないでしょうが、そんな農家に日本の食糧生産を支えてもらいたくはありません。
先ごろ、世界の人口は70億を超えました。TPPに参加すると日本の食糧輸入が増えて、世界の食糧価格が高騰するとの懸念も聞かれます。しかしながら世界の食糧生産は過剰であり、アメリカ・フランスなどの農業大国は国外に市場を求めています。
その一方で、深刻な飢餓に苦しむ貧困国があることも確かです。アフリカでは、植民地時代に部族や宗教を無視して引かれた国境線のせいで、未だ内戦が絶えません。政情不安定な国に、健全な農業を育成することが求められます。まずは、アフリカの内戦国に武器を輸出している世界第2位のGDP大国へのODAを、即刻停止しましょう。その分を貧困国の支援に回したらどうでしょうか。

日本の市場は既に十分開放されており、TPPに参加する理由はないとの意見もあります。それならばTPPに参加したところで国内産業にほとんど影響はなく、反対する理由もありません。むしろTPPへの参加で輸出がしやすくなります。
自動車には関税による保護が全くありませんが、輸入車のシェアは1割もありません。自動車は日本が最も高い競争力を誇る分野であると思われるでしょうが、自動車ほど輸入品の評価が高くて国産品の評価が低い商品はないでしょう。
混合医療を認めれば国民皆保険制度が崩壊するとの主張も、よくわかりません。保健診療に自由診療を併用すると保健診療対象分まで自己負担にされるなんて、おかしくはありませんか。
自由な市場では、消費者に商品を選択する権利があります。良くも悪くもTPPで私たちの生活は大きく変わらないでしょう。
いったん交渉に参加すると、日本に不利な条件になっても抜けられないと言うのなら、TPPそのものではなく、日本政府の交渉力のなさを批判すべきです。国際会議で各国のエゴが剥き出しになるのは当然のこと。それが嫌なら鎖国するしかないでしょう。かつて世界史上稀にみる経済成長を遂げた東洋の神秘的な島国として、孤立衰退の道を歩むのも悪くはないと思いますが。

TPPはシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国で発足しました。経済規模や文化の似た国同士なら締結しやすいでしょうが、多国間での合意となると、かなりハードルが高くなります。
それならば多国間で数多くの分野を合意せねばならないTPPよりは、個別にFTA(自由貿易協定)かEPA(経済連携協定)を、なるべく多くの国と結ぶのが良いのではないかと思います。もっとも、日米の二国間協議だとアメリカに圧倒されがちですが、多国間での交渉ならアメリカの横暴を防ぎやすいというメリットはあるでしょう。
国会議員ばかりでなく、都道府県知事にもTPP反対派がいます。日本が国を挙げてTPPに参加することに不安があるのでしたら、先行して市場開放を実施するTPP経済特区を、政府が募集してはどうでしょうか。経済特区となった地方自治体に、企業が進出したり人口が増加に転じたりすれば、頑固な反対派も考えが変わることでしょう。
いずれ日本がどこかの自由貿易圏に入らざるを得ないのであれば、出来てしまったルールに従うよりは、ルールの作成段階から参加するのが賢明というものです。

(6月13日読了)★★★
ラベル:農業
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 17:21| Comment(9) | TrackBack(0) | 政治・経済交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月03日

KARAモノ礼賛

いつの時代も、異国の文物は見る者に憧憬を抱かせます。中世において、支那からの渡来品は「唐物」と呼ばれて珍重されました。名品とされた茶器は、時に一国一城に値したといいます。
足利義満や織田信長が愛した唐物の世界と交遊すべく、福井市の愛宕坂茶道美術館を訪れました。文字通り、坂に面して建っているためエントランスは3階。企画展示室は2階へと降ります。
唐物の茶器は、足利将軍家や大名が催した「書院の茶」で用いられました。豪華な「書院の茶」に対し、質素な道具で精神性を重視したのが、村田珠光に始まり千利休が完成させた「わび茶」です。とはいえ展示されている建盞天目茶碗は、決して煌びやかではありません。室町時代の書画も展示されており、ちょっとした文人気分に浸りました。複製とは書いてないので、おそらく全て本物でしょう。
1階は常設展示室。日本の茶道の歴史を、戦国時代随一の文化人大名だった朝倉氏を中心に解説しています。こちらの展示品は一乗谷朝倉氏遺跡から出土した茶器の複製で、あまり見応え無し。美術館には「尚庵」という名の茶室も併設されており、当日は外国人のための茶道講座が開かれていました。

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尚庵(愛宕坂茶道美術館)

福井市愛宕坂茶道美術館 企画展「唐物〜書院の茶〜」 9月28日〜12月11日


愛宕坂茶道美術館の向かいにある、橘曙覧記念文学館にも足を運びました。
橘曙覧は幕末の歌人。アメリカ合衆国第42代大統領ビル・クリントンが演説で引用した「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」など、日常の何気ない楽しみを詠んだ歌(独楽吟)で知られています。常設展示では「昭和のこどもたち」で知られる人形作家・石井美千子が、曙覧の素朴な生活ぶりを再現しています。
企画展示室では、銅版画家・山本容子の『himegimi@heian』が開催されていました。文学館でなぜ絵画?と思ったのですが、『不思議の国のアリス』にインスピレーションを得て『源氏物語』や『堤中納言物語』など日本の古典に登場する少女たち(なんとなく顔つきが本人に似ている)を描いた作品群で、立派に文学しているのでした。まるで『更級日記』の作者・菅原孝標の女のように、物語の世界に入りきって描いているのが伝わってきます。
平安時代のラノベである『源氏物語』(当時の純文学は漢文でしょう)の熱烈な愛好家だった菅原孝標の女は、いわば“世界最初のヲタク少女”ですね。

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橘曙覧が隠棲した黄金舎跡(橘曙覧記念文学館)

福井市橘曙覧記念文学館 秋季特別展「山本容子の姫君たち」 10月8日〜11月29日




【不純文學交遊録・過去記事】
歴史を動かした茶会
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 書を捨てて街へ出る会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

一の宮めぐり

せっかく小浜市までやってきたので、福井県立若狭歴史民俗資料館の近くにある若狭国一の宮「若狭彦神社」と二の宮「若狭姫神社」にも行って参りました。

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若狭彦神社(上社)
祭神の若狭彦大神とは、山幸彦の名で知られる彦火火出見尊のこと。

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若狭姫神社(下社)
祭神の若狭姫大神は、海神の娘である豊玉姫命。山幸彦の妻となる。

若狭彦神社と若狭姫神社、参拝するのに順序はあるのか。資料館の職員の方に聞いてみました。
「特に決まっていないが、最近は一の宮めぐりが人気とかで、今はどちらも若狭一の宮を名乗っている。しかし本来は若狭彦神社が一の宮で、若狭姫神社が二の宮。やはり一の宮から行くべきでしょう」
というわけで若狭彦神社へ。帰路の無事を祈願しました。
ところが帰りに立て看板を見ると「@下社(若狭姫神社)→A上社(若狭彦神社)」の順序になっていました。
普通に考えれば、里にある下社が先、山にある上社が後ですよね。看板には「逆も可」と書いてあったので、まあ良しとしましょう(笑)

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帰りは、国道27号線沿いにある十善の森古墳(前方後円墳)にも立ち寄りました。

【不純文學交遊録・過去記事】
若狭国の古墳と交遊
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 書を捨てて街へ出る会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

世界最古のウルシの木

1984年に鳥浜貝塚(福井県若狭町)から出土したウルシの木片が、約1万2600年前の縄文時代草創期のものと判明しました。
asahi.com 2011年10月7日
10月23日、福井県立若狭歴史民俗資料館で開催中の平成23年度特別展「縄文人の業と心−自然とともにある暮らし−」において、この世界最古のウルシの木が一日限りで公開されました(館内は撮影禁止のため写真はありません)。

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福井県立若狭歴史民俗資料館(福井県小浜市)
有栖川有栖氏の小説のタイトルにもあるように、若狭国の国府があった小浜は「海のある奈良」と呼ばれています。東大寺の正倉院を思わせるデザインの建物です。

四柳嘉章氏(石川県輪島漆芸美術館館長・漆器文化財研究所所長)による記念講演会「縄文時代の漆文化」を拝聴いたしました。
漆の赤は、血の色であり、火の色であり、そして太陽の色です。触れるとかぶれることから、漆には破邪(魔除け)の意味合いもあります。漆は実用品としてではなく、呪術的に用いられたものであり、漆を用いる文化には高い精神性が認められるのです。
漆黒という言葉があるように、漆といえば黒のイメージがありますが、黒い漆器が出土するのは日本では弥生時代の後期以降です。支那・漢代の影響と考えられます。

最も呪術性が高いのが、髪に挿す竪櫛です。櫛の上部には角のような二本の突起がありますが、これはシカの角をイメージしたものです。生え変わるシカの角は再生のシンボルであり、漆の赤とともに生命の神秘を表現します。長い縄文時代を通して、二本の突起をもった基本デザインは変わりません。今回の特別展のチラシには、ニホンジカの頭骨と漆塗櫛が上下に並んでいますが、こうした意味があったんですね。
天皇が皇女を斎王として伊勢に送り出す時は、髪に別れの櫛を挿します。角を着けることで、向こうの世界の住人となるのです。鬼の頭に角があるのも、巫者(シャーマン)が祭礼で頭に角を着けるのも、ルーツは同じだといいます。

ウルシは大陸から伝来したとされてきましたが、このたびの発見で日本列島に自生していた可能性が出てきました。ただ、縄文時代の漆製品の出土例は日本海側に多く、これはウルシが大陸から伝来した傍証であると考えられることから、結論はまだ先のようです。ウルシの木の遺伝子解析もされていますが、漆器をDNA鑑定して産地を特定することは不可能だそうです。
なお、漆器のことを英語で「Japan」といいますが、「Japan」には「まがい物」という意味もあるため、近年はそのまま「Urushi」と呼ぶようになっています。

講演が始まる前は、漆製品の技術的な話だけかと思っていましたが、漆文化を通して古代人の世界観を解き明かす内容で、大変に満足いたしました。
四柳館長は、石川県穴水町にある美麻奈比古神社の宮司でもあります。呪術性に溢れた漆製品の出土は、神道的な世界観が縄文時代にまで遡ることの物証かもしれないと、管理人は妄想を逞しくするのでした。

若狭歴史民俗資料館の常設展は、鳥浜貝塚を中心とした縄文時代、若狭国造・膳臣と古墳時代、御食国と呼ばれた律令時代、武田氏が守護となった中世、小浜藩主・酒井氏の近世と、若狭国の歴史を一望できます。また「民俗」の名が示すように、若狭地方各地に残る伝統行事に関する展示が豊富なのも特徴です。
現在、NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」が放映中であることから、浅井三姉妹の次女・初(初代小浜藩主・京極高次の正室)にまつわる品々も展示されています。

posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 書を捨てて街へ出る会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

将軍様の真の顔

鎌倉幕府初代将軍・源頼朝といえば、教科書でおなじみの、黒い衣冠束帯姿の威厳に満ちた肖像画が思い浮かびます。
しかし近年、この肖像画のモデルは別人であるとの説が出されています。



伝源頼朝像、伝平重盛像、伝藤原光能像は神護寺三像と呼ばれ、いずれも国宝に指定された肖像画の名品です。作者は鎌倉時代初期の貴族・藤原隆信とされています。
しかし新説は、画風や画材から神護寺三像を南北朝時代の作であるとし、頼朝像は足利直義、重盛象は足利尊氏、光能像は足利義詮を描いたものであるとします。
ちなみに足利尊氏像として知られた一束切り(髻をひと握り切った髪)の騎馬武者像は、近年では尊氏の執事・高師直だとする説が有力です。

神護寺の頼朝像が足利直義であるとの新説を唱えたのは、米倉迪夫です。
米倉説を支持する黒田日出男は、山梨県甲府市の甲斐善光寺に伝わる彫像こそが、真の源頼朝像であるとします。胎内銘から、頼朝の没後まもなく造られた彫像であり、生前の面影を最も強く残した作品だといいます。
かなり以前ですが、この説を紹介したテレビ番組(NHKの日曜美術館だったかな?)を見ました。神護寺の肖像画と甲斐善光寺の彫像は印象が大きく異なりますが、私は面長で鼻筋の通った顔立ちが共通していると思いました。

黒田日出男著『源頼朝の真像』は、肝心の神護寺肖像画を頼朝ではないとする根拠が、完全にスルーされています。米倉迪夫の著書を読めばいいだけの話ですが、そこを端折ってしまうのは如何なものでしょうか。源頼朝・北条政子夫妻の善光寺に対する信仰の篤さについては、非常に興味深く読みました。
次作では、神護寺三像が足利氏であることを論証するそうです。

(6月12日読了)★★★

【不純文学交遊録・過去記事】
貴族将軍の苦悩
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 22:52| Comment(10) | TrackBack(0) | 芸術・娯楽交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

オカルト物件ございます

日本には平将門の首塚や羽田空港の大鳥居など、どんなに剛腕のゼネコンでも手を出そうとしない「いわくつきの物件」があります(事の真偽はさて措いて…)。



なにやら、とてつもなくおバカな小説があるとの情報を得ました。それは小説家エージェントのボイルドエッグス新人賞を受賞した蒲原二郎の『オカルトゼネコン富田林組』。
まず、装丁が笑えます!
小学校の図書室でおなじみ、ポプラ社の『少年探偵団シリーズ』や『怪盗ルパン全集』にそっくり。ただし、とても小学生には読ませられない「R18」なネタが散りばめられております。

Fランク(誰でもFreeで入れる)私立大学を卒業した田中たもつは、奇跡的に一流大学卒しか入れない大手ゼネコンの富田林組に入社しました。
夢にまで見た甘いオフィスラブを期待したのも束の間、たもつは入社式の会場から怪しい地下の一室へと連れて行かれます。そこは総務部庶務二課資料調査室、通称「調査部」のオフィスでした。
富田林組「調査部」が手掛ける二大事業。それは恐ろしい祟りがあると噂されるオカルト物件と、自衛業の方々(注;自衛隊のこと)が秘密裏に整備を進める防衛施設。
新卒社員とは思えない破格の報酬と引き換えに、たもつは体を張って怪しげな工事の完了を見届けるのです。



続編の『オカルトゼネコン火の島』は、太平洋戦争の激戦地となった硫黄島を思わせる孤島が舞台。
島の自衛隊基地を大噴火から護るべく、火山神の怒りを鎮める人身御供となった田中たもつ。果たして生還できるのか。
バカバカしさ全開の作品でありますが、最後には一転、読者をホロリとさせるのも本シリーズの魅力です。

(5月30日読了)★★★★
posted by 【電脳呆人】不純総合研究所 at 19:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 文学・小説交遊会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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